布施博、介護と仕事を支えてくれた妻への感謝。年齢を重ね、後進育成にも尽力「今後はやっぱり舞台がやりたい」

『昨日、悲別で』(日本テレビ系)、『北の国から』シリーズ(フジテレビ系)、『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)、『味いちもんめ』シリーズ(テレビ朝日系)など数多くのドラマに出演してきた布施博さん。

1994年に劇団「東京ロックンパラダイス」、2014年に姉妹劇団となる「東京DASH!」を旗揚げし、舞台公演にも意欲的に取り組み、後進の育成にも尽力。10年間続いた『伊東家の食卓』(日本テレビ系)に出演するなど幅広い分野で活躍。2022年8月2日(火)には、沖縄復帰50周年記念作品『乙女たちの沖縄戦〜白梅学徒の記録〜』(太田隆文監督・松村克弥監督)が公開される。

 

◆10年間続いた裏ワザ紹介番組に娘婿役で出演

1997年、布施さんは、生活に役立つ“裏ワザ”を紹介する『伊東家の食卓』に、伊東四朗さんと五月みどりさんの娘役のRIKACOさんの婿役で出演。バラエティ番組にレギュラー出演するのは初めてだったという。

「あれは、当時のマネジャーが『こういう仕事があるからやってみないか』って持ってきてくれたのがきっかけだったんだけど、俺はああいう番組は得意じゃないんですよ。

だから『社長、俺しゃべんないよ』って言ったら『しゃべらなくていいんだ』って。伊東四朗さんとRIKACOで引っ張っていく番組だから、俺はニコニコしていればいいだけの話なので」

−結構驚きの裏ワザがありましたね−

「あれは企画が二転三転してね。最初はいろんな人が来てやっていて、裏ワザはコーナーの一つに過ぎなかったんですよね。

それが、裏ワザってなってからバーンって視聴率が上がって、週に1000通くらいハガキがくるようになって、結局10年ちょい続きましたからね。

社長室に呼ばれて社長から金一封。それぞれが結構な金額をもらって。初めてですよ。伊東さんも『何十年やっているけど初めてだなあ』って(笑)」

−今ではいろいろ裏ワザを紹介する番組がありますけど、ハシリでしたね−

「裏ワザということを広めたのはね。だからそういう意味ではやっぱり当たりましたよね。得をしました。隔週で収録だったけど、俺自身10年という間、仕事をもらっていたし、あれをやっていたらずっと飯が食えるんだもん」

−始まったとき、長く続くと思っていました?−

「思ってなかったです。最初はあまり視聴率もよくなかったしね。いろんな人に『あれはすぐ打ち切りだね』って言われましたよ。

それが裏ワザをメインにしたら視聴率がバーンって上がって10年も続いたんだから、わからないものだよね(笑)」

−裏ワザを試すときの皆さんの反応がとてもリアルでした−

「あれは、実際のVTRを見たり、実際にやってみるのは本番だけだったんです。台本にどんな裏ワザなのかは書いてあったけど、リハではやらないからみんな素のリアクションなんですよ。

だから『本当にすごいなあ』っていう裏ワザのときと、そうでもない裏ワザのときではテンションが全然違ってね(笑)。それもそのままテレビで流していたので、そりゃあリアルですよね。

なんだかんだで番組は10年続いたし、裏ワザを扱った番組が多くなったのは、『伊東家』の影響が大きいと思いますね」

 

◆劇団の旗揚げ、再婚、母の介護

数多くの人気ドラマや映画に出演しながら布施さんは、劇団「東京ロックンパラダイス」を旗揚げして主宰することに。

「テレビに出始めた頃は、『お前なんか早く芝居を辞めろ』とか、スタッフに『絶対売れない。200%保証する』とか言われていたんだけど、売れてくると態度が変わるんですよ。

『おい!』って言っていたのが、『布施くん』、『布施ちゃん』、そして『布施さん』になったりとかして、そういうのってなんかイヤだよね。

そんなふうに態度をコロコロ変えるような人じゃなく、同じ時代を歩んできた監督とかADなんかとは仲が良くて一緒にゴルフに行ったり、酒を飲んだりしていたんだけどね。

映像の仕事もいいけど、俺は最初がミスタースリム(カンパニー)だから、やっぱり舞台がやりたいなあって思って劇団を作ったんですよ。

舞台でハーレー(ダビッドソン)を走らせるのが夢だったんで、2台フルカスタムして、新宿のルミネホールで芝居をやったとき、1台はロビーに展示して、もう1台は舞台を走らせましたよ。

俺ら世代の男の子って、16歳からオートバイ、18歳から車って決まっていましたから、そういう意味でも僕らの世代はオートバイや車に興味がありますよね。今の時代の子よりは。

だからオートバイも好きだったし、車もやっぱり若いときはカッコつけたいじゃないですか。だからいろんな車に乗りましたよ。からだが一つしかないのに、7台も8台も買ったりしてね(笑)。

1年365日、めいっぱい働いて稼いで遊んで…自分でも使ったし、人に飯も食わせてやったし…でもいろんなことがありましたよ。

俺はお金のことにはあまり頓着(とんちゃく)がないから、気が付いたら騙(だま)されていて持ってかれちゃったなんてこともありますよ、それもかなりの額。まぁ、それもいい勉強だと思って(笑)」

−劇団を維持するのも大変ですよね−

「俺は一つの集団という感覚だったので、『やりたきゃやればいいし、やりたくなければやらなくていいよ』っていう感じでしたね。

20代前半とか10代で入ってきた子もいて、俺は35、6でキャリアも上なので中心になってやっていましたけど、そんなに縛りはなかったですね。得るものもあったし、楽しかったけど、いろいろありましたよ」

−いろいろと豪快ですね、やることが−

「豪快っていうかね。でも、考えてみたら今、こうしてまた笑って話せているんだから、それでいいかなという気もしますけどね。こそこそ金を貯めていたら、今頃はビルが何軒か建っていますよ(笑)。どっちがよかったのかってなったらわからないですけど」

私生活では、2012年に劇団「東京ロックンパラダイス」の1期生である女優・井上和子さんと再婚。同居していた布施さんの母・雅子さんが、2015年に認知症を発症。布施さんの介護と仕事の両立を二人三脚で支えたのも和子さんだった。

「俺を育ててくれたのはおふくろだからね。うちのオヤジというのはろくでもないオヤジだから、兄貴も俺もおふくろに育てられたようなものなんですよ。

おふくろは若い頃、貧しかった家族を支えるために、昼は工場で働いて、夜は内職をして、寝る間を惜しんで働いてくれたんです。俺は10代で家を出て、長い間おふくろと離れて暮らしていたので、いつかは恩返しをしたい、一緒に暮らしたいと、ずっと思っていたんですよね。

それでおふくろが亡くなるまで介護をしていたんですけど、俺は認知症だと気がつかなかったんです。そんなの初めてだったからわからなくて、おふくろがとぼけているんだと思って怒鳴っちゃったんですよね。かわいそうなことをしてしまったなあって。それは今でも後悔している。何で怒鳴っちゃったんだろうって。

認知症なんて全然わからなかったからね。周りは気がついていたらしいんですけど、俺はわからなかったんだよね。ビックリしちゃった。

そういう意味では、あのときひとりだったら大変だったと思う。介護なんてできなかったんじゃないかな。彼女(和子さん)がいてくれたから助かった部分がたくさんありますよ。

いろいろ大変な思いもさせちゃったけど、最後の10年間をおふくろと一緒に過ごせたのは本当によかったと思っています」

−テレビでも放送されていましたが、奥さまも大変でしたね−

「全部奥さんにやってもらったようなものだから、奥さまさまさまだよね。おふくろの介護をしているとき、彼女のお母さんも介護が必要な状態だったから大変だったんだけど、本当によくやってくれました。感謝してもしきれませんよ。

彼女のお母さんもこの間亡くなっちゃったんだけど、今(彼女の)お父さんの具合があまりよくないので、何かあったときにすぐに行けるようにということで近くに引越したんです。

だから、今は家に帰ってきたら、なるべく彼女の作業がないように、お皿を洗ったり、お風呂を沸かしたり、犬の散歩とか…いろんなことをやっていますよ」

©Kムーブ

※映画『乙女たちの沖縄戦〜白梅学徒の記録〜』
2022年8月2日(火)〜8月7日(日)東京都写真美術館ホールほか全国順次公開
配給:渋谷プロダクション
・ドキュメンタリーパート
構成・監督:太田隆文
・再現ドラマパート
監督:松村克弥 脚本:太田隆文
出演:實川結 森田朋依 實川加賀美 永井ゆみ 城之内正明 布施博ほか

◆沖縄戦で看護学徒として動員された「白梅学徒」を描く映画に出演

布施さんは、2022年8月2日(火)に公開される映画『乙女たちの沖縄戦〜白梅学徒の記録〜』に出演。

この映画は、たった18日間の看護教育を受けただけで、沖縄戦の野戦病院に配属され、負傷兵の手足の切断の手伝いや、傷口に湧いたウジ虫や糞尿の処理などにあたった白梅学徒の10代の少女たちを描いたもの。

現在90代の中山きくさんと武村豊さん、そして関係者たちが当時の状況を語るドキュメンタリーパートと、証言をもとにした再現ドラマパートの2部構成で、布施さんは軍医を演じている。

「今年(2022年)の1月に茨城の日立で撮影したんですけど、とにかく寒かった。半端じゃないくらい寒かったですよ。本当に。俺は1日で終わったからいいけど、女の子たちは頑張っていましたね。

僕は戦争を題材にしたこういう作品にはものすごく興味があって、サイパン旅行に行ったときもバンザイクリフとか激戦地を回ったり、ヨーロッパもナチスドイツとか、沖縄も『集団自決』の現場とか沖縄戦に関して調べたりしていたんですよ。

以前、沖縄に坂口憲二くんの番組でロケに行ったときも、レンタカーで『ひめゆりの塔』とかの観光名所だけじゃなく昔の防空壕跡なども結構回りましたし」

−今回の映画の舞台となったようなところですね−

「そうです。本当に悲惨。本土決戦に備えるために米軍を沖縄に釘付けにしようと多大な犠牲を強いられたわけですからね。

戦時中、まだ10代半ばになるかどうかという女の子たちが、こういうことをしていたということを伝えていくことは必要だと思います。もうご高齢じゃないですか。その方たちの話はやっぱり説得力がありますよね」

−「白梅学徒」のことはご存知でした?−

「知りませんでした。広く知られているのはひめゆりでしょう? だけど、白梅学徒の他にも各地域でたくさんあるみたいですね」

−まだ10代半ばになるかどうかの女の子たちが、家族が疎開をしようといっても「兵隊さんたちを自分が守る」と危険な任務に。その意識の高さに驚かされます−

「やっぱりそれは情報が入っていないんですよね。そういう教育をされているから、多分そういう価値観しかないんですよ。そういう時代に生きていたら多分皆そうしていたと思う。俺なんかはからだがでかいから、いの一番に戦いに行って撃たれて死んじゃうでしょうね。

自分も人間だけど、人間というのは本当に愚かだなって思いますよ。何百年経っても同じことの繰り返しでしょう? 変わらない。今もロシアがウクライナと紛争をやっているじゃないですか。

結局それが国規模になるから戦争ということになって悲惨だという話になるけども、我々の日常の中もその延長線上にあるわけじゃないですか。何かしら揉めごとやトラブル、ケンカがあったり…。結局俺もその一人なんだから、切ないなと思いますけどね。

あいつ競馬で負けた。俺は勝ったってなるとうれしいでしょう? たとえば会社にいて、自分のほうが出世したらうれしいじゃない。それは戦争ではないですけど、人間の根本的なものってそこからだから切ないというか。

それが人間なのかなあとも思うけど、愚かだよね。まったく変わらない。原始時代からでしょう? 『自分の土地に入ってくるな』とかってさ。戦争と同じだもん。もういい加減やめようぜって思うよね」

©Kムーブ

−撮影現場はいかがでした?−

「この年齢になると、現場ではみんな俺より年下で、どうしても遠慮しちゃうようなところがあるから。だから俺は一切言わない。『はい、わかりました』って。

ある時期からはそういうふうにやっていますよ。そうじゃないと監督もやりたいことができないから。

譲れないところはもちろん主張もするけど、基本、演出の意図を汲んで絶対にあれこれ言っちゃダメだって思って、なるべく言わないようにしています」

−新人のキャストの方が多いので、ベテランの布施さんが出演されていることは大きいですね−

「プロデューサーの亀(和夫)さんが、うまいところにちょこっと引っ張ってくるんだよ(笑)。この作品の前にも戦争の映画を一つやっていますけどね」

−知らない世代が多くなってきているので、語り継ぐ意義は大きいですね−

「もういなくなっちゃいますからね。そういう意味では、悲惨なことだけど伝えていかなくちゃいけないですよね。人間というのは本当に愚かだから」

−今後はどのように?−

「もうのんびりでいいかなって…でも、芝居は好きだから良い脚本には巡り会いたいですね。おもしろいなあっていう脚本に。

つまんないって思いながらこなしてやるのはやっぱりダメ。観てわかるからね。バレちゃう。自分がおもしろいと思うものじゃないと。本数じゃなくて、魅力的な作品に参加したいかなぁ。

あとはやっぱり舞台がやりたいですね。うちもやろうと思えばできるんだけど、劇団メンバーもみんな平均50歳くらいで高齢化してきているから(新型コロナウイルスに)感染したら大変。稽古も大人数でやるのはまだどうかと思うし。

うちの劇場でもせっかく劇場を押さえてくれたのに、『キャンセルさせてください。感染者出ました』というのがいっぱいありましたからね。まだコロナの影響で今年はわからないけど、来年は必ずやりたいと思っています」

今一番の目標はゴルフでコンスタントに80を切ることで、ほぼ毎日練習場に行っているそう。「あとはもう少し奥さんに気を遣うこと」と話す茶目っ気タップリの笑顔が印象的。ドラマでおなじみの姿と重なる。(津島令子)

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