佐伯日菜子、伊丹十三監督に褒められ「エヴァンゲリオンみたい」な気持ちに

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1994年、17歳のときに主演映画『毎日が夏休み』(金子修介監督)で女優デビューし、日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ、多くの新人賞を受賞した佐伯日菜子さん。

伊丹十三監督、押井守監督、飯田譲治監督、塩田明彦監督など名だたる監督たちとタッグを組み、多くの映画に出演。1997年、ドラマ『エコエコアザラク』(テレビ東京系)でダークヒロインの黒井ミサを演じて以降、“ホラー・クイーン”としてJホラーブームを牽引。

育児のための女優休業を経て、2014年に本格的に女優復帰を果たし、立て続けに映画が公開されている佐伯さんにインタビュー。

28歳

◆映画デビュー作で“冬彦さん”を見て「やばい、怖い人だ!」

スカウトされて雑誌『Olive(オリーブ)』、『CUTiE(キューティ)』などのモデルをしていた佐伯さんは、16歳のときに映画『毎日が夏休み』のオーディションで主役に抜てきされる。演技未経験だったが、初めての撮影現場は楽しくてたまらなかったという。

※映画『毎日が夏休み』
いじめが原因で名門中学を登校拒否の娘・スギナ(佐伯日菜子)と一流企業を辞めた義父・成雪(佐野史郎)、二人の行動に戸惑う母・良子(風吹ジュン)。母の心配をよそに娘の教育に目覚めた成雪は何でも屋を開業し、娘とともに過ごす時間を作ることに。

−演技未経験でいきなり映画主演デビューとなりましたが、いかがでした?−

「小学校5年生のときにレンタルビデオ屋さんができて、映画をたくさん見るようになってものすごく映画が好きになったんですけど、映画のなかの人になろうとは思っていませんでした。

スカウトされてモデルをしていて『面白いなあ。色々な服が着られるし良いなあ』って感じだったんです。それが『毎日が夏休み』のオーディションを受けたら合格して撮影が始まったんですけど、映画の撮影がとにかくすごい楽しくて『こんなことって本当にあるのかな?』というくらい充実した毎日でした」

−金子監督は厳しかったですか?−

「優しいんですけど、私がすごい調子に乗っていたと思うんですよ。撮影現場が楽しすぎて、佐野(史郎)さんのアドリブとかにもすごい笑っちゃったりしていたので、監督に『遊んでるんじゃないんだから』って怒られて泣いたこともありました(笑)。よく泣きましたね。

私はカエルがすごくな苦手なんですよ。それを言ってなかったんですけど、学校のシーンで監督がニコニコしながら私のところに来たんですね。それで何かくれるのかなあと思っていたら、手のひらにカエルが乗っていたんですよ。もう『何してくれてんねん』ていう感じで、そのときも泣きました(笑)」

−監督もびっくりしたでしょうね−

「そうですね。『そんなつもりじゃなかったのに』っていう感じで(笑)。ちなみにそのカエル事件は、お父さん(佐野史郎)から『君が必要だ』って言われるシーンの前だったんです」

−自分が必要とされていることを知って、生きる勇気が湧いて変わっていくすてきなシーンでしたね−

「そうなんですよ。今、いじめとか引きこもりなど色々とニュースになっていますけれども、昔からいじめとかはあったと思うんです。ただ、今はもうみんなが携帯を持っていて、動画をアップしたり、拡散する場所を持っているから余計すごく露呈してるわけであって。

でも、そういう時代だからこそ、みんな飽和状態になっていると思うんですね。例えば残酷な動画を見てもなんか慣れて来ちゃってるっていうか、これってすごく怖いことだと思うんです。

だから、そういうときにまた違った意味で諭すというか、そういう心の豊かな映画を見て、ちょっと変わってくれるとまた良い社会になるんじゃないかなぁって思うんですよね」

−佐野史郎さんがお父さん、そしてお母さん役が風吹ジュンさんでしたけれども、現場はいかがでした? −

「風吹さんはおみそ汁を作ってくださったり、すごく優しかったです。すごい女優さんなので、パーティーでお母さんを抱きしめるシーンで私がちょっと遠慮しちゃったんですね。そうしたら『だめよ、それは見ている人に伝わるわよ。もっとガーッと本気で来なきゃだめ』っていうことを教えてくださったりとか。

佐野さんはちょうど撮影の頃は、冬彦さんが話題になったドラマ『ずっとあなたが好きだった』(TBS系)の後だったんですね。だから『やばい。怖い人だ!』って思っていたんですけど、ものすごく優しいし、ちょうど娘さんがお生まれになった頃だったので、娘さんの話や音楽の話をして下さったりして楽しかったですね」

−お二人とは、あの後もご一緒されています?−

「風吹さんとはCMぐらいですね。佐野さんとは、もうなくなってしまった銀座シネパトスという劇場を舞台にした『インターミッション』(2013年・樋口尚文監督)という映画で、直接的な絡みはなかったんですけれども同じ現場にいることができて、とてもうれしかったです」

※佐伯日菜子プロフィル
1977年2月16日生まれ。奈良県出身。雑誌のモデルを経て、1994年、映画『毎日が夏休み』で女優デビュー。数々の映画新人賞を受賞し、映画『静かな生活』(1995年)、映画『らせん』(98年)、映画『ギプス』(2001年)、ドラマ『エコエコアザラク』(テレビ東京系)、ドラマ『アナザヘヴン−eclipse』(テレビ朝日系)など映画、ドラマに多数出演。

映画『エリカ38』と映画『僕はイエス様が嫌い』が現在公開中。映画『イソップの思うツボ』の公開が8月16日(金)に控えている。

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◆18歳で伊丹監督に「映画女優としてやって欲しい…」と言われ

『毎日が夏休み』で数々の映画新人賞を受賞し、一躍若手注目女優となった佐伯さんは、翌年、伊丹十三監督の映画『静かな生活』に主演することに。

※映画『静かな生活』
両親が渡航することになり、絵本作家を目指すマーちゃん(佐伯日菜子)は、音楽の才能に恵まれながら障がい者である兄のイーヨー(渡部篤郎)の面倒を見ながら留守番をすることに。しかし、痴漢事件やマーちゃんにも身の危険が。

「『静かな生活』もオーディションでした。その頃、ちょうどツムラの日本の名湯のCMに伊丹さんが出てらしたんですね。伊丹プロでオーディションだったんですけど、伊丹監督を見た時に私は『ツムラの日本の名湯だ!』って(笑)。『お葬式』とか『タンポポ』とか、素晴らしい映画を作られているのに、そんな失礼な認識ですよ(笑)」

−まだ18歳、ティーンエイジャーですものね−

「全然子どもで(笑)。でも、伊丹監督は本当に優しくて、伊丹プロの近くの『キャンティ』というイタリアンレストランに連れて行ってくださったんですけど、私は本当に子どもだったので、そんなところに行ったこともなくて、『こんなにおいしいパスタが世の中にあるのか』って(笑)。

パスタというか、スパゲティですよね、私なんて。『それに何?このデザート』みたいな感じで(笑)。そうしたら伊丹監督が、『たまにはこういう文化的な食事もしないといけないんだよ』っておっしゃって。『文化的な食事って何ですか?』みたいな感じでした(笑)」

−でも、18歳でそのような経験ができたということはすごいですね−

「そうですね。ありがたいです。本当に孫のように可愛がってくださって。当時、監督は愛車のベントレーで現場にいらしたりしていたんですけど、ベントレーに乗せてくださったりとか。

『毎日が夏休み』のときには結構怒られてばかりだったんですけど、『静かな生活』では本当に皆さんが大事にしてくださって…。どちらが良いかとは一概に言えないんですけどね。

それこそ、私のようなすぐ調子に乗る人間は、一作目で孫のように可愛がられたら舞い上がってしまったかもしれないので、ちょうど良かったのかなと思うんですけど、渡部さんも色々と優しくしてくださって、本当に良い現場でした」

−伊丹監督は『毎日が夏休み』をとても良い作品だとおっしゃっていたそうですね−

「はい。『ああいう良い作品でデビューして、次がこういう作品だったんだから、君は映画女優としてやっていって欲しいなあ』っておっしゃってくださいました。『毎日が夏休み』でデビューできたことと、伊丹監督のその言葉がずっと私のお守りみたいなものですね」

−障がいのあるお兄さんを支えて一生懸命頑張っているのに、兄の水泳コーチに襲われそうになったり…難しい役でしたね−

「そうですね。でも、あの頃の私はノリノリだったので(笑)。

渡部さんの役作りがものすごく徹底していたんですよ。モデルさんをやられていたので、結構痩せていたんですけど、お医者さんをつけて体型も変えていましたし。ピアノの練習もされて、水泳のシーンも自分が映ってないときでも、私がちゃんと気持ちを作れるように、大変なのにイーヨーのあの泳ぎ方で泳いで下さって…。

すごくそういうことを徹底されていたので、『自分はこのままでここにいて良いのだろうか』って、撮影中にすごい悩んでしまったことがあったんです。皆さんすごく優しくて良くしてくれるんですけど、私は皆さんが思うレベルに達していないんじゃないかって、急にすごく反省しちゃって、渡部さんの前で泣いてしまったんですね。

そうしたら『おい、俺が泣かせたと思われるだろう』って、ご自分の車に連れて行って下さって、『お前は選ばれてこうやって伊丹さんも良いんだよって言ってくれているんだから、余計なことを考えるなよ』っておっしゃって下さったので、余計泣いちゃって(笑)。

渡部さんは『子役なんだからそんなこと気にするな』って言って下さったんですけど、『えっ?子役なの?』って思いながら泣いていました(笑)。18歳だったんですけど、しょっちゅう『子役、子役』って言われていましたね(笑)」

−愛がある現場で大切に育てられたということがわかりますね−

「そうですね。プールのシーンでイーヨーが泳げるようになって、それを私がビデオで撮っていて『ありがとうございました。イーヨーに本当に良くして下さって』って泣くシーンがあったんですけど、本当に泣けてしょうがなかったんですね。

そうしたらカットがかかった後、伊丹監督がニコニコして私のところに来て『良かったよ』ってハグして下さって、すごくうれしかったです。『ああ、私はここにいて良いんだ』って思いました。何かエヴァンゲリオンみたいなことを言っていますけど(笑)」

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◆『エコエコアザラク』の黒井ミサ役がきかっけで“ホラー・クイーン”に!

1997年、ドラマ『エコエコアザラク」で黒井ミサ役を演じることになった佐伯さん。映画版『エコエコアザラク3〜MISA THE DARK ANGEL〜』も製作され、撮影は約1年半に及んだという。

−『エコエコアザラク』のオファーが最初に来たときはいかがでした?−

「私は以前から妖精とか幽霊の役をやってみたいということを言っていたんですよ。昔からそういうファンタジックなものだとか、未確認なものがすごく好きで、自分がそういう仕事をしているんだったら日常では体験できないことをやりたいと思っていました。

だから『ホラー来たー!』って思ったんですけど、『大丈夫かな?上手にできるかなぁ』って不安な気持ちもあって…いまだにそうなんですけどね(笑)」

−怖い作品とかそういうのは平気なんですか−

「苦手です(笑)」

−『エコエコアザラク』の撮影が始まったときはどうでした?−

「現場はすごく和気あいあいとしていて、とても楽しかったです。特撮が多かったので、撮影したものが完成すると、こういうシーンになるんだっていうのが面白かったですね。すごく悩みましたし、カタカナが苦手だったので、呪文を覚えるのはほんとに大変だったんですけどね」

−呪文は難しそうですね−

「大変でした。台本の見開き全部、つまり2ページ全部呪文でカタカナが並んでいるんですよ(笑)。『これをどうやって覚えたら良いのだろう』って思ったんですけど、当時は若かったから脳が活性化していたんでしょうね(笑)。何とか覚えてやっていました。今だったらダメだと思います(笑)。あと、まばたきをなるべくしちゃいけないと言われましたね。

とにかくスケジュールが大変でした。テレビと映画を合わせると1年半撮っていましたから。長かったですね。どっぷり黒井ミサしていました(笑)」

佐伯さんが演じた黒井ミサは大人気となり、次々とホラー作品のオファーが舞い込むことに。一時期は100本の仕事のオファー中、100本がホラーということもあったとか。Jホラーを牽引する“ホラー・クイーン”として注目を集める存在に。

次回後編では映画『らせん』の貞子役にまつわるユニークなエピソード、押井守監督との出会い、映画『イソップの思うツボ』の撮影裏話を紹介。(津島令子)

©埼玉県/SKIP シティ彩の国ビジュアルプラザ

※映画『イソップの思うツボ』
「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019」(埼玉・川口市 7/13〜7/21)オープニング作品
8月16日(金)より全国ロードショー
配給:アスミック・エース
監督:浅沼直也・上田慎一郎・中泉裕矢
出演:石川瑠華 井桁弘恵 紅甘
桐生コウジ 川瀬陽太 渡辺真起子 佐伯日菜子

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