“暴走族的精神”安藤忠雄が語る未来「世界が変わる時、自分には何ができるか」

テレビ朝日が“withコロナ時代”に全社を挙げて取り組む初の試み『未来をここからプロジェクト』

本プロジェクトの先陣を切る『報道ステーション』では、10月26日(月)〜30日(金)の5日間にわたり、「未来への入り口」というコンセプトのもと、多岐にわたる分野で時代の最先端を走る「人」を特集する新企画『未来を人から』を展開。

第2回に登場したのは、世界的建築家の安藤忠雄氏だ。

大阪の下町で祖母に育てられ、家庭の経済事情から大学進学はせず、独学で建築家の道へ進む。

1976年に手がけた「住吉の長屋」が高く評価され、日本建築学会賞を受賞。その後も国内外問わずさまざまな建築を手掛け、イェール大学教授、コロンビア大学、ハーバード大学客員教授などを歴任する他、1995年には建築会のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞を受賞など華々しい経歴を持つ。

しかし近年は体が病気に冒され、2009年にはガンが発覚し、胆のうと胆管、十二指腸を摘出。2014年にもすい臓がんが発見され、膵臓と脾臓を全摘出。

そんな苦難も乗り越え来年で80歳となる安藤に、建築物に込めた意思や未来を担う人々への思いを聞いた。

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これまで数々の名建築を世に送り出してきた世界的建築家、安藤忠雄。さまざまな逆境と戦い乗り越えてきた彼は、80歳を目前にしてどのような未来を語るのか。

話を聞いた場所は、大阪府大阪市の児童向け図書施設「こども本の森 中之島」。安藤が設計し寄付をして、今年7月にオープンしたことで話題となった。「新聞や本を読まない子どもが増えているので、活字文化の大切さを伝えたい」との信念に基づく活動であるという。

 

子どもが楽しめる絵本から、大人が読んでも楽しめる小説。学術書に漫画まで、蔵書は幅広い。

「おもしろいですよ。ここに来たら1日はじゅうぶんにいれますね。ここにある本は、どこで読んでもいい。外へ持っていってもいいんです」(安藤)

◆「コロナで人が集まれない。これは人間にとっていちばん大変なこと」

建築の世界においては、さまざまな思考の積み重ねの上に建物が出来上がるという。この図書館は、どのような考えの基(もと)に建てられたのか。

「(建築においては)考えていちばん良い答えをみつけないといけません。中之島は大阪のシンボルみたいなところ。そして、これからの大阪にとって大切なものはなにかというと、子どもなんです。我々がつくるのは宝箱みたいなもの。ただ箱と、本を用意しただけです。この施設にとっていちばんの宝はなんといっても利用する子どもたち子どもたちに元気よくなってもらうためにはどうしたらいいか、ということをまず考えました。そうしたら形はおのずとできてくる。

好奇心は大事です。いま子どもたちに元気がないのは、親がコントロールしすぎるからです。塾に行きなさい、一流大学に行きなさい、大きな企業に入りなさいというけれど、子どもが自分の考え方ができあがってくる時期は7〜8歳ですよ。みずから考えて行動できる大人になるにはこの大事な時期に本を読まないと。

自分の故郷の風景を心の中に刻むところをつくる。そして、あのとき見た本を読みながら、次の時代はどう生きたらいいかと考えられる子どもを育てることが出来れば、世界に通用すると思うんです」

さまざまな人という宝を輝かせるための箱として、あらゆる試行錯誤を重ねて建物をつくる。それが建築なのだと安藤はいう。

「建築というのは、歴史的にもエジプトの時代からギリシャとずっとありましたけれども、お互いに対話をする場所をつくる行為なんです。例えばギリシャのアゴラという広場は人間が集まって意見を交わす場所です。ローマにある広場も、みんなが集まって考える場所です。

いまはコロナで集まれないじゃないですかこれは人間にとって大変なことなんですコロナも大変ですが、集まって心からの会話ができないのがいちばん大変なことそれを乗り越えていくためには、気持ちの持ちようが大事です

いまだからこそ、人が集い、考え、心を重ねることが大切――。安藤は力強くこう語る。

「心のありようってあるじゃないですか。近所に対する愛情、犬や猫や生きているものへの愛情、老人に対する愛情。そういうものを含めて、あらゆるものに対して愛情がないと乗り越えていけない。生きていくためのモチベーションは愛情だと思うんです」

コロナ禍により、インターネットを通じたコミュニケーションが世界中で加速する昨今。ネットを通じて簡単に人と“つながれる”といいがちな世の中だが…。

スマートフォンというのは、愛情のない機械でしょう私も使ってるけど全く愛情が感じられない(情報が)ぱっぱぱっぱ出てくるけど、迷惑な機械ですよ(笑)。(情報をただ受け流すだけでなく、)ちゃんと体で感じることのできる子どもを育てないといけない。子どもにスマートフォン、コンピュータを与えすぎなんです。お互いにしっかりと対話しながら生きていく。そのなかで初めて愛情が出るんでしょう」

◆ “情熱”で壁を乗り越えてきた「人生はどうにかなると思っていました」

1941年に大阪で生まれ、祖母に育てられた安藤。学歴やコネはなかったが、下町の“愛情”と“情熱”が彼を建築家の道へと向かわせた。

「中学2年生のとき、自分の家を2階建てにしたんですよ。近所の大工さんが来て、働く姿に感動しました。昼飯も食わずひたすら働く。なるほど、ひたすら働けばなんとかなるんだな、と思いました。全力で走ることが肝心なんだと、そのときに思った。その大工さんの仕事を見て、建築の設計も面白いと思ったので、全力投球で自分で勉強しようと思ったのですが、この国はそれが難しかったですね。

学歴がない、社会基盤がない、周り(に友達)もいない、知的体力も低い。中学校の成績が3、4番くらいだった。下から勘定して3、4番(笑)。専門学校も大学も出ていないから、建築家になるためにはまず2級建築士の試験を受けないといけない。昼飯も食わずに一心不乱に勉強しました働きに行って、昼の休憩時間1時間勉強したら通りましたよ365日、1日1時間あるわけですから1回で通りました

1級建築士はその3年後にあり、この時も昼飯は食わない。みんなから『変わった奴や』って言われたけれども、自分の信念を貫かないと生きていけないと思っていましたから、気にならなかった。昼飯は食わない。これも1回で通りました」

安藤の建築には、圧倒的な意思がこもっている。

実質的なデビュー作となったのは「住吉の長屋」。中庭には屋根がなく、雨が降るとトイレへ行くにも傘を差す必要がある。しかし、中庭を通して差し込む太陽の光や風が“自然のある生活の豊かさ”を教えてくれる。この作品は世界を驚かせ、日本建築学会賞を受賞した。

私は“暴走族”やと言っているわけですから、はみ出ているわけですけど、ルールは守るルールは守るけど、はみ出ている精神がはみ出ているわけです。大阪生まれの大阪育ちで大阪を拠点に仕事をしていますが、大阪の人には嫌われている。『あいつははみ出ている。勝手なことばかり言ってる』と。だけど、実はルールは守っていて、責任感はある。いちばん大事なのは責任感なんです。

これをどうしてもやり遂げたいという想い、それを支えていく“知的体力”と“肉体的体力”の両方を鍛えて、維持していかないといかんという思いがあります。難しいことはいっぱいありましたよ。うまくいかない。でも、そう言いながもなんとか乗り越えていく。山を乗り越えたらまた山が来る。また乗り越えたらまた山が来るんですから。前に山が立ちはだかるというのは慣れていますから人生はどうにかなると思っていました

目の前の山を乗り越えていくために必要なもの。それは“情熱”だ。

「好きでなかったら、なかなか前に進まないからね。いまは職業を自由に選べるじゃないですか。でも30年くらい前までは、あまり自由に選べなかったんですね。(成功するためには)一流大学に行くというルートが決まっていたから。昔はそのルートをなかなか乗り越えることができなかった。でもいまは乗り越えていけますから。その為には自分がやっている仕事を徹底的に勉強しないといかん」

◆これからは「自分で人生をプログラムしないといかん」

さらに安藤は、未来を担う人たちに対しても“情熱”が必要だと語る。

「昔は一流大学・一流企業に行って、60歳くらいで定年になって…と言ってきたけど、いまは人生95から100歳まで生きるわけですよ。そしたら自分がどう生きるかということを、自分でプログラムしないといけません。自分で考えるのが下手なんですよ、日本人は。だから年功序列、終身雇用が非常にうまくいってたわけですが、いまは違いますから。

自分で人生をプログラムしないといけません。そしたらね、けっこう面白いことがいっぱいあります。たとえば私は学歴がない、社会的な基盤がないといいながら手を差し伸べてくれる人もいるし、仕事を頼んでくれる人もいる。私のことを面白いと思ってくれる人もいて、いろいろな人たちと出会いながら、自分なりにやってきましたから。みんなにチャンスがあるんですよ。

いまは全ての人にチャンスがある。経済力のない方にもチャンスがあるその人たちは、自分なりの人生のつくり方を考えなければいけないそりゃあ頭がいりますよ

“情熱”を持ち、人生を自分でプログラムすることで、壁を乗り越えられるのだ。

「人生、面白い。なにかが起こる。起こったら考えると。考えていくとその先には必ず楽しいことがあるんですから。例えば病気にもなるし、会社がうまくいかないこともあるし、いろいろうまくいかないことがいっぱいあるでしょうけど。先はいいことあるぞと思えば、なんとかやっていけると思っています」

◆世界中が変わっていくときに、自分はなにができるのか

79歳の安藤が見据える未来とは――。

「ガガーリンが言ったように地球は青い。 “地球はひとつ”ということを考え続けて未来を見据えなければいけない。日本人はもっと科学、芸術、技術の分野をサポートして、世界に冠たる科学者、技術者、アーティストが多く存在する社会を目指して頑張らないと。それぞれが自分でものを考えることができるように誘導しながら、豊かな社会へと牽引していくリーダーたちを育てなければいけません。それを政府がサポートしなければならないのですが、(いまの政府は)そこをカットしているんですね。しっかりサポートしていかないと、次の時代はないと思いますよ」

「コロナは大変です。スペイン風邪など、もっと前から疫病はあるわけですが、この大変さをどう乗り越えていくのか。それは人間の知的体力の問題です。いくら日本だけがブロックしても、アメリカだけがブロックしてもダメなんです。

地球はぐるぐるみんなが回っているわけですから、どれだけ頑張って日本だけが感染を収束させても、終わらない。やっぱり地球はひとつ、地球は丸いんだという立体感覚をもって生きてほしいと思いますね

ブラジル、アメリカ、ロシアや中国と、国が分断しているじゃないですか。みんな自国主義。どこに乗っているんですか? 地球船という同じ船に乗っているんですよ。お互いに話し合える部分と、自分のところが頑張れる部分を認め合えば、もう少し分断されないで済むだろうと思います。地球がダメになったら、みんななくなってしまうわけでしょう」

分断された壁の向こう側の相手に対しては、どのように語りかければよいのだろうか。

「これは言葉じゃないんです。分断されることはいっぱいある。私はフランスとイタリアに行って仕事をしています。そこでは自分の情熱と気持ちを心から表さないと、相手はわからない。言葉で通じない心をどう伝えるかというトレーニングをしないといけません。

それは、愛情という力しかない。このコロナはものすごい時間がかかると思いますよ。世界中が変わっていくだろうというそのときに、自分はなにができるのかということをそれぞれが考えなければいけないと思う

<構成:森ユースケ>

※番組情報:『未来をここからプロジェクト』

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