【ぴいぷる】国境越え世界を繋ぐ日本の民謡 石川さゆり「これが日本なんだという歌を…」

【ぴいぷる】国境越え世界を繋ぐ日本の民謡 石川さゆり「これが日本なんだという歌を…」

石川さゆり

 「これが日本なんだという歌を、次世代や海外の人につないでいきたいんです」と語る表情は、まさに「日本」を代表する歌い手としての強い信念に満ちている。

 民謡をモチーフにしたアルバム「民〜Tami〜」(テイチク)をリリースしたばかり。日本人の生活の中から生まれ、その土地に根付いてきたバラエティー豊かな民謡に、気鋭のアレンジャーたちとのコラボで新たな命を吹き込んだ。

 「言葉にすると照れくさいのですが、新しい曲を歌い続けて、みなさまに聴いていただいてきたことを感謝しているんです。だからこそ、日本の歌をきちんと紹介して、つないでいくことが私のやるべきこと、ライフワークなんだなと。それが民謡だったんです」

 アルバムでは、神津善行といった大御所から、亀田誠治、矢野顕子、菅野よう子といった売れっ子をアレンジャーに迎えた。「ソーラン節」「津軽じょんがら節」から「おてもやん」まで、日本人なら聞き慣れているおなじみの民謡に斬新なアレンジが施されているが、それでもどこか懐かしさを感じさせる。

 「みなさんに素敵なアレンジをしてもらい、民謡が音楽ジャンルも、年齢も超えて幅広いものになりました。これを聴くと、日本ってこんなにアバンギャルドで、フレキシブルで、コミカルなんだと思ってもらえるかな」と胸を張る。

 「日本」を想う気持ち。そして「歌」を想う気持ち。それは大きな災害が相次いだ「平成」という時代を通して、より強くなったという。

 「平成って、大切なものは何かを再確認することができた時代だと思うんです。家族の大切さや絆の深さ、自分が犠牲を払ってでもできることがあるんじゃないかとか…。そうしたことを自然の力を通して学んだ時代でした」

 だからこそ、歌の力を真っ正面から受け止めるようになった。

 「歌って、確かにお腹の足しになるわけじゃないけれど、それだけじゃないと思うの。被災地で、ある医師の方に言われたんです。“私たちはけがを治すことはできるけど、そこから先の心というものはどうすることもできない。心を癒やすことができるのが石川さんなんですよ”って」

 そして、大切なことは被災地を訪れて、歌で励ますことだけではないということにも気付いた。どんなに大きな痛みでも、いずれ人の心の中では薄れていってしまう。遠い地の出来事であればなおさらだ。

 「日本中を回って歌っている私たちだからこそ、被災地の人たちの苦労や思いをほかの地の人たちに伝えていくことができるし、それがやるべきことなんだと思うんです。使命なんて立派なことじゃないけれど、自分のできることを少しずつでもできたら、みんなが幸せになるのかな」

 そして来年、2020年には、東京オリンピック・パラリンピックがいよいよ開催される。「東京五輪音頭」の2020年バージョンにも歌い手として参加している。

 「最近、休みが取れたので泊まりがけで箱根に行ったんです。もう外国人ばかりでびっくりしましたよ。でも、オリンピックになると、もっと海外から多くのお客さまが来るわけですから、なおさら日本に来てよかったな、素敵な国だなと思ってほしいし、日本のよさを知ってもらいたいですね」

 海外に行くと必ずその国の文化を知るために、市場に足を運び、その国の音楽を聴くという。今ヒットしている曲も、伝統的な音楽もひっくるめてだ。

 「同じように、日本の文化って何だろうと考えると、日本人が、自然の中で喜怒哀楽を表現しながら、楽しく過ごしてこられたのは、歌があったからだと思うんです。そして私が海外の人に届けることができるのは、その歌なんです。日本人だけじゃなくて、“地球人”に聴いてもらいたいな」(ペン・福田哲士 カメラ・三尾郁恵)

 ■石川さゆり(いしかわ・さゆり) 1958年1月30日生まれ、61歳。熊本県出身。14歳でドラマ「光る海」に出演。翌年、「かくれんぼ」で歌手デビュー。77年、「津軽海峡・冬景色」でNHK紅白歌合戦に初出場。紅白は昨年までで通算41回出場。2018年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。2月には縁歌(えにしうた)シングルとして、作詞家、吉岡治の作品であり、04年のアルバム内の1曲だった「酒供養」をリリース。124枚目のシングルとなる。

関連記事(外部サイト)