【ジョン・ウェイン 西部劇の神髄】スターがズラリ…主役なのにクレジットが一番最後に 「史上最大の作戦」

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 「アメリカの英雄」や「アメリカの正義」と呼ばれるジョン・ウェイン。それは西部劇でみせた直情径行型で保守的なタカ派の精神を演じていたからだろう。

 それを意識してか戦争映画にも積極的に出演し、強いアメリカのイメージを出している。『史上最大の作戦』(1962年)もその1本。

 ただ57年に来日した折には開口一番「アメリカを代表して日本のヒロシマ、ナガサキのことを謝罪したい。アイ・アム・ソーリー」と発している。ただのタカ派ではなく、スターたる立ち回りができる人なのだ。

 さてこの作品、経営難に苦しむ20世紀フォックスが起死回生とばかりに当時としては43億円もの巨費を投じて勝負に出たものだった。そのため製作も巨大化。イギリス部分の監督をケン・アナキン、ドイツ部分をベルンハルト・ヴィッキ、アメリカ部分をアンドリュー・マートンと3人制で行わねばならなかった。

 ノルマンディー上陸作戦を描く本作。この映画、主役級のスターがズラリとそろっているため、苦肉の策でクレジットを逆に並べたという。だから主役のウェインの名が最後になっている。

 ショーン・コネリーが一兵卒の端役で出演している。この翌年、007で一躍スターになるとはだれが予想しただろう。

 落下傘部隊の1人が引っかかったサン・メール・エグリーゼ教会の鐘楼には、観光用に人形をつるした落下傘が今もぶらさがっているという。

 一番苦労したのは連合国軍最高司令官のアイゼンハワー役。最初は本人の出演も考えたそうだが、さすがに健康上の理由から断念。そこでヘンリー・グレイスというソックリさんに頼んだところ、技術指導にきていた米軍将校が本物と勘違いして慌てて敬礼したというエピソードも有名だ。

 ドイツ軍参謀総長歩兵大将ブルーメントリットを演じたクルト・ユルゲンスは戦時中反ナチスの闘士で、投獄された経験を持つ。撮影当時この大将はまだ健在で、ユルゲンスに助言を与えたというから皮肉なものだ。

 ■邦題考案は水野晴郎氏

 批評家からは何の思想も哲学もない表面的な映像の集合体で、単なる殺し合いゲームのようだという批判があるのは事実。それでも日本では133日のロングランを記録。『史上最大の作戦』の邦題を考えたのは水野晴郎氏だった。(望月苑巳)

 ■ジョン・ウェイン 1907年5月26日、米アイオワ州生まれ。映画スタジオで大道具係として働く中、ラオール・ウェルシュ監督に抜擢され『ビッグ・トレイル』(30年)に主演。64年には肺がんを発症したが、片肺を失っただけで奇跡の復活。79年6月11日、ロスの病院で死去。史上最大の作戦 62年公開。フランスやドイツでも公開されたが、すべてその国の言葉で上映した。そのため各シーン、各国の言葉で統一する必要があり何カットも撮影することになった。

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