松浦勝人氏 エイベックスCEO退任し現場復帰、音楽人としての「死」覚悟で臨むコロナ時代の挑戦

松浦勝人氏 エイベックスCEO退任し現場復帰、音楽人としての「死」覚悟で臨むコロナ時代の挑戦

都内のスタジオでスポニチ本紙の単独ンタビューに応じた松浦氏(撮影・村上 大輔)

 エイベックスの松浦勝人会長(55)がCEO(最高経営責任者)を退任し、音楽制作の現場に16年ぶりに復帰、制作基地とする都内のスタジオでスポニチ本紙の単独インタビューに応じた。浜崎あゆみ(41)、Every Little Thingら数多くのアーティストを育てたが「この16年間で楽曲の作り方は一変した」という。音楽人としての「死」を覚悟して臨む、コロナ時代の挑戦とは――。(阿部 公輔)

 日本の音楽界で、制作者と経営者の両方でここまで成功した人は他にいない。だが、当の本人は「社長としてうまくできたとは思っていない。売り上げを倍にしたけど社員も倍にした。日本の上場企業で最も社長に向いていなかったことだけは確かです」と笑う。

 長くトップにいたことでの惰性も否定しない。「決算に予算、投資家説明会、株主総会…とやってたら、音楽作ってる暇なんてなかった。僕は社長になりたくて創業したんじゃない。音楽を作りたくて始めたんだ。そもそも成功したと思ってないし、幸せ者だとも思っていない。裏切る人はいるし、離れていく人もいるから…」

 業界の風雲児と呼ばれたカリスマも「この16年間は自分が自分でないようで、とても苦しい日々だった」という。だが、本来の進取の気性がよみがえった今、惰性からは生まれない意欲や覚悟、プライドと強さを取り戻したように見える。

 「今、楽しいですよ。ホントに。年齢的にもクリエーティブを行うには今しかないし、全力で仕事して残りの人生を懸ける。この世界、結果が全てだから、僕の最後の挑戦になるかもしれない。その覚悟はあります」

 音楽人としての人生を懸けた戦い。「僕の使命は2つ。コンテンツのど真ん中をつくることと、それを広げることです」

 東京・西麻布。丸ごとスタジオに改装した建物に、実績ある作曲家から若手まで幅広いクリエーターを集め、楽曲を次々と作っている。たった一つの「音」だけで何時間もかけて作り直す様子は、音楽工房の職人。ダンスミュージックのファクトリー(工場)だ。

 「現在チームは7人。僕には誰にも負けないぐらい昔の曲の引き出しがあるけど、若い作曲家が作った曲に昔の曲のエッセンスを入れると、若い世代は新鮮に感じて斬新に仕上げてくる。今までは1人の作家が独りで作っていたものを、ここでは“この曲、誰が作ったの?”と聞かれても答えようがないほど、みんなで一緒に作っています」

 欧米では広く取り入れられている「コーライティング」と呼ばれる作曲法。異なるジャンルや年代の作家が一緒に作ることで、驚くようなインスピレーションが生まれる。同じ志を持った幅広い人間たちが集まったという意味では、中国の古典「水滸伝」の梁山泊(りょうざんぱく)のようでもある。

 しかも、この梁山泊は「全員がスタジオに集まらなくても、ネットのクラウドを使って世界各地どこにいても同時に編集ができる。だから、国内外の誰とでも曲を作れる」。7人だと権利も分割になるが「より多くの作品をみんなで生産できる」とメリットの方が大きいという。

 経営から退いた松浦氏だが、テクノロジー部門の子会社の取締役には残った。「ここは今後のエンタメ業界で必要な武器となる。特にコロナによって大至急必要になった。今までと同じ日常は戻ってこない。以前のようなライブは不可能で、一つの文化が消されるほどの危機」と強調。でも、逆をいえば「新しい文化が生まれる可能性がある。ピンチはチャンス。僕はそうやって生きてきた」。

 コロナ禍で新たな文化として定着する可能性があるのが、オンラインライブだ。エイベックスでは以前から、生配信や仮想空間などさまざまな手法で進めてきたが、テクノロジーの進化により多彩な仕掛けが可能になった。「自分のアバターを作り、観客同士で会話したり観客席から応援メッセージを送ったり、Tシャツや紙テープなどのデジタルグッズを購入してアバターに着させたり、投げたりすることもできる。また、アバターはアーティスト側からも見えるため、観客をアフターパーティーに招待することもできる」という。

 「ライブの概念が根本的に覆る可能性がある。会場の熱気など“生の密”から生まれる魅力ではなく、世界中の人たちと一緒に楽しんでいるという“心理的な密”が求められていくかもしれない」

 創造には、答えがない。だが、ヒットや流行には背景がある。だから、風を読む。

 同じ職人型リーダーだったホンダの創業者、本田宗一郎さんに「得手に帆あげて」という著書がある。絶好の機会を逃さず利用すべきという人生哲学。松浦氏もコロナ禍というピンチを「むしろ利用してやるぐらいの気持ちで向かう。世の中の常識で言ったら欠陥だらけの僕だから、多くのヒット曲を生み出せた。だからこそ、この難しい時代に多くの人に愛される、時代を象徴する音楽を作りたい」。逆風の荒波にも、その羅針盤は揺るがない。

 ◆松浦 勝人(まつうら・まさと)1964年(昭39)10月1日生まれ、横浜市出身の55歳。日大在学中の85年、貸レコード店「友&愛」で始めたアルバイトが原点。88年エイベックス・ディー・ディーを設立し、レコード輸入卸販売業を開始。90年音楽レーベル「avex trax」設立。ダンスミュージックを流行の最先端に押し上げた。小室哲哉氏をプロデューサーに迎え、TRF、globeらでヒット曲を連発。自らもプロデューサー「MAX松浦」として、浜崎あゆみ、ELTらをスターにした。04年社長、10年CEO、18年会長CEOに就任。今年6月CEOを退任した。

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