心不全で死去 イラストレーター・レオ澤鬼氏の豪快と繊細

心不全で死去 イラストレーター・レオ澤鬼氏の豪快と繊細

レオ澤鬼さんの墓。墓石には自ら彫った女性の絵が描かれている

 点描画で知られるイラストレーターのレオ澤鬼氏が今月15日に心不全で亡くなっていたことが分かった。70歳だった。本紙の過去連載「玉門占い」を代表作とし、数々のエロチックな作品を生み出した巨匠の素顔とは。弟子のライターでイラストレーターの村田らむ氏(46)が明かした。

 かつて本紙で好評連載された「玉門占い」でそっくりすぎる女性芸能人の裸体のイラストを担当し、大沢在昌氏の「新宿鮫」シリーズの挿画なども手掛けた澤鬼氏が亡くなったのは15日のこと。近親者だけの葬儀は18日に執り行われた。

 23年前に澤鬼氏に弟子入りした村田氏は出版業界で唯一、葬儀に参列した。村田氏によると、東京・池袋を拠点としていた澤鬼氏は妻や子供とともに茨城県に移住して暮らしていた。

 2016年3月19日、脳出血で倒れたことをきっかけに、体を壊してしまった。療養生活は長期に及び、最期は心不全で亡くなったという。晩年は静かな生活を送っていたが、村田氏は師匠の優しく豪快な人柄をしのぶ。

「絵は繊細だったが、お酒はガブガブ飲んでいた。ゴールデン街や自宅近くの要町の居酒屋とかでね。東スポOBの方ともよく酒席をともにしていた」。突然の訃報に「寂しい限りです」と悲しみを隠せない。同業者の西村春海氏も仲の良い飲み友達だったが「グーで殴り合いのケンカをして互いに顔をボコボコにすることもあったが、そのまま仲良く飲んでいた」(村田氏)とワイルドだ。

 飲み方は豪快でも仕事は繊細で「絵描きは手が腱鞘炎になったり、ゴツゴツしたりするが、ペンの握りがとても軽い人。ペンダコの一つもなかった。体の力を抜いてスススーッと描く。天才というか職人というか、すごい技術の人だった」。

 新宿鮫と玉門占いの仕事は「二大看板」と口にしていたという。「児童書の仕事もしていた」というが、やはり「エロを描けるのがうれしい」と言っていたそうだ。ところが、スケベすぎる絵ばかり描いていたため、当局からは厳しく目をつけられていた。

「写真家の加納典明さんが、ヌード写真誌がわいせつだとして逮捕されたころ(1995年)の後だった。師匠は『東スポにおチンチンを描いたら、警察に連れていかれた』と話していた」。警察に目をつけられる前の澤鬼氏は「警察にすぐ謝った典明は根性がない」と豪語していたそうだ。しかし…。「自分が捕まって、警察から『東スポごと潰すぞ!』と言われたらしく、すぐ謝っちゃったそうです」(村田氏)

 09年ごろから仕事をペースダウンさせてハマっていたのが、なんと墓作り。「師匠は墓に自分の絵を彫っていた。女性の髪が翼になっている作品。倒れる前に作り上げて業者に渡していたものが、今年に入って返ってきたところだった」。自作の墓が形になったところを見届けて亡くなったというわけだ。

 日程はまだ決まっていないがお別れの会も都内で開こうとしているという。合掌。

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