「エースのジョー」宍戸錠さんの仰天伝説

「エースのジョー」宍戸錠さんの仰天伝説

死去した宍戸さん(写真は2005年)

 日活アクション映画の黄金期を支えた「エースのジョー」こと俳優・宍戸錠さんが、都内の自宅で死去していたことが21日、分かった。86歳だった。宍戸さんは1954年、日活第1期ニューフェイスに合格し映画界入り。翌55年に「警察日記」で本格的に銀幕デビューを果たすと石原裕次郎さん、赤木圭一郎さん、小林旭らの敵役として活躍した。出演映画約500本もさることながら「寝た女は1336人」と豪語していた。知られざる宍戸錠の仰天伝説を公開する――。

 61年の初主演作「ろくでなし稼業」以降「早射ち野郎」「殺しの烙印」「野獣の青春」「拳銃(コルト)は俺のパスポート」など主演作は54本を数える。90年代には「私立探偵 濱マイクシリーズ3部作」などで存在感を見せ、計500本近くに出演した。

 テレビでも大活躍し、日本テレビ系の「元祖どっきりカメラ」や「巨泉×前武 ゲバゲバ90分!」などバラエティー番組にも出演。晩年は2010年に妻と死別、13年には自宅が全焼するなど不幸な出来事が続いた。

 宍戸さんといえば、トレードマークはふっくらとしたほっぺただろう。これは56年、豊頬(きょう)手術を受けたもの。これで独特の風貌となり、アクの強い悪役としての地位を確立していったのだ。

 いまでは一般的になった美容整形のはしりで、ある意味で宍戸さんは時代を先取りしていたともいえるが、当時から「二枚目なのに、いったいなぜこんなことやったの?」と不思議がられていた。

 これについては諸説あるものの、往年の大女優である田中絹代さんの影響があったともいわれている。

 ある映画関係者は「田中さんは女優だけではなく、監督としても活動していた。ニューフェイスに合格した直後、宍戸さんは面接に呼ばれた際に『歯をもう少し白くして。それと前歯3本、差し歯にしなさい』と言われたんです。その時に『俳優になるためには差し歯にしたり、何をしてもいいんだ!』と思ったそうなんです」と明かす。

 また、宍戸さんといえば名うてのプレーボーイとしても知られる存在だった。いかにも昔の映画俳優らしく、女遊びが超派手だった。

 12年、前出の「拳銃(コルト)は俺のパスポート」のイベントで「俺はこれまで1331人と寝たけど、これは世界第3位なんだ!」と豪語したこともある。

「抱いた女の数をホントに数えたりはしないだろうから、冗談なんだろうけど、若い時は共演した女優を毎回のように誘っていたのは有名。本人も全く悪びれていなかった。むしろ『誘わないのは失礼』とでも思っていたのでは。その後『寝たのは1336人』などと、数が微妙に増えていたから、ずっと現役だったのかも(笑い)」(テレビ局関係者)

 ナンパした相手が1300人超えと豪語。たとえそれが10分の1でも130人。今どきならば「セクハラされた!」と週刊誌などに訴え出る女優やタレントがいてもおかしくないところだが、宍戸さんの人柄か、はたまた“時代”のせいなのか、そんなスキャンダルとは無縁だった。

 何より驚かされるのは、先に亡くなった奥さんも宍戸さんの浮気は公認していたとか。

「宍戸さんは奥さんに『お前も浮気すれば!?』と言っていたらしいからね」(同)

 最後まで豪快さを貫いた昭和の映画スターだった。

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