女優・木内みどり、樹木希林からの“ご指名”で映画出演。その想いを知り「しゃがみ込んで泣きました」

©テレビ朝日

1966年、高校1年生のときに大手劇団に入団し、18歳でドラマ『日本の幸福』(日本テレビ系)でドラマ初主演。続く主演ドラマ、ポーラテレビ小説『安ベエの海』(TBS系)でその名を全国的に知られるようになった木内みどりさん。

ドラマ『西郷どん』(NHK)、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)、映画『エリカ38』、ラジオ番組のパーソナリティーをつとめるなど幅広い分野で活動。2018年には『私にも絵が描けた!コーチはTwitter』を出版。さらに、スタジオもスタッフもスポンサーも持たないインターネットラジオ番組『小さなラジオ』を立ち上げるなど精力的に活動を展開。11月8日(金)には映画『夕陽のあと』の公開も控えている木内みどりさんにインタビュー。

©テレビ朝日

◆新聞を虫メガネで焦がしていたら「劇団員募集」の広告が…

小さい頃から勉強は好きだが、学校は大嫌いだったという木内さん。小学校、中学校は義務教育だからイヤイヤながら行ったものの、高校1年のときに学校嫌いの思いはピークに達し…。

「とにかく学校嫌いでね。高校1年のときにもう我慢の限界だと思って、どうやったらここから脱出できるのかって、毎日そのことばかり考えていました。

そんなことを考えながら、太陽の光を虫メガネで集めて新聞の文字をひとつずつジリジリジリジリ焼いていたとき、ある大きな劇団の『劇団員募集』の記事を見つけて親にナイショで受けたら受かっちゃったの。

そのとき、16歳だったんですけど、受験資格が演技部しかなかったんですよ。演出部、文芸部は18歳以上だったから、受けられなかったんですよね。それが16歳からだったら、当然私はそっちに行ったと思うんだけど」

−表方よりは裏方の方がという感じだったんですか−

「そうです。人前に出るなんてとんでもないし、目立つことが嫌いで、どちらかというと本当にボーッとして無口、いつもひとりという感じでしたね」

−倍率もすごかったと思いますが−

「750人受けて受かったのは4人だったから、倍率はすごいですよね。俳優座の養成所出身だとか、バレエをやっているとか、そういう人たちが受けに来るわけで、そこに紛れ込んじゃったバカがひとりいるっていう感じだったんですよ(笑)。

私だけ16歳で何も知らなかったんだけど、そういう白地に色を塗っていきたいって劇団側が思ったみたいで、テストケースで取ったみたいなんですよね」

−最年少ですよね−

「そうです。『未成年だから親と話したい』と言われて、『とても無理ですから』って親が言ったら、『劇団には東大卒の人もいるし、大学で教えている人もいるから、高校程度の知識はつけられると思うので安心して預けてください』みたいなことを言ったみたいで。

父は反対だったんですけど、母が、『いつもひとりでいて変なところもあるから、好きなようにさせてあげたらいいじゃないですか』って父を説得してくれたという感じで。そういう意味ではいつも味方になってくれた母でしたね。

学校には馴染めないし、友達はできないし、いつも通知表には『協調性がない』とか、『誰とでも仲良くしましょうね』とか、そういうことを書かれていました」

−ご両親はそのことで何かおっしゃっていました?―

「『別にそれでもいいんじゃないか』っていうふうに言ってくれていました。みんなと同じようにというようなことを押し付けたりはしませんでした。

私は4つのときに『それでリンゴのつもりか?』って言われて傷ついてから、絵が描けなくなってしまったので、夏休みの宿題で絵を提出しなければならないときなどは、母にそれらしく描いてもらっていたのね。だから、ちょっと共犯者みたいな感じでした。『先生って気がつかないもんだね』なんて言って(笑)。

図画工作とか音楽とか、点数のつけようがないと思うんだけど、5段階で決めたりするわけでしょ?だから学校に行って上手にやっていける能力というのは、社会に順応できる能力ともいえるけれども、全くその人らしさを消していく作業じゃないですか。それでいきなり『個性的であれ』って言ったってネェ…」

−子どものときから個性的だったのですね−

「いや落ちこぼれだったんだと思いますよ。兄が3人、弟がひとりいるんだけど、兄たちからは、『あいつのそばに行くと、ボーッて音が聞こえる』なんて言われていました(笑)」

劇団の試験に合格し、1年で高校をやめた木内さんだったが、挫折して戻ってきたときに居場所がないとかわいそうだからということで、お父様は2年間高校の授業料を払い続けてくれていたという。

©テレビ朝日

◆17歳で劇団の代表者に怒りが爆発、大暴れ

学校での団体行動が苦手で、号令をかけられて行動するのはゾッとしたという木内さんだが、劇団でも団体行動をとることに。

「劇団には、紆余曲折(うよきょくせつ)あって人生挫折した人とか、色々な人がいたし、どっちかって言うと、へんてこな人がいいみたいなところがあったので、それは良かったんです。

ただ、私が行った劇団は代表が独裁者だったので、その人に対する反発はものすごくありました。そんな人が代表者で『はい、こっち見ろ!』とか『全員こうしろ!』とかってやっていて、みんな萎縮しているんだから、いい芝居ができるわけがない。本当にひどかったですよ」

−そしてとうとう怒りが爆発したわけですか−

「そう。先輩の女優さんが、『歯が痛くて治療したいんだけど、お金が払えないから治療ができない』ってこぼしていたんですよ。

それで『歯の治療もできないってどういうこと?』って周囲を見回してみたら、結婚している女性も子供を産んだ女性もひとりもいなかったんですね。ということは、私の人生もそうなるのかって思って。それは嫌だと思って…。

みんなかしこまって奴隷じゃあるまいしって思ったら、もう涙が出てくるし、悔しいし、どんどん不安定になっちゃって、フラフラと出て行って、代表に『あなたが悪い!あなたが悪い!』って暴れちゃったの。そうしたらすぐ羽交い締めにされて…」

まだ17歳だった木内さんは、地獄に落ちるぐらいに絶望して自信をなくし、傷つき果ててしまったという。そんな木内さんのことを1番理解して優しく受け止めてくれたのは、お母様だったそう。

−劇団はそれで辞めたのですか−

「簡単には辞めさせてくれませんでしたけど、そうこうするうちに、山崎努さんが事務所を作るから入らないかって誘って下さって。私も暇だったし、ちょっと行ってみるかなんてやっているうちにつながってきちゃったんですよ。

だから、本当に自分から積極的にやりたいと思ってやってきてないから、チャラい女優だったんですよ(笑)」

−女優でやっていこうということはまだ?―

「あまりなかったです。それで久世光彦さんが、時々すごく不思議な役をやらせてくれていたんですよね。向田邦子さんと一緒にドラマのシナリオを書いたなかに、1シーン、噴水の前で『コケコッコー』って叫んでいる主婦とかね(笑)。

わけわかんないような役を振ってくるわけですよ。それはそれで面白いからやっていたんですけど、あるとき久世さんが、『チャラチャラしていないで暗闇にこもって、何をやりたいかを考えなさい』みたいなことを書いた手紙をくれたんです。

本気になりなさいって。それでも私は誰にも何にも心を開いていないからあまりしゃべりませんでしたね」

©テレビ朝日

◆樹木希林さんとの出会い

久世光彦さんと同じ頃出会ったのが樹木希林さんだったという。樹木さんは、浅田美代子さんのために企画した映画『エリカ38』で、浅田さん演じる主人公が詐欺に手を染めるきっかけとなる女に木内みどりさんを自らキャスティング。

「樹木希林さんもご飯に誘ってくれたり、家に呼んでくれたり、私の家に遊びに来たりとかいうことがあって、やっぱり久世さんと同じようなことを言われたんだけど…。

だから、今考えるとあの時期に希林さんともっと友だちになって、何かしていれば良かったなあって。でも、その頃の希林さんはすごく強かったし、怖かった。だって葉巻吸ってるんですよ。

それで、若い女優さんとかに『あんたさ、いつになったら本気出すのよ!』って人の前で言ってましたからね。言われた人はもうビビッちゃって」

−木内さんはそういうことを言われたことは?−

「私はないです。むしろ『お茶飲みに行こう』とか、『ご飯食べに行こう』とか、希林さんの家にも呼んでくれたし、私の家にも来て延々しゃべったこともありましたね」

−樹木さんが浅田美代子さんのためにと企画された映画『エリカ38』の木内さんは、樹木さんのご指名だったそうですね−

「そうなんですよね。それであのときに美代子さんと希林さんと3人でご飯を食べようって言っていたんだけど、希林さんがニューヨークに行ったり、カンヌに行ったりで体調もあまり良くないということで延び延びになって…。

希林さんからファックスはいただいたんですけれども、何かそういう大事な人と大事な話ができるチャンスがいろいろあったのに、私があまり本気じゃなかったから、そういうチャンスを無駄にしてきたなっていう自覚はあるんですけどね」

−樹木さんは他の作品でも木内さんの役はないかっておっしゃっていたそうですね−

「そうみたいです。『日日是好日』という映画のプロデューサーの方が、『木内さんに言っておいたほうがいいと思うんだけど』って連絡をくれて。

『希林さんがそう言っていたんですよ。だから木内さんと一緒にやりたかったんじゃないですか』って。私はそれを聞いて、しゃがみ込んで泣きましたね」

−そして『エリカ38』で共演されました−

「そうですね。それでそのときに電話で希林さんが、『あなたなかなか良かったわよ』って言ってくれたんですよね。

現場では樹木さんが人を褒めるところを見たことがないんですけど、『なかなか良かったわよ』って言ってくれたから私も照れちゃって、『ずっと出てない顔だから新鮮だったんじゃないですか』って言ったら、『そうね。それはあるわね。いつも見ている顔だと面白くもなんともないけど、しばらく見てない顔ってやっぱりそれだけで値打ちよね』って希林さんが言ってくれて。

だから、やっぱりやたらと出るもんじゃないなって思うし、だけどどんな役だろうと、もらったらちゃんとその役を生きていれば、『あれは木内みどりだ』と思わないでいてくれるじゃないですか」

−『エリカ38』の舞台あいさつのときにグレイヘアを初めて見てビックリしました−

「『どうしたの?』っていう感じでしょう?映画のなかではグレイではなかったですからね。これはNHKのドラマ『八つ墓村』で老婆の役を演じることになって、そのときに白い鬼婆のようなカツラをかぶるより、白髪にしちゃったほうがいいなと思って。いいチャンスだと思ったから色を抜いたんですよ。そうしたら、楽で楽で(笑)」

−きれいに艶も出ていてお似合いですね−

「でも、1回死んだという感じですよね。すごい傷みました。最初色を抜いてシャンプーしたときは、死んだ木綿糸みたいな感じで。それでもう1回ときをおかずして色を抜いたら、途中で切れちゃうという危険ゾーンに入っちゃって大変だったんですよ。ようやくという感じですね」

168cmの長身でスリムな体型にグレイヘアが良く似合いカッコいい。次回後編では結婚、出産、絵を描くことへの挑戦、「小さなラジオ」、映画『夕陽のあと』の撮影裏話などを紹介。(津島令子)

(C) 2019長島大陸映画実行委員会

※『夕陽のあと』
11月8日(金)より、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー。
配給:コピアポア・フィルム
監督:越川道夫 出演:貫地谷しほり 山田真歩 永井大 松原豊和 木内みどり

関連記事(外部サイト)