お色気医学漫談のケーシー高峰さん 肺気腫で死去

ケーシー高峰さん85歳で死去 お色気医学漫談として知られ俳優としても活躍

記事まとめ

  • ケーシー高峰さんが8日、肺気腫のため福島県いわき市内の病院で85歳で死去した
  • ケーシーさんは白衣姿で聴診器やホワイトボードを使ったお色気医学漫談で人気に
  • 医師の一家に生まれ日大医学部に入るも芸術学部に転部し卒業後は芸人の道へ進んだ

お色気医学漫談のケーシー高峰さん 肺気腫で死去

お色気医学漫談のケーシー高峰さん 肺気腫で死去

ケーシー高峰さん

「セニョール、セニョリータ」「グラッチェ、グラッチェ」…。ユーモアあふれる言葉遣いとエロさ全開のトーク、テレビやスクリーンでも活躍したタレントのケーシー高峰さんが8日、肺気腫のため福島県いわき市の病院で死去した。85歳だった。

 白衣姿で聴診器やホワイトボードを駆使する医学漫談で一世を風靡した高峰さん。医師の一家に生まれ日大医学部に入るも、途中で芸術学部へ。卒業後は漫才師に弟子入りし、1968年に東京12チャンネル(現テレビ東京)で始まった「おいろけ寄席」で司会を務め、その名が広まった。

 同番組などで飛び出した「セニョール」などのセリフは流行語に。女性たちを“診断”する医学漫談とともに芸風を確立した。81年には吉永小百合主演のドラマ「夢千代日記」に出演。カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた「楢山節考」(83年)や人気ドラマ「遠山の金さん」など俳優としても存在感を示した。

 ブレーク前にはジャズ喫茶の司会も務めるなど芸歴は幅広く、多くの有名コメディアンや落語家らと親交があった。

 山形県最上町出身で、80年代終わりごろからいわき市に移り住んだ。2011年の東日本大震災でも避難せず、炊き出しを行い被災者を支援。その後も健康教室を開催するなど活動を広げ、この地で最期を迎えた。

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