ドラマ『サイン』の法医学監修が明かす“裏設定”。解剖シーンで、あえてマスクしない理由

遺体から“真実”をあぶり出す法医学者たちと不都合な“事実”を隠ぺいしようとする巨大権力の熾烈な攻防戦を描く、大森南朋主演ドラマ『サイン―法医学者 柚木貴志の事件―』の第7話が、8月29日(木)に放送される。

最終話まで第7話を含めて残すところあと3話、物語は佳境に突入し大きな盛り上がりを見せている。

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『サイン―法医学者 柚木貴志の事件―』の原作は、韓国の大ヒットドラマ『サイン』(2011年)。

法医学を基軸に、絶対的権力を誇示する巨悪を相手取った“真実”をめぐる熾烈な戦いを描く同作。韓国版は実在の法医学鑑定機関「国立科学捜査研究院」を舞台とし、国や権力の息がかかりやすい状況下での攻防戦を描いた。

現在、テレビ朝日で放送中の『サイン―法医学者 柚木貴志の事件―』の舞台は近未来。「日本法医学研究院」なる厚労省・警察庁共管の架空組織が登場した世界で、法医学の現場で実際に起こりうる、第三者による解剖結果への“干渉”や“忖度”を国レベルに押し上げ、物語をダイナミックに揺り動かしていく。

そんな本作のテーマでもあり、数多くのドラマでも扱われている「法医学」。多くのエンターテインメント作品で目や耳にすることの多い「法医学」だが、どのような学問で、どのような業務を行っているのかを明確に説明できる人は多くはない。

そこで、本作に法医学監修として参加する東北医科薬科大学 医学部 法医学教室の高木徹也教授にインタビューを実施。

大小の相談を合わせると年間約20作品を監修しているという高木教授に、「法医学はどういった学問なのか?」といった基本的な内容や、法医学監修という仕事について解説してもらった。

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ーー法医学とはどういった学問なのでしょうか?

「医学のなかでは『社会医学』という分野に属し、社会で問題となる医学的事項について検討・鑑定を行う学問です。

基本的に、各医科系大学には法医学教室や法医学講座が設けられていて、そこでの教授は医師が務めています。医師以外にも歯科医師や薬剤師、臨床検査技師などさまざまな職種がスタッフとして在籍していることが多く、多職種による鑑定を行っているのが実情です」

ーー法医学者は、普段どういった内容の作業を行っているのでしょうか?

「主に死体解剖を中心とした鑑定業務を実務として行っています。

解剖によって、死因の究明、事件性や過失の有無、凶器などの成傷機序、動機などについての判断。虐待や傷害事件の被害者・加害者の生体鑑定、レントゲンやCTなどの画像、医療ミスの鑑定、保険会社からの保険金支払調査・鑑定、労災や損害賠償請求に関わる鑑定など、鑑定対象は多岐に渡ります。

また、法医学者とは言え、基本的には大学の教員として勤務しているので、実務の他に教育や研究。それ以外に私は、葬儀関連専門学校、警察大学校、警察学校、検察庁、保険会社、救急救命士、臨床医師会などで講義や講演、指導を行うこともあります」

ーーさきほど、法医学は「社会で問題となる医学的事項について検討・鑑定を行う学問」とお答えいただきました。最近、日本の社会で問題となっている医学的事項について教えてください。

「近年では、虐待の疑いがある子どもや高齢者の鑑定が増えています。

虐待はクローズドな状態で起こりますが、社会的な注目の高まりによって、相談件数が増加傾向にあります。鑑定では身体にできた傷から『この傷は身体的虐待によってできたものか?』『虐待だとしたら、どのような行為で傷ができたのか?』などを調査することが多いです」

◆法医学者になってから知った“驚きの事実”

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ーー高木教授が法医学者を志すようになった“きっかけ”を教えてください。

「以前から友人や知人の死を多く経験していたことがあり、若いときから死についての興味を持っていました。

医学部に入学したときは普通の臨床医になることを漠然とした目標としていました。大学で勉強を進めると法医学は他の学問よりも幅広い知識を駆使する必要性があることを知り、さらに当時の法医学の教授に入局することを勧められたことがあり、法医学者になりました。

また、法医学者になるまで知らなかったのですが、私の母方の先祖から現在までの親戚筋に法医学者が3人いたことがわかり、親族の間で驚かれました(笑)」

ーーそれは、すごいですね(笑)。では、高木教授が法医学者として大切にしていることはありますか?

「法医学は“社会的な因子”も重要だと、私は考えています。

法医学は冒頭でお話ししたように社会医学に属しているので、環境因子的なものが大切。人間は社会のなかで生きているので、死亡の原因は人間にかかわる事柄が関係する。

社会は、経済や文化、歴史により構成されているので、少し変な話ですが、商業地だと強盗殺人事件が多い、交通量の多い地域だと交通事故が多い…そういった地域の背景が事件に影響を与えたりします。

一方で、こうした考えに反対する法医学者がいらっしゃるのも事実です。そのような方は、環境因子がバイアスになると考え、遺体を解剖して得られる情報のみから結果を導き出す手法を取られています」

ーーさきほど、法医学では「多職種による鑑定」が行われていると伺いました。例えば歯科医師の方は鑑定で、どういった業務を担当されるのでしょうか?

「基本的に歯学部には、歯科法医学や法歯学とよばれる学問があります。歯科法医学の先生に身体の解剖の補助をしてもらうことも稀にありますが、基本的には身元不明の遺体の歯の治療痕やインプラントなどから、個人を識別していただくのがメインの業務となります。

実は、インプラントにはシリアルナンバーのようなものが振り当てられていて、そこから個人の情報を照合することが可能です。震災などで亡くなられた方の歯のレントゲンをとり、データベースの情報と突き合わせて身元を特定していきます。

現在、警察が行っている科学的な個人識別の要素は『歯』『DNA』『指紋』の3つ。この3要素のいずれかがマッチしないと同一人物として識別されないようになっています。現在は技術が進歩しているので、昔と比べて個人識別の精度も向上しました。

また最近では、歯科の先生も子どもの虐待の鑑定を行っています。子どもの治療されていない虫歯が長期間放置されていると、育児の放棄だとみなし、虐待だと判断するケースもあります。

それから、噛み傷などを見て「どの歯でどうやって噛まれたのか?」などの鑑定のほか、そこから派生してDNA鑑定などを行っている先生もいらっしゃいます」

◆法医学監修が明かす、ドラマの「裏設定」

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ーー鑑定や相談、そして研究の合間をぬって、高木教授は法医学監修としてドラマやコミックなどの作品制作にも関わられています。法医学監修として、エンターテインメント作品に携わるようになったきっかけを教えてください。

「私の上司が以前から監修に携わっており、そのサブ的役割として現場に赴いたのが始まりではないかと記憶しています。

おそらく15〜16年くらい前に映画『MAKOTO』という作品で現場指導したのが最初になるかと思います。その後、当時の助監督さんやスタッフさんから口コミで監修者の1人として認知され、依頼される機会が増えたように感じます。

法医学は医学的な鑑定事項をご家族や警察、検察官、弁護士、裁判官、保険会社など医学の専門的な知識を有さない方々にわかりやすく説明しなくてはならない学問。いうなれば“医学の翻訳者的職業”。そのため、専門知識をドラマや映画等で簡潔に説明することができることもあり、監修として依頼されることが多いです」

ーー『サイン―法医学者 柚木貴志の事件―』の法医学監修で、何かこだわったポイントはありますか?

「監修として重要なことは『現実とフィクションの境目を提示すること』だと思っています。

視聴者からすると、法医学はミステリアスで猟奇的なイメージがあって、ドラマや映画ではそのイメージを前面に出す演出をされていることが多い。しかし実際は、医学的、自然科学的、社会学的な知識を基盤とする淡々とした鑑定業務なので、リアルな法医学的作業をそのまま提示しても面白くないかと…。

ですので、なるべく期待されているイメージを壊さず、かつ、リアルな部分を見せられるように心がけています」

ーーリアルとフィクションのバランスのとり方で、心がけた点や苦労した点を教えてください。

「まず先方に、死因ってそんなに簡単なものではないということをお伝えします。

特に法医学系の作品では、死亡原因が出てきます。監修を依頼された作品の台本で『死因は心不全』という言葉をよく目にしますが、心不全という死因は基本的にはありません。

ですから、『死因が「心不全」はちょっと嘘っぽすぎるので「虚血性心不全」にしましょう。そうするとリアルさもある程度担保できる』と制作サイドにアドバイスします。

監修の軸の部分で嘘を通してしまうと法医学監修の意味がなくなってしまうので、『ここだけは譲れない』という基本的な要件については助言しますが、それ以外の部分はエンターテインメントの領域と考え、作品の作り手側に委ねています」

ーーなるほど。その他に、監修を行った部分で印象に残る箇所はありますか?

「『サイン』では埼玉県の大学と都内にある法医学研究院で解剖を行っていますが、実はそれぞれに違いがあるんです。

埼玉県で解剖をしているときはちゃんとマスクとゴーグルを装着して解剖を行っています。一方、法医学研究院ではマスクをしていません。

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現実の解剖ならマスクの装着は必須ですが、『近未来の施設という設定だから、マスクをしなくても清潔』という“裏設定”があるんです。だから、法医学研究院での解剖ではマスクをしていないんです」

ーーそんな“裏設定”があったんですね!また、法医学のドラマでは解剖を始める前、ご遺体に手を合わせるシーンがよく出てきます。実際の解剖の現場でもこうした“ご挨拶”は行われているのでしょうか?

「なかには、手を合わせる方もいらっしゃいます。私は解剖前に、軽くお辞儀をします。

法医学者が遵守しなければならない死体解剖保存法という法律がありまして、そこには『ご遺体に礼節を持って接すること』という文言があります。我々は解剖でご遺体に傷をつけるわけですから、『今から宜しくお願いします』という意味合いで、ご遺体と向かい合う前にお辞儀をしたり手を合わせたりして“ご挨拶”をしています」

◆解剖後に焼肉に行く?!

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ーー『サイン』の登場人物で、実際の法医学の現場にいそうな人はいますか?

「法医学者って自分も含めてですが、少しクセが強い人が多い印象で…(笑)。

実際の法医学の医師も、それぞれが思考や方向性が違ってなかなか個性の強い人が多いのですが、さすがにドラマの登場人物はさらに個性が強いのでビタっと該当するような方はいないですね。しいて言えば、松沢大輝(吉田ウーロン太)と四方田隼斗(小久保寿人)のような法医学者はいそうです。

若くておとなし目だけど、面白いところもあって勉強も頑張っているという法医学者は現場に結構多い。ちなみに、実は松沢役の吉田ウーロン太君は、私の高校の後輩なんです(笑)」

ーーすごい偶然ですね!登場人物の設定やキャラクターについて監修を行うことはあるのでしょうか?

「『日常的に法医学者がどのようなことを行っているのか?』とか『こういったキャラクターがいてもおかしくはないか?』といった相談は受けます。

本作ですと、制作サイドから『解剖した後、法医学者が肉を食べに行っても大丈夫ですか?』っていう質問を受けました」

ーーどう答えられましたか?

「『普通ですよ』ってお答えしました。解剖って体力を使うので、終わった後はお腹がすくんです。解剖後に『これから焼肉行こう!』って後輩たちを誘ってよく食べに行くことはあります」

ーー法医学のドラマでは難しい専門用語が出てくるため、それを医学の知識のない制作陣や視聴者にもわかりやすく解説することが必要になります。そこでの苦労や気をつけているポイントはありますか?

「わかりやすく説明するために、中学理科の先生のような例え話をよく利用しています。

『大動脈に亀裂があります』ということを説明するときに、『心臓はポンプの役割をしていて、その大きなパイプに亀裂が入ったようなものです』と、身近なものを用いた比喩表現で解説します。

あと、医学用語の発声指導は意外にてこずります。医学用語のイントネーションって、実は難しい。

『大動脈破裂』だとそのまま続けてフラットに発音するんですけど、俳優さんによっては『大動脈』『破裂』と区切ってそれぞれの単語の頭にアクセントを持ってきて発音されることがある。

日本語の医学用語は漢字が多いので、イントネーションや意味を教えるのもなかなか大変。でも、一度正しい意味やイントネーションを伝えると役者さんたちはすぐに自分の言葉として発することが出来る。そこは『流石だな』と思います。

それに読み方もです。『頭蓋骨』は法医学の世界では『とうがいこつ』と読みます。しかし、ドラマでは『ずがいこつ』と言うようにしています。

視聴者からすると『とうがいこつ』といきなり言われても、どこの骨か判断するのに少し時間がかかる。なので、ドラマなどの作品ではあえて『ずがいこつ』と言うようにして、どこの部位の骨のことを話しているのかをパッと理解できるようにしています」

ーーそんな工夫があったんですね。高木教授はこれまで数多くの作品に法医学監修として参画されてきましたが、ご自身が関わられた作品の影響を受け、法医学者を志すようになったという学生を目にしたことはありますか?

「少なくとも3人います。そのなかの1人は、いま私と一緒に働いています。

大学の入試で医学部の面接官を担当するときがあるのですが、なかには『法医学のドラマを見て、法医学者になりたいと思いました』っていう受験生も何人かいました。言葉にはしませんでしたが面接中、『そのドラマ監修したのは私だからね』って心のなかで思ったことがあります(笑)。

また医学の専門知識だけではなく社会的な要素も多いので、法医学に興味を持っている医学部の学生は多く感じます。解剖や警察の講義についてくる学生も多いのですが、そういった学生たちが法医学者になるかと言うと別問題です。

『家業を継がないといけないので臨床医師になる』や『法医学者は給料が少ないので医学部の学費がペイできない』『法医学者になりたいけど親に反対された』などの理由で、諦める学生も少なくないのが現実です。

ただ、ありがたいことに私が以前に勤めていた大学では、法医学者たちの仕事ぶりやドラマをみて、4年に1人の割合で法医学の道に進む学生がいました。少なく聞こえる数字かもしれないですが、確率としてはなかなか高い方です」

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ーー『サイン』の第2話の劇中で「埼玉県は解剖率が低い」というセリフがあり、地方の解剖医の人手不足を問題として提起していました。この問題については、どうお考えでしょうか?

「日本全国で法医学の医師の数は200人もいないと言われています。しかし、解剖率の高い欧米と比較しても、日本が特段に法医解剖医が少ないというわけではありません。

ただ、死因究明にかける予算の少なさや医師の地域的辺在性によって、不審死等の取り扱いや解剖率が地域によって異なるのが現状です。1県に法医学医師1人という県も多くあり、法医学医師が技術的に全国で同じ水準というわけではないのも問題だと思っています。

埼玉県は複数の大学に分担されて解剖が行われているのでそれほど解剖率が低いわけではありませんが、監察医制度のある地域に比べると、埼玉県を含む多くの地域で解剖率が低いというのが課題となっています。

また臨床医学の研究と比べて、死因の研究に予算があまり割り当てられていないことも課題と言えるでしょう。

実際、1体の死因を調べるのに、最低10万円〜20万円ぐらいが必要になる。年間で約130万人の方が亡くなっているので、最低でもそれだけの金額が必要になります。

今回のドラマに出てくる法医学研究院のような施設は、そのうち日本にも必要になると私は考えています。

しかし現状では、予算は臨床医療の方に多く回っています。司法解剖は国税で行われますが、そうでない死因究明にかかる解剖の費用は通常、地方自治体が負担している。都道府県で予算の規模が違うので、当然死因の究明に予算を潤沢に割けない都道府県もあると思います」

ーーでは、最後に監修を手がけられた『サイン』についてお伺いします。法医学医師の視点で、同作の見どころを教えてください。

「ドラマなのであくまでフィクションとしてですが、遺体を解剖してからの展開が非常にスピーディーに感じます。

実際の法医学では、解剖後1ヶ月ぐらいかけて書類を作成します。そういう実情を知っているからこそ、ドラマならではのスピーディーな展開が非常に面白く感じます」

※番組情報:木曜ドラマ『サイン―法医学者 柚木貴志の事件―』第7話
2019年8月29日(木)午後9:00〜午後9:54、テレビ朝日系24局

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