アイヌ文化を「かっこいい」に。2020年に情熱を燃やす19歳女子大生の夢

テニスの現役を退いてから、“応援”することを生きがいにしている松岡修造。

現在は2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けて頑張る人たちを、「松岡修造の2020みんなできる宣言」と題して全国各地を駆け巡って応援している。

今回修造が訪ねたのは、北海道・平取町にある二風谷という集落。そこにひとりの女性が、「イランカラ(プ)テ〜!」と声をかける。

「いらん?何を?」と困惑する修造だが、女性は続ける。「アイヌの言葉で『こんにちは』という意味です。私はアイヌです」自らをアイヌと名乗るのは、現在慶應義塾大学に通う関根摩耶さん、19歳。

©TOKYO応援宣言

アイヌとは、主に北海道で独自の文化や言語を育んできた先住民族で、狩りや漁、採取などによって自然と共に生きてきた。修造が「アイヌの魅力って、どういうところですか?」と聞くと、関根さんはこう答える。

「いかに環境を大事にするか、守っていくか、共に生きていくかをわかっていた民族だと思います。すべてのものに魂が宿っている、というのがアイヌの考えです。物だったり、人・動物だったり、すべてのものを大事にします。大好きなんですよね、アイヌ文化というものが」(関根さん)

そして、修造が「東京2020が決まったとき、どんな思いになりましたか?」と聞くと…。

「チャンスだと思いました! アイヌとか、日本のいろんなマイノリティが少しずつ魅力を引き出せるのが、きっと今です。今がもう頑張り時!やり時ですね」(関根さん)

©TOKYO応援宣言

これまで、シドニー大会やリオ大会など、オリンピックの開会式では、開催国が自国の歴史を伝えるなかで多くの先住民族が登場してきた。だからこそ関根さんは、2020年を千載一遇のチャンスととらえ、猛勉強してアイヌ語を習得。

これまでラジオでアイヌ語講座の講師をしたり、地元の路線バスのアイヌ語アナウンスを務めたり、さらにはアイヌ文化を伝える動画のインターネット配信までしている。

©TOKYO応援宣言

関根さんは、なぜアイヌ文化を発信しようと思ったのか? その理由は、生まれ育った町、人口のおよそ7割がアイヌといわれる二風谷にあった。

いつも一緒にいたという祖母の貝澤雪子さんは、わずか数人しかいない伝統の織物を継承する職人だ。雪子さんは、関根さんが幼い頃から「アイヌ文化を広めてほしい」と勧めていたという。

©TOKYO応援宣言

今でこそアイヌ文化が大好きな関根さんだが、二風谷を離れた中学時代、自分がアイヌだと言えない時期もあったそうだ。

周りがアイヌではない環境で、自分のことを伝えられない…。その理由は、アイヌの歴史にあった。明治時代に始まった北海道開拓。アイヌは住んでいた土地を追われ、日本語での教育が強制されるなど、伝統や文化を否定された。

「アイヌが差別されていたことがあると資料を見たり話を聞いたりしていたので、『私アイヌなんだよね』と友達に言う勇気がありませんでした。でも伝えてみたら、自分が思っていた反応とは全然違っていて、『え、かっこいいじゃん!』『いいな!そういう自分の守るものがあって』と言ってくれる友達がいて、ちょっとずつアイヌが自分の自信に変わっていきました。“アイヌ=かっこいい!”とするのが目標というか、夢になりました」(関根さん)

©TOKYO応援宣言

世界の注目が日本に集まる2020年。アイヌの魅力を伝えたいと努力する関根さんには、大切にしているアイヌの言葉がある。

それは、「カント オロワ ヤク サ(ク) ノ アランケ(プ) シネ(プ) カ イサ(ム)」。

“天から役目無しに下ろされたものはひとつもない”という意味の言葉だ。

「大好きなアイヌの誇りを世界中に知ってほしい」――19歳の力強い言葉に、修造は「イヤイライケレ!」、アイヌ語で「ありがとう!」とエールを送った。

©TOKYO応援宣言

※注:アイヌ語表記(カッコ)内の文字は小文字

※番組情報:『TOKYO応援宣言』
毎週日曜あさ『サンデーLIVE!!』(午前5:50〜)内で放送、「松岡修造の2020みんなできる宣言」も好評放送中、テレビ朝日系

関連記事(外部サイト)