長谷川町子記念館 11日に開館、「サザエさん」など異例の原画1万点展示

長谷川町子さんの生誕100年を記念する記念館が開館へ 「サザエさん」などの原画展示

記事まとめ

  • 「サザエさん」の漫画家・長谷川町子さん(1992年に死去)が生誕100年の記念に
  • 11日に開館する「長谷川町子記念館」(東京都世田谷区)が9日、報道陣向けに公開
  • 「サザエさん」のほか「エプロンおばさん」の魅力などを伝える常設展示も

長谷川町子記念館 11日に開館、「サザエさん」など異例の原画1万点展示

長谷川町子記念館 11日に開館、「サザエさん」など異例の原画1万点展示

報道陣向けに公開された長谷川町子記念館。原画の閲覧モニターでは、ペンタッチの強弱や切り貼りの様子などを拡大して見ることができる。奥に見えるのは、「サザエさん」の礒野家の居間

 「サザエさん」の漫画家・長谷川町子さん(1992年に死去)の生誕100年を記念し、11日に開館する「長谷川町子記念館」(東京都世田谷区)が9日、報道陣向けに公開された。長谷川さんが描いた原画や仕事道具などを展示し、功績を紹介する。

 同館によると、原画は新聞4コマなど約1万点を所蔵。終戦直後から活躍する漫画家としては異例の点数で、川口淳二館長は「長谷川先生は、姉の毬子さんらと姉妹で立ち上げた出版社(姉妹社)で早い段階から単行本を出版する予定でおられたし、これだけ残っているのでしょう」と話した。

 長谷川さんは、新聞4コマを単行本サイズに体裁変更する際に、原画を切り貼りした上で加筆するなど独特の手法を用いた。

 昭和の出版業界では、雑誌掲載後の漫画原画は廃棄されるのが一般的だった。メモリーバンク社代表で編集者の綿引勝美氏によると「原画は編集部で段ボール箱などに放り込まれ、倉庫などに保管され、再び日の目を見る機会はなかった。作品ごとにまとめて単行本にするのも一般的ではなかった時代。姉の毬子さんが版権の概念をしっかり持っておられなければ、これだけの数が残ることはなかった」という。

 原画は館内に設置されたタッチパネル式のモニターで、拡大して細部まで見ることができる。

 「サザエさん」のほか「エプロンおばさん」「いじわるばあさん」の魅力などを伝える常設展示のほか、子ども向けコーナーやカフェも設けた。

 企画展は年4回開催予定で、9月27日までは長谷川さんの創作活動を少女時代からたどる「長谷川町子の漫画創作秘話」を行う。「のらくろ」の田河水泡氏に14歳で弟子入りし、15歳でデビューした天才ぶりや、漫画のつくり方、姉妹社でのカラフルな単行本作りやファッションへのこだわり、などが当時の新聞記事も交えて展示される。朝日新聞で4コマ「フジ三太郎」を長く連載した漫画家サトウサンペイ氏ら、著名人とやりとりした手紙も展示される。

 同記念館は、長谷川さんと、2012年に死去した毬子さんが収集した美術品を85年から展示している「長谷川町子美術館」の向かい側に、2階建ての分館として新設。

 当初は4月に開館予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期していた。7月11日の開館後は、美術館受付で整理券を配布して入館者数を制限しながらチケットを販売する。

 川口館長は「町子先生が亡くなって28年がたつが、記念館の開館が実現できて夢のよう。先生の人となりや、さまざまな作品を見て、その足跡を知ってほしい」と語った。

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