「ドラゴン桜」、江口のりこのセリフに込められた制作スタッフのメッセージを読み解く

「ドラゴン桜」、江口のりこのセリフに込められた制作スタッフのメッセージを読み解く

阿部寛

 TBSの連続ドラマ「ドラゴン桜」(日曜午後9時)は誰の目にも16年前の前作とは違うが、やっぱり面白い。前作は東大受験をめぐる青春ドラマだったものの、今作は教育ドラマ色が強い。「半沢直樹」を大ヒットさせたことで知られるチーフ演出家の福澤克雄氏(57)が、「3年B組金八先生」を演出した人でもあるからだろう。

「ドラゴン桜」の今作の方向性を象徴するセリフが5月23日放送の第5話にあった。龍海学園高の東大専科を率いる主人公・桜木健二(阿部寛、56)が言ったのではなく、生徒の自由を重んじるために桜木と対立する龍野久美子理事長(江口のりこ、41)が口にしたものだ。

 発達障害によって聴覚的短期記憶能力が低いため、勉強も出来ないと誤解されていた原健太(細田佳央太、19)を入学させた理由を桜木に問われた際の返答だった。

「定員割れしているから、誰でもいいから入れたとでも思ってるの。バカにされたものね。いい? 世の中に出たらいろいろな人がいる。生徒たちはこの先、社会に出たら、そういった人たちと手を取り合って生きていかねばならないの。多様性を尊重し、互いに協力することを生徒たちに学んで欲しい。だから発達障害の子も希望すれば普通学級で受け入れてきた」

 この言葉に桜木は「ご立派な考えがあるんですね」と応じた。皮肉ではなかった。敬意を表した。

 中学と高校が舞台となったドラマに「多様性」という言葉が登場したのは初めてではないか。多様性はここ数年でにわかに重んじられ始めた上、中学と高校は多様性と逆行する場だからだ。

 大抵の学校は同じ制服を着せ、校則でがんじがらめに縛り、周囲と違うことは認めない。おまけに同程度の偏差値の生徒しか集めない。多様性とは相容れない。それだけに久美子と桜木のやり取りは興味深かった。

 おそらく健太にまつわるエピソードを描いたのはスタッフ側の意思であり、久美子のセリフはスタッフ側のメッセージだろう。今作の演出家は3人いるが、この第5話を担当したのはチーフの福澤氏。前半のヤマ場だったと言っていい。


■青春ドラマから教育ドラマに


 前作と今作は別物と呼べるくらい違う。カメラワークも照明も。だが、それらは枝葉末節に過ぎず、一番異なるのは方向性にほかならない。前作は東大受験をめぐる青春ドラマだった。一方、今作は現代の受験生たちを取り巻く諸問題を浮き彫りにする教育ドラマの色合いが強い。

 久美子のセリフが生きたのは細田による健太役の名演があったからだ。細田は主演映画「町田くんの世界」(2019年)で、不器用だがピュアな高校生を極めてリアルに演じ、高い評価を得ていた。

 細田による健太役の演技もまたリアルとしか言いようがない。成り切っている。ちなみにデイリー新潮は第1話の放送が済んだ4月29日の時点で細田を生徒役の最注目株として挙げていた。

 前作では龍山高特進クラスの生徒を東大に合格させるため、4人の特別講師が招聘された。数学の柳鉄之介(品川徹、85)、国語の芥山龍三郎(寺田農、78)、英語の川口洋(金田明夫、66)、理科の阿院修太郎(故・小林すすむさん)である。この4人が唱えるユニークな学習法の紹介にかなりの時間が割かれた。

 生徒2人が卓球の構えをして、それぞれが数学の問題の出しあいをする「卓球暗算」や、効率良い暗記術「メモリーツリー」、ビートルズを歌いながらエアロビを踊る英語学習法などだ。これらは見せ場でもあり、塾などの受験現場がマネをした。

 一方、今作はオリジナルの学習法の紹介が少ない。英語を使ったYouTube動画の作成とやはり英語でのツイッター利用が目立ったくらい。桜木はリクルートが運営するスマホを使った勉強法「スタディサプリ」を推奨したものの、これは既に世間の受験生も使っている。特別講師も前作と同じ柳1人だ。

 半面、健太と多様性の件をはじめ、受験生を取り巻く教育問題にはかなり踏み込んでいる。第2話では大学のスポーツ推薦の問題点があぶり出された。

 岩崎楓(平手友梨奈、19)はバトミントンの有力選手だったため、大学側からラブコールを受けており、スポーツ推薦で進学するはずだった。だが、膝を故障すると、あっさり見捨てられる。大学側は楓とペアを組んでいた清野利恵(吉田美月喜、18)に乗り換えた。

 教育的配慮なんて微塵もなかった。ドラマだからではない。現実でも選手として活動できなくなると、合格は取り消される。理由が不可抗力のケガでも同じ。また入学をはたそうが、退部を申し出ると、退学を迫る大学が多い。

 大学は学生のその後の人生なんて考えていないようだ。スポーツ推薦を描くドラマはまずないので、問題提起した形となり、意義深かった。

 前作と今作で共通して描かれている問題もある。家の借金と闇金だ。前作は矢島勇介(山下智久、36)が悩み、今作は瀬戸輝(橋海人、22)が胸を痛めた。これは二番煎じでなく、スタッフの見識と捉えていいのではないか。借金、闇金、それに付いてくる貧困は今の受験生たちにとって他人事ではない。

 2020年、闇金の被害者は警視庁管内だけで1万7417人。被害額は約43億4000万円に達している。コロナ不況によって、被害者は増える一方だとされている。

 また、日本の18歳未満の7人に1人は貧困状態にある。貧困状態とは、親子2人世帯の場合、月額約14万円以下(公的給付含む)の所得しかないということだ。OECD加盟国の中で最悪の水準である。ラブコメの全盛が続いているが、ハッピーではない世の中の現実をきちんと描くドラマもあったほうが良い。

 ちなみに矢島と瀬戸はキャラまで似ている。二枚目のチョイ悪は中学、高校を舞台にしたドラマに欠かせないのだ。お約束である。

 5月30日放送の第6話では小杉麻里(志田彩良、21)が抱える家庭の問題が描かれる。DVだ。第4話での麻里は額に不自然なアザがあり、第5話での麻里宅では物が派手に割れる音がした。だから文系でトップの成績ながら、進学を諦めているのだろう。さて、桜木はどうするのか。

 桜木の問題解決能力は前作よりパワーアップしている。楓のこと、瀬戸のこと、健太のこと、全て解決した。凄腕のトラブルシューターだ。元暴走族リーダーで腹が据わっているせいもあるはず。

 報酬を目的とした東大合格請負人でありながら、教師以上に生徒を助けるのだから痛快だ。これが桜木の最大の魅力に違いない。

 チーフ演出の福澤氏は「半沢直樹」を大ヒットさせた人だが、「3年B組金八先生」の第4シリーズ(1995年)から第7シリーズ(2004年)とスペシャル版を担当した。教育ドラマのプロでもある。

「金八」は教育ドラマの金字塔で、校内暴力や内申書の弊害、いじめ、体罰など、その時代の中学生が抱える問題を生々しく描いた。

 性同一性障害と薬物問題を取り上げたのは第6シリーズ(2001年)で、チーフ演出家は福澤氏。「薬物と中学生を関連付けるのはおかしい」といった声もあったが、実際に中学生が覚せい剤や大麻で逮捕されている現状を見ると、炯眼だったというほかない。問題意識が高い。

 福澤氏は近代日本で屈指の教育者である福澤諭吉翁の玄孫。教育への関心はDNAかもしれない。また慶應義塾高時代に留年したことを講演会などで公言している。蹴球部(ラグビー部)の活動に打ち込んだためだ。人生の歩みに正解はないという思いが強いようだ。桜木の持論と同じである。

 福澤色に染まった「ドラゴン桜」が後半戦に入る。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年5月30日 掲載

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