【伝説のライブから50年 ウッドストック光と影】フェス直後、ジミ・ヘンドリックスらスターが相次ぎ死亡し神話に…

 1969年のウッドストックが神話になったのは、ジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスというスーパースターが、フェス直後に相次いで死亡したからだとの説がある。そもそもウッドストックはセックス、ドラッグ、ロックの大乱痴気パーティーだったと。

 フェスの最後に登場しアメリカ国歌「星条旗よ、永遠なれ」を空爆やマシンガンを思わせる圧倒的なサウンドで演奏しフィナーレを飾った、不世出の天才ギタリスト、ジミ・ヘン。彼が27歳の若さで人生の幕を閉じたのは70年9月。そのわずか2週間後、同じ27歳でアルバム録音のため滞在中のロスのホテルでジャニスが早逝した。そのニュースはウッドストックの陽気な思い出を一気に曇らせた。

 27歳のロッカーの悲劇的な死だって? それを言うなら、映画『ウッドストック/愛と音楽の三日間』でテーマ曲のように使われた「ゴーイング・アップ・ザ・カントリー」で知られるキャンド・ヒートのギタリスト、アラン・ウィルソンが9月の初めで一番早かったんだぜって…、僕はそんな説を支持する気は毛頭ないが。いずれも原因はドラッグの過剰摂取と報じられた。

 あの69年の夏の日、仲良しハイスクール・キッズ軍団として会場にたどりついた僕らは、周囲で回しているインディアンのピースパイプを不思議に思い、ステージから「ボストンのスティーブ、きみの糖尿病の薬が届いているから」といったアナウンスの多さに驚いたものだ。でも、後であれはドラッグカルチャー世代の先輩が使う暗号と知り、お粗末さま。

 「みんな音楽の追求と若いエナジーでどこまで行けるか、ドラッグをガソリンにしてギンギンやっていたんだよ」

 45年ぶりに回顧談をしてくれたのは、当時売れっ子最前線に立ち、史上最高額の契約金でメジャーレーベルからデビューしたジョニー・ウインター。いつ死んでも当然と思われそうな風貌や活動とは真逆に、長生きし、2014年にツアー先で他界したが、東日本大震災直後に待望の日本公演が実現。その際にウッドストック以後の波瀾(はらん)万丈の人生を語ってくれた物語は、やさしさと思いやりに満ちたものだった。

 ドラッグの意識実験にはまったロッカーたちは、誰もみなスピリチュアルな輝きを持っていたんだ。

 ■室矢憲治(むろや・けんじ) 東京生まれ、ニューヨーク育ち。『67〜69 ロックとカウンターカルチャー激動の3年間/サマー・オブ・ラブからウッドストックまで』(河出書房新社)が電子版ともに発売中。16日(金)、新宿タワーレコードでウッドストック50周年記念トークイベントを開催。

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 50周年を記念する10枚組CDセット『WOODSTOCK−BACK TO THE GARDEN−50TH ANNIVERSARY EXPERIENCE』(ワーナー・ミュージック)が発売中。ライヴ音源をアーティストの登場順に収録。当時のMCらの音声なども収められている。

 さらに全楽曲を完全収録した38枚組CDセットも発売された。

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