「平泳ぎの選手は、寝ているときに…」五輪メダリストが明かす、知られざる競泳の世界

今日7月28日(日)に最終日を迎える「世界水泳2019」。

これまで、瀬戸大也が200メートル個人メドレーで金メダルを獲得、松元克央が200メートル自由形で、同種目では日本人初となる銀メダルを獲得するなど、2020年東京五輪を前に、日本人選手が大舞台で活躍。

最終日の今日も、瀬戸、大橋悠依の400メートル個人メドレーでのメダル獲得に期待が高まる。

©テレビ朝日

常にメダル獲得が期待され、日本のお家芸ともいわれる「競泳」をテレビ中継などで観戦したことがある人は多いと思うが、ふと“素朴な疑問”が湧いてくることはないだろうか?

「選手はなぜ、レース前に、手の跡がつくほど体を叩くのだろうか?」「日本チームはなぜ、個人競技にも関わらず一体感があるのだろうか?」

今回は、そんな素朴な疑問を、北京五輪の男子400メートルメドレーリレーの銅メダリストで競泳解説者の宮下純一氏にぶつけてみた。

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◆平泳ぎの選手の驚きの寝相“

――水泳選手にとって、最も必要な筋肉の部位はどこですか?

宮下:種目によっても違いはありますが、どの種目にも間違いなく求められるのは「腹筋」。背筋も含めた体幹を鍛えることはとても大事なんです。特に「腹筋」ですね。

水泳はキックや、腕で水をかく動作に注目しがちですが、実はそれらの動きによって体が左右のブレてしまうといい泳ぎができない、タイムロスに繋がってしまう。だから体幹が重要になってきます。強いキック、大きな腕の動きに負けない体幹がないと、スピードが出てこないので、そういった意味で「腹筋」を鍛えることは、とても重要です。

――筋肉以外で、水泳選手に求められる要素はありますか?

宮下:「柔軟性」ですね。僕自身は、柔軟体操が大嫌いでした(笑)。(北島)康介さんもそんなに柔らかい方ではありませんでしたね。

でも体が柔らかいと、より遠くの水をつかめたり、可動域が広がったりするので、パフォーマンスはあがると思います。

入江(陵介)選手は、柔軟性を活かした泳ぎが持ち味だと思います。彼の泳ぎを真似しようとしても、柔軟性がないとできません。

――柔軟性があるからこそ、独自の泳ぎのスタイルを確立している選手は他にいますか?

宮下:平泳ぎの渡辺一平選手も、肩が柔らかいのと、平泳ぎのキックで使う足の部分(膝や足首)が柔らかいので、うまく水を捉える泳ぎができていますね。

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平泳ぎの選手はベッドで寝ている時に、こうやって(上段の写真のように)足を開いて寝ている選手が多いです。無意識でやっていると思いますが、平泳ぎ特有の足の柔らかさを示すものでしょうね。

◆試合用の水着が「泳ぎやすい」理由

――競泳の水着は、どれくらいタイムに影響を及ぼすのでしょうか?

宮下:かなり大きな影響があると思います。練習用と、試合用の水着ではパフォーマンスが大きく変わってくるので。

――練習用と試合用の水着で、違いはありますか?

宮下:試合用はすごくきつく仕上がっているうえに、撥水加工もされている。だから、水中で下半身が浮いてくる感覚があります。

一方、練習用の水着は、長時間の練習に耐えなくてはいけないので、ストレスを体にかけないよう、試合用に比べてゆったりとしたつくりになっています。

ゆったりとしている分、水の抵抗を受けます。練習中は水の抵抗を受けた方が、自分のトレーニングになるので、その方がよいのかなと思います。

――スイムキャップへのこだわりはありますか?

宮下:僕はできるだけ直前に被りたいので、一緒に泳ぐ日本人選手に被せてもらったり、“被せあいっこ”したりしていました。自分で被ろうとすると緩くなってしまう感じがして、人にやってもらう方がきれいに被れました。

――レース直前に、これから戦う選手と“被せあいっこ”していたのですか?

宮下:はい。さすがに外国人選手とはしませんでしたが(笑)。

――レース前は相手選手と会話をしないものだと思っていたので、意外でした。

宮下:結構喋りますよ。種目によって、レース前の選手招集所の雰囲気は違いますが。

僕が現役時代、前に女子のレースがあったときは、寺川(綾)さんや伊藤(華英)さんと話したりしていて、背泳ぎの選手同士は結構仲が良かったですね。

――レース前で言うと、水をかけていたり、体を叩いたりしている選手がいますが、どういう効果があるのでしょうか?

宮下:体を叩くのは、眠っている筋肉に刺激を与える効果があるからだと思います。萩野(公介)選手や、瀬戸選手は赤く手の跡がつくくらい、叩いていますが、僕はそこまで叩いてなかったですね。(笑)

あとスタートに自信がある人は、膝を曲げてジャンプをしていたり、自分の泳ぎのフォームを確かめたりしている選手もいますね。

――そして泳ぎ切った後、電光掲示板に表示される自身のタイムを確認するときに、目を細めて見づらそうにしている選手もいますが、そんなに見づらいものなのでしょうか?

宮下:電光掲示板まで50メートル以上離れていますし、全力で泳いで体が疲れ切った状態で確認するので、見づらいことはありますね。

僕は視力がいい方ではないのですが、現役時代のレースのとき、コンタクトをつけていなくて。北京五輪の背泳ぎ100メートル準決勝でタイムを勘違いしてしまったことがありましたね(笑)。

53秒69のアジア・日本新記録(当時)を出したのですが、タイムを見たときに“53秒96”に見えたんです。決勝ラインが53秒80くらいだろうと思っていたので、決勝進出は難しいだろうなと勘違いしていたんです。

その後ミックスゾーン(取材エリア)で、記者の方から「アジア新記録です!」と言われたときに、「えっ!?」ってなって、そこで初めて勘違いしていたことに気付きました。でも、それがバレないように「はい」と普通に答えました(笑)。

◆日本人選手の強さは“準備”

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――「日本は水泳が強い」というイメージがもうすっかり定着していると思うのですが、日本人選手の強さはどこにあると感じていますか?

宮下:しっかりと準備をするというところだと思います。レース前の補強運動だったり、リレーの前の引継ぎ練習だったりを入念にやる勤勉さというのは他の国にはないところなのかなと思います。

準備があるからこそ、どんな状況にも対応できるのが日本人選手の強さかなと思います。

――レースがない日に他の選手を応援するなど、日本チームの一体感を強く感じるのですが、結束力を高めているものは何なのでしょうか?

宮下:男女で練習できる数少ない種目だからではないでしょうか。

男女でレベルの差が大きい競技だと、一緒に練習することは難しいと思うのですが、水泳だと、例えば女子の背泳ぎと男子の平泳ぎのタイムが同じくらいだったりするので、男女が同じメニューでトレーニングできるんですよね。

練習後のマッサージも男女交互で行われるので、その前後で他の選手とコミュニケーションを取る機会があります。

あと、相手のレースを見て気合が入ったり、刺激をもらったり、個人戦でありながら団体競技という側面もあるのかなと思います。

◆自由形が鬼門と言われる理由

――短距離の自由形が、日本人選手にとって鬼門と言われていますが、それはなぜなのでしょうか?

宮下:最近海外勢が強くなっている背泳ぎ、自由形はパワーで押しきれる種目。体が大きいとそれなりに水の抵抗を受けるので、体が大きい=有利ではなく、それをカバーする筋力が必要になってきます。

主要な国際大会に出場する自由形のファイナリストの体つきを見ると、本当にすごいですよね。ラグビー選手やプロレス選手のような体つきなので、そういう点で世界と戦う厳しさを感じています。

――そんな中で松元選手が、先日の「世界水泳」自由形200メートルで、日本人として初めて銀メダルを獲得しました。日本人選手も世界で戦える実力がついてきたように感じています。

宮下:そうですね。日本人選手にも、松元選手や、塩浦(慎理)選手など、海外選手に負けない恵まれた体格を持つ選手が増えてきていると思います。

――今回、混合メドレーで日本チームが失格になってしまいましたが、「引継ぎ」の難しさはどこにあるのでしょうか?

宮下:僕が、北京五輪のメドレーリレーで銅メダルを獲得した時、4位のロシアとの差は、ほぼ引継ぎのタイムでした。

なので、今回の日本チームも、その引継ぎのロスを限りなくゼロにするために、狙って飛んでいます。前に泳ぐ選手の手がついてから飛び込むのではなくて、つく時間を予想してスタートを切るので、つく前に飛び込んでしまう…。攻めているからこそ、失格のリスクが高くなるんです。

特に混合リレーは男女で泳ぐスピードが違ってくるので、引き継ぐタイミングを計るのが、より難しいはずです。

――なるほど。では最後に、「世界水泳」の今後の見どころを教えてください。

宮下:瀬戸選手、大橋選手の400メートル個人メドレーでの金メダル獲得を期待しています。

ここまで海外勢がかなり強気のレースをしているので、日本人選手も負けないように、攻めたレース展開ができれば、トップに立てると思います。

※放送情報:『世界水泳 韓国・光州2019』
7月21日(日)〜28日(日)8夜連続、テレビ朝日系で放送(放送予定詳細はこちら)

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