1軍登板なし、2度の戦力外でも諦めない…メジャーで再起目指す、北方悠誠を支える“2人の恩人”

今年2019年8月、アメリカ・アリゾナ州。気温45度を超える灼熱の地で、登板の準備を進める男がいた。

ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ北方悠誠(25歳)だ。

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アメリカの球団は、メジャーをトップにいくつかのカテゴリーに分かれていているが、北方がプレーするのは、一番下の、ルーキーリーグのチーム「ラソーダ」。

北方はチーム最年長のルーキーとして、再出発を図ったばかりだ。

「またプロのユニフォーム着られるので、嬉しかったです」(北方)

今でこそ笑顔を見せる北方だが、ここにたどり着くまでには、長く厳しい道のりがあった。

◆ドラ1入団も、一軍登板なしで2度の戦力外

北方がその名を世間に知らしめたのは2011年、夏の甲子園。佐賀県・唐津商業高校のエースとして登板し、
2試合あわせて23奪三振とその剛腕ぶりが高く評価され、翌年に横浜DeNAベイスターズにドラフト1位で入団した。

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華々しいプロの世界でのスタートを切った北方だったが、入団後は“制球難”に苦しんだ。

コントロールを安定させようとフォーム改造に取り組むも改善されず、結局一度も一軍のマウンドを踏まないまま、プロ3年目、20歳の若さで、戦力外に。

その後、ソフトバンクで育成選手として入団を果たすも、制球難は克服できず、またしても一軍のマウンドを経験することなく、わずか1年で戦力外通告を受けることになった。

「ここ数年うまくいっていないのが、しんどいというか、自分の中でも限界があるのかなというのはあって。

もしあと1年どこかでできたら、そこでプレーをしたいですが、できなかったらけじめをつけようかなと思っています」(北方)

結局12球団から声がかかることはなく、プロ入りからわずか4年、引退の2文字が頭をよぎった。

それでも、北方は独立リーグに活路を求め、3年間で4球団を渡り歩いた。引退を覚悟したにも関わらず、野球をやめなかったのには“ある理由”があった。

「心の中ではもう1回投げられると思っていたので。フォームが良くなったら、またスピードは戻ると思っていました」(北方)

大きな転機となったのは昨年2018年の秋。栃木ゴールデンブレーブスへの入団だった。

ここには廃校になった小学校を利用して作られたトレーニングエリアが豊富にあり、冬場でも体づくりができる環境が整っていたのだ。

独立リーグに移ってから本格的にウエイトトレーニングを始めたという北方は、しっかりと筋肉をつけ、体のバランスを整えられたことで、投球フォームも固まった。

すると、課題だった制球難も、改善の兆しを見せ始めた。2018年4月の開幕からおよそ1か月で11試合に登板し、自己最速となる161キロをマーク。

北方はかつての輝きを取り戻しつつあった。

◆北方悠誠を支える“2人の恩人”

そして2019年5月、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約。日本の独立リーグからメジャーへ移籍するという、衝撃の発表だった。

「諦めきれなかったってところもあったので。一生懸命諦めずにやっていたら、見てくれている人は見てくれているんだなと、高校の時にも思いましたけど、改めて思いました」(北方)

北方の諦めない姿を見ていたのは、スカウトやチーム関係者だけではなかった。父・北方伸一さんは、どんなときも励まし、支え続けてくれた。

「まだ、もう少しやれると思っています。僕も諦めていなかったかもしれないですけど、あいつは本当に弱音を吐かなかったですね」(父・伸一さん)

そして実はもう一人、北方を見守り続けてくれた人がいた。

北方の母校・唐津商業高校出身の先輩で、福岡ダイエーホークスの元投手、藤井将雄だ。

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藤井は「炎の中継ぎ」と呼ばれ、1999年のリーグ初優勝に大きく貢献。しかし、肺がんを患い、31歳の若さで天国へ旅立った。

実は父・伸一さんと藤井は、中学時代の野球仲間で、伸一さんは一つ年上の先輩として、病からの復活を目指す藤井を支えていた。

そんな藤井のピッチングを幼い頃間近に見て、北方は野球を始めたという。

藤井に影響され、高校時代に帽子に刻んでいた文字は「強気」。その言葉通り、強気のピッチングで母校を27年ぶりの甲子園に導き、“藤井2世”と呼ばれるまでに成長した。

プロ入り前には、墓前で「藤井さん見守っていてください」と将来の活躍を誓っていた。

「やっぱり“藤井2世”と言われているので、その名に恥じないように、超えたいですね」(北方)

北方は応援してくれる父への感謝、そして藤井への憧れを胸に野球を続けてきた。

◆野球ボールに綴った「やるばい」

北方は、2019年6月にドジャースのルーキーリーグのチーム「ラソーダ」に合流して以降、シーズン最終戦を前に12試合マウンドにあがり、まずまずの結果を残していた。

過去に伊良部秀輝やマック鈴木など有名投手を見ていて、現在北方を指導している、ボビー・クエラーコーチも、そんな北方を高く評価していた。

「悠誠のポテンシャルはとても高いです。多くのことを上手にこなすし、いい腕を持っている。99マイル(約159キロ)の速球も投げるし、スライダーもいいです」(クエラーコーチ)

そんな中迎えた、8月末のシーズン最後の登板。来シーズンへの生き残りを左右する大事なマウンドで、北方は躍動した。

一時は四球でランナーを背負うなど、ピンチの場面も訪れたが、力のあるストレートで次々と打者を打ち取り、最速157キロもマーク。

2回をノーヒット、2奪三振、無失点の好投で今シーズンの最終登板を締めくくり、来年2020年の春もドジャースの一員としてキャンプに参加することが決まった。

最終登板を終え、北方は野球ボールに、“やるばい”と自らの決意を綴った。

「なんでもいいので、いい報告ができればいいと思います。野球もそうですし、これからも色々としっかり“やるばい”ということです」(北方)

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故郷で待つ大切な人たちへ、そして天国にいる“憧れの投手”へ――プロ初勝利のボールを届けることはまだできていないが、一人の野球少年の物語は続く。

番組情報:『Get Sports
毎週日曜日深夜1時25分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く)

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