落語家・柳家花緑、視聴者のメールで自身の発達障がいが明らかに「理由がわかって救われるんですよ」

祖父である人間国宝の故・5代目柳家小さん師匠の内弟子となり、18歳で二ツ目、22歳で真打となった柳家花緑さん。

中学校を卒業して前座になった頃から偉大な祖父・小さん師匠のプレッシャーを感じるようになったという。

20代後半 祖父小さん師匠と

◆偉大な祖父のプレッシャーに押しつぶされそうに…

9歳で落語をはじめ、叔父(母の弟)、祖父の三代が落語家ということで、テレビや雑誌にも取り上げられて話題になった花緑さん(前座名・九太郎)。1989年、18歳で二ツ目に昇進し「小緑」と改名。そして1994年、22歳で“戦後最年少の真打”となり柳家花緑に改名する。

−小学生のときに落語をはじめて、辞めたいと思ったことは?−

「しょっちゅうありました。それは何かと言うと、遊びたいということですよね。『遊びに行きたい』と言うと、母が『落語の稽古をしなさい。今度あるでしょう?また会が』って。

でも、自分はモチベーションが上がらないんですよ。まだ子どもですから。プロじゃないので、どのぐらい稽古したらいいのかというのがわからない。とりあえず覚えておけばいいんじゃないかぐらいの感じで(笑)。

それは勉強と同じですよ。突き詰めるということをやったことがないので。遊びだと思ってやっていた図工とか音楽と同じ感覚だったんですね。

音楽と図工は夢中でやっていたら、いい点を取っちゃったというだけで、いわゆる勉強とかしなければならないものを頑張ってクリアしたということがないわけですよ。

だから、落語も楽しくやっているうちはいいんだけど、それ以上よくなろうとかというのがわからなかったんですよね、モチベーションがもてなくて。

そこを母が監督してくれて、もう一回やりなさいって、小学生のときには母が師匠みたいなときもありました」

−偉大なおじいさまのプレッシャーもあったのでは?−

「18で二ツ目になった頃には、プレッシャー絶頂期みたいな感じで、そこから4年半ぐらいで真打になるんですけど。22歳というのは大抜擢で真打ですから、またこれ二重で肩にのしかかってきて押しつぶされそうでした。

祖父の名前は常についてまわりましたからね。誰かに紹介されるときも『柳家小さんの孫』ということだけがクローズアップされて、名前は『花緑』なのに、まるで祖父の付録みたいな感じ。

『小さんの孫』と言われるたびに、『自分のことを見て欲しい』って思うんですけど、自分には何もないこともわかっていましたからね。当時はそれが辛かったです。

毎日『自分って何だろう?』って、突き詰めて考えていたら眠れなくなってしまって、熱まで出しましたからね(笑)。そんなに物事を突き詰めて考えたことなんてなかったので」

−小さん師匠はそんな花緑さんの様子に気づいていらしたのでしょうか−

「気づいていたと思います。真打昇進披露パーティーの席で、『孫は七光と言われていますが、そうではありません。私は祖父ですから、孫は十四光です』って言ったんです。

七光でも何でもいいから芸人はそれを利用して前に出なくちゃいけない。それで潰れるようなら、どっちみちダメになるということでしょうね。

でも、祖父は僕ならやれると思って賭けてくれたんだと思います。それから僕の考え方も変わりました。七光は僕の特権だと思っています(笑)」

22歳

◆視聴者のメールで、自身の発達障がいが明らかに

落語家として古典落語はもとより新作落語にも意欲的に取り組み、ナレーターやナビゲーター、俳優としても活躍している花緑さん。小学生のときから図工や音楽は大好きだが、勉強は苦手で通知表の成績は1と2ばかりだったという。

2013年、バラエティ番組に出演した花緑さんは中学3年生のときの通知表を見せて「こんなに勉強ができなかったけれど、今は落語家としてちゃんと活動しています」と話したところ、一通のメールを受け取ることに。

「『うちの息子は花緑さんと同じ障がいをもっています』ってメールに書いてあったんです。その時点では、僕は自分に障がいがあるとは思っていませんでしたし、『発達障がい』やそのなかのひとつである『学習障がい』についても何も知りませんでしたから、言葉を選ばずに言うとちょっと不快な感じになりましたね。

『障がい』と言われることに過敏に反応してしまって、『何を言っているのかわからない』という感じで。

そのお母さんが、息子もそうだからと言うので、僕としてはどうメールを返そうかと思って、『息子さんは大変だと思いますけど、自分は違うと思います。それが証拠にというわけじゃないですけど、番組には出してなかった美術と音楽は成績がいいので』というようなことを書いて返信したら、またメールが来て『うちの息子も同じです。それが特徴の一つです。やっぱりディスレクシア(識字障がい)ですね』って太鼓判を押されちゃって(笑)。

そこから調べていったら、『そうか』って。最初は諦めですよね。抵抗していることに対しての諦め。でも、そのあと、『ああ、これに寄りかかっていいんだ』って。

それで、識字障がい(ディスレクシア)という学習障がいがあるとわかりましたし、注意欠如・多動性障がい(ADHD)の可能性もあることがわかったんです。ADHDに関しては検査をしていないので可能性という言い方をしていますが。

『バカな小林くん』って言われていたのが、この障がいのせいにできる。これに寄りかかっていいんだってわかって、ここから楽になるんですよね。ここではっきり受け入れるという態度ですよね。

読み書きが不得手なのは、自分の努力が足りなかったからじゃないということがわかって、気が楽になったのは確かです。そういう障がいがあったんだって。

それで2017年に出した本『花緑の幸せ入門 「笑う門には福来たる」のか?〜スピリチュアル風味〜』(竹書房)で公表したいというふうになっていくんですよ」

◆自身の発達障がいを公表することに

−その前に高座などでは話されていたそうですね−

「要するにもう本を書いているときです。発売する前にもう書いていますから。もうしゃべりたくて、言いたくて仕方がないんです。

自分なりに色々調べて、注意欠如・多動性障がい(ADHD)もありそうだとわかって。出版する前でしたけど、しゃべっていました。この本が出るまでには4年もかかりましたから(笑)。

自分で書いているので大変でした(笑)。でも、人に聞き書きしてもらうのではなく、この本は自分で書きたいと思ったんです。

仕事をしながらでしたから、地方の仕事帰りに飛行機のなかでiPadを打ったりしていました。今でも書けない字はいっぱいありますけど、昔と違ってパソコンに打ち込めば変換してくれますからね。

本当はあの倍の量を書いていたんですけど、書き直したんです。途中で出版社の人が原稿を知り合いの書店の人に『この本どう?』って見せるんですよ、本になる前に。

それで言われたことにショックを受けるんですよ。『上から目線の本ですね。イヤな感じだ』って言われたんです。スピリチュアルオタクだったので、理想論ばかり書いていたんですよね。

それで、僕も頭から読み直してみたら、たしかに『上から目線の本だな』って思った(笑)。イヤな感じだったんですよ。『ダメだな、この本は』って。

自分がお届けしたいと思っていた本と全然違ったんですよ。それで、また書き直すんです、全部。だから、倍の量あるんですけど、編集者がよかったと思っていたところもつながらないのでかなり捨てているんですよね」

−マスコミにも取り上げられましたね−

「そうですね。2018年の11月からNHKで『発達障害って何だろう』というキャンペーンがはじまって、僕も番組に呼んでいただいたんです。

それで、大阪医科大学で識字障がいの検査を受けた結果、知能にはとくに問題はないけれど、文字の認識に困難があるということが判明して、『きれいなディスレクシア(識字障がい)ですね』とお墨付きをいただきました(笑)。

テレビの影響力というのはすごいですね。僕の経験を話して欲しいという講演の依頼があちこちから来るようになりました。

僕はその分野の専門家ではないですし、ひとくちに発達障がいと言っても、あらわれ方はそれぞれ違うので、僕なんかが人前で話していいのかなとも最初は思いました。

でも、僕が話すことによって、発達障がいについてより多くの人に知ってもらうことになるのなら、それもまた僕の役目かなって考えるようになりました。

僕なんて今は、『発達障がいって言ってくれ』って感じです。それを外されたら『バカな小林くん』に戻ってしまうから、印籠(いんろう)なんです(笑)。

障がいだろうが何だろうが構わない。それであるという事実が当人を救うんです」

−みんなができることがなぜ自分にはできないのか、理由がハッキリしますからね−

「そうなんです。そのことに気づかずに苦しんでいる人がたくさんいると思う。僕もそうでしたから。理由がわかって救われるんですよ。

だから『公表するのはやめたほうがいい』というのは周りなんです。当人じゃないんですよ。

僕は、周りの人に発達障がいに慣れていって欲しいんです」

−花緑さんが公表することについてご家族は?−

「はじめは抵抗があったと思います。でも、母は理解してくれましたね。その後、本に出てくれたんです」

−発達障がいについて伝えたいことは?−

「発達障がいの人はどんなに努力してもうまくできないこと、苦手なことがあります。何がうまくできなくて、何が苦手なのかは一人ひとり違う。そのことを周りに理解して欲しいと思いますね。

僕は漢字が読めないから、はじめてちゃんと本を読んだのは、二ツ目になった18歳のとき。落語は本ではなく、師匠からの口伝(くでん)で覚えて人前でしゃべる仕事ですからね。落語をやっていて本当によかったと思いますよ(笑)」

見ているだけで幸せな気持ちにさせてくれる笑顔が魅力。次回後編では、反抗期、映画出演、新型コロナ感染拡大防止自粛期間中の配信チャレンジなどについて紹介。(津島令子)

※柳家花緑独演会『花緑ごのみvol.38』
2,020年10月4日(日)14時配信開始

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