【寅さん50年 男はつらいよを読む−吉村英夫】(29)コメディとリアリズム  渥美と倍賞の演技の質について

 『男はつらいよ』は兄妹愛の物語でもある。異母兄妹の絆は強固で、兄・寅次郎の渥美清が喜劇役者としての演技を押し出すのに対し、妹・さくらの倍賞千恵子は、市井の主婦としてのリアルな演技に徹して受けてたつ。

 寅がコミカルにとらやに帰還するとき、迎えるさくらの演技は徹底して自然体である。「お帰り、お兄ちゃん」。倍賞の表情と所作は例外なく愛する兄を迎えるうれしさに満ちている。

 山田洋次監督は、庶民の女性を演じる倍賞を「天才的」と称賛している。圧倒的な渥美の存在感に対応できるのは倍賞をおいてはない。「非日常」の寅=渥美に対して、「日常」のさくら=倍賞が対(たい)峙(じ)している。渥美の寅があってこその『男はつらいよ』だが、倍賞抜きでも考えられない。

 チャップリン映画が一人の天才でことたりるのとは少し違う。いや、山田喜劇は集団演技によって輝いている。とらやにおける俳優たちのアンサンブルのみごとさを思い浮かべることにしよう。

 寅とたこ社長(太宰久雄)の2人が喜劇の役割をもち、さくらと博(前田吟)とおばちゃん(三崎千恵子)の3人がリアルな演技で対峙している。全体で芝居の平衡が保たれている。

 第8作『寅次郎恋歌』(主なロケ地=岡山県)までは、おいちゃんを、喜劇役者の森川信がしっかりと演じることで、全体的なとらやの雰囲気は3対3でコミカルな方に傾いていた。第14作『寅次郎子守唄』(同=佐賀県)から下條正巳に変わって以降、リアリズム的要素が少し重きをなした。森川が喜劇の舞台出身であり、下條が新劇畑からの俳優だからか。第9作『柴又慕情』(同=福井県)から第13作『寅次郎恋やつれ』(同=島根県)までのおいちゃん、松村達雄は、新劇系からの出発であるが、その中間で好演した。寅のおい、満男を演じる吉岡秀隆はまさに二枚目半で、どちらにでも傾く。

 森川信がいなくなり、山田は喜劇『男はつらいよ』のバランスをどうするかで迷っただろう。松村を経ての下條おいちゃんによって、山田はシリーズの質を微妙にリアリズム寄りに修正したように思える。だが叙情味も増したといえよう。

 シナリオと演出の力量を試された山田は巧みな手直しでクリアした。山田の映像作家としての力量は確かなものである。

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