「ネタ以外のことは楽しくない」ジャルジャルの凄さは“面白い”へのピュアさ? ノブコブ徳井が分析

「ネタ以外のことは楽しくない」ジャルジャルの凄さは“面白い”へのピュアさ? ノブコブ徳井が分析

ジャルジャル

 平成ノブシコブシ・徳井健太がお笑いについて熱く分析する連載「逆転満塁バラエティ」。

 第22回目は、「ジャルジャル」について。

 ***


■紛れもない天才


 今回は紛れもない天才、ジャルジャルについて。

 関西の年末の風物詩的な番組に「オールザッツ漫才」がある。毎日放送による生放送のバラエティで一夜限りの笑いの祭典だが、2006年には僕ら平成ノブシコブシも出演した。結果は記憶がきれいさっぱり消えるくらいに、スベった。おぞましい過去だ。

 そのとき、まだ芸歴4年目くらいのジャルジャル、後藤淳平と福徳秀介が出ていた。僕はそれまで彼らに会ったこともなければ、噂を聞いたこともなかった。

 そんなジャルジャルが、目の前で信じられないネタをやった。

 ずっとしつこく、二人でバッグを取り合う。

 ただそれだけ。

 恐ろしくしつこい。

 これは、ネタなのか?

 だが、会場はその年一番と言ってもいいくらいの爆笑に包まれていた。


■「時代そのものをひっくり返すような若手が出てきた」


 気がつくと、僕は初めて会った、というか見たばかりのジャルジャルに話しかけていた。
 
 後頭部を氷柱で思いっきり振り抜かれたような感覚。

 圧倒的な敗北感。

 コントという概念そのものを覆すような新人類。

 お世辞抜きで、ついにダウンタウンさんの時代そのものをひっくり返すような若手が出てきたんだと思った。

 結果、その年はとろサーモンに敗れはしたものの準優勝し、2008年には優勝を飾る。

 今思えば僕のスタイル、このコラムでやっているような、気になる芸人の深掘りと分析は、15年前から変わっていなかった。

 会ったことも話したこともないジャルジャルに、二人の出会いからネタの作り方まで聞いていた。

 別に目的があったわけではない。

 とにかく新たな衝撃に、体と口が勝手に動いてしまっていた。


■「嘘」が一番ジャルジャルらしい答え


 コンビ名の由来も聞いた。死んだ飼い犬の名前が「ジャル」で、偶然同じだったか、親の遺言だったか、とにかくそんな悲しい由来だったと話していたように記憶している。

 が、嘘だった。

 後に彼らのインタビュー記事を読んだ時のコンビ名の由来と、僕があの時聞いたものは違った。
 
 また偶然会ったジャルジャルに、僕はクレームを言いに行った。

 するとあっけらかんと、「そのインタビューのも適当に言っただけですよ」と言われた。

「別にコンビ名に意味なんてないんですけど、みんなが意味を求めてくるから適当に返してるんです」

 だがこれさえも、もしかしたら嘘なのかもしれない。

 もうジャルジャルには常識とか、倫理とか、そんなものを振りかざしてはいけないのだな、と思い知らされた。

 あの初めて見た「オールザッツ」の衝撃は、「なんでジャルジャルってコンビ名付けたの?」という、そんなどうでもいい僕の問いに、正面から真面目に答えるような人間が作れるようなコントではなかった。

 そう、ジャルジャルに、まともでなんかあってほしくはない。

「嘘」が一番ジャルジャルらしい答えなんだと、今はそう理解をしている。


■めちゃイケのレギュラー入りを果たし…


 ナインティナインの岡村(隆史)さんが休養されていた頃、ジャルジャルが「めちゃイケ」の新メンバーオーディションに合格し、電撃加入を果たした。2010年のことだ。

 ファンは喜んだろうし、番組としても人気実力共に定評のあるジャルジャルの加入は心強かったに違いない。

 けれど、本人たちは悩んだと思う。
 
 というのは、ジャルジャルはセンターが似合うコンビだ。しかも、ジャルジャルが放つ他人には真似できないノリや流れ、その「芸」は、たった二人だけで作り出されたときが一番面白いと僕は感じている。

 もちろん、「ひな壇」形式のトークや、バラエティ番組での「脇役」を勉強するのは、お笑いが共同作業であるテレビで活躍するためには大事だ。

 だから、「みんなで作り上げていくお笑い」のお手本とも言える「めちゃイケ」のレギュラーになれるなんて、僕なんかは単純に羨ましい。

 タレントとしての質も上がる。

 宝物のような経験だろう。
 
 ただ、唯一無二すぎるジャルジャルにとっては「やった! 『めちゃイケ』ラッキー!」とはならなかったと思う。


■「ネタだけやっていたい」


「酒と話と徳井と芸人」という、ゲストと酒を飲みながらお笑いを語る番組を僕はやっていて、2018年にジャルジャルにも来てもらった。

 もう数年やっている番組だが、一番手応えのない回だったと記憶している。

 そもそも後藤と福徳は酒が飲めない。そこも大きく影響しているとは思うが、酔っ払った僕の質問は二人にのらりくらりとかわされ、ただただ僕が翻弄されるという最悪の結果になってしまった。

 とはいえ、それでも何とかジャルジャルの芯の部分に少しは触れることはできた……ように最後のプライドがそう記憶している。

 寝る間もないほど、たくさんテレビに出演していた頃、実はとても辛かったと語っていた。

 その時にはもう、彼らは現在のジャルジャル像を描いていた。

「ネタだけやっていたい」

 福徳が言っていた。

 隣に座っていた真顔の後藤も同じことを言っていた。

 これがジャルジャルの最強の武器だと僕は思っている。

 コンビが心の底から同じ気持ちで同じ方向を向ける、そんなコンビはほとんど存在しないだろう。


■「世界で一番面白い奴になりたい」を追い求め続ける少年


 2014年から始めたYouTubeチャンネル「ジャルジャルタワー」は、現在100万人を超える登録者数がいる。再生回数も6億回以上と、芸人のYouTubeとして驚異的な数字だ。ネタ数にいたっては本人すら正確に把握できないほどのとんでもない数で、ネットには8千本と記してあった。
 
 超人気チャンネルとなってからも、ジャルジャルは1日1本、ネタ動画をアップしている。今はきっとかなりの収入もあるだろうし、やりたいことを本当にやれる、そんな自由度も高いはずだ。それなのに、なぜしんどいことをやり続けられるかが、僕には一番の疑問だった。
 
 毎日ネタをあげ続けることは、僕らノブシコブシにとっては苦行でしかない。いや、ほとんどの芸人にとって、もはや不可能な偉業とも言える。
 
 ジャルジャルにとっても多少は苦行という面もあるのだろうけれど、二人はそんなことよりも、「楽しいんで」と言っていた。

 その顔は少年そのものだった。

 お笑い芸人ならば、誰もが一度は抱いたであろう「世界で一番面白い奴になりたい」という夢。

 だが、芸人になってみると、お金や欲や現実に惑い、知らぬ間に見失ってしまう、そんな一本の光の筋。

 ジャルジャルの二人にはその光がずっと真っ直ぐに見えていて、そこに向かうことに何の疑問も迷いもないのだ。


■「ネタをやっている時が一番楽しい」


 そして二人は、「ネタをやっている時が一番楽しい」と言っていた。

「それ以外は全部楽しくない。でも仕事だからやっている」とも言っていた。

 ということは、もはや二人にとって「ネタ」は子供の頃にやっていた遊びと同じなのだろう。

 これはもう、最強だ。

 性根が良いだけの芸人より、性格が悪かったり嘘をついたりしても、芸人として面白い場合がある。むしろ後者の方が、より面白かったりする。

 だから、良い意味でも悪い意味でも、ジャルジャルは最高に面白い。


■「優勝できると思ってるんで、出てます」


 そんなジャルジャルに、もう10年近く前、僕は失礼なことを聞いてしまったことがあった。

 ルミネtheよしもとで出番が一緒だった時、「めちゃイケ」のレギュラーも決まり、傍目から見ると順風満帆だった二人に、それでも賞レースに挑戦し続ける意味を聞きたくて、いつものごとく勝手に「お笑いインタビュー」を始めてしまっていた。

「なんで賞レースに出るの? もう出なくてよくない?」

「え?」

 どうして人間はお腹が空くの? そんな疑問を投げ掛けられた子供のような顔を福徳はしている。

「逆に、なんでノブコブさんは賞レースに出ないんですか?」

「え?」

 なんでラーメンやカレーライスは美味しいんですか? そう聞かれた時のような顔を僕はした。

 同じ芸人、同じ吉本、芸歴も3年ほどしか変わらないのにどうしてここまで人間というのは違うのかと驚く。

 僕の問いに対する福徳の答えは簡単だった。

「優勝できると思ってるんで、出てます」

 福徳の問いに対する僕の答えはこうだった。

「ネタに費やす努力や時間がその対価に合っていないと思うから出るのをやめたし、自分たちは優勝できないとわかったから諦めた」

 ジャルジャルは2009年、2010年、2019年にキングオブコントで決勝進出を果たし、2020年には優勝を遂げた。

 その優勝は、2010年、M-1グランプリでの笑い飯さんの優勝を彷彿とさせるもの――誰よりも努力し、誰もがその努力と実力を認め、応援し、優勝してほしいと願うコンビの優勝だった。

 優勝して良かった、と僕も他人事ながらに感動した。

 その笑い飯さんが10年連続で決勝進出を果たしたM-1グランプリでも、ジャルジャルは2010年、2015年、2017年、2018年に決勝まで駒を進めている。

 正真正銘の化け物だ。


■独創的で、偏っていて、そしてしつこい


 そんなM-1グランプリでジャルジャルのネタが、物議を醸すことがあった。

 漫才というのはそもそも「立ち話」で、台本がないかのように話をするものだ、というのが源流にある。

 けれどジャルジャルのネタは明らかに血の滲むような練習をしている。あれは漫才ではなくコントだ。

 芸人界隈ではそんな論争もあった。

 当時、僕も「コントだよね」なんて思っていた。

 今思えば、コントか漫才かなんて面白ければどうでもいいことだ。

 そんなことに拘ってしまうのは、芸人ではなく、「芸人かぶれ」している人だけなのかもしれない。

 音楽でいえば、ロックだろうとパンクだろうとJ-POPだろうと演歌だろうと童謡だろうと、聴く人が「格好良い」「心地良い」と思えばジャンルなんてどうでもいい。

 あの日「オールザッツ」で初めて見た日から、ジャルジャルはずっと面白い。

 しかも独創的で、偏っていて、そしてしつこい。


■真意や真相は、周りが想像すればいい


 彼らは海外でも単独ライブをやっている。

 海外進出を公言し、実行する芸人も増えた今ならまだしも、2010年にロンドンでお笑いライブをやろうだなんて、誰が想像ついただろうか。

 もしかしたら、壮大なボケなのかもしれない。

 でもその真意もきっと、後藤と福徳は教えてくれないだろう。

 しかも、しっかり構成されているように見えるジャルジャルのコントや漫才には、台本がないという。

 けれどそれも真相は分からない。
 
 お笑いを分析するコラムを書いている僕が言うのもなんだが、全てを語るなんて一番ダサいことだ。

 トップを走る人間は絶対に手の内を明かしてはいけない。

 棺桶まで持っていくべきだ。

 答えなんかいらないし、ない方が奥ゆかしい。というか、格好いい。

 答えなんてそんなもんは、「偉人」の死後、周りが勝手にあれこれ想像すればいい。


■「それだけネタがあるのに、賞レースに出ない理由って何かあります?」


 ルミネで福徳が言っていた。

「ネタができてできてしょうがない。1万本くらいあるんじゃないすかね?」

 冗談かと思うほど目をキラキラさせながら、出番の5分前に神棚の下で腕を組んでいた。

「それだけネタがあるのに、賞レースに出ない理由って何かあります?」

「ない、ですよね」

 僕は自然と敬語になった。

 僕らにとってネタは、「売れるための武器」だった。

 もっとはっきり言えば、「道具」だった。

 だからオリジナリティ溢れる、芸術的な単独ライブをやるというよりも、どれだけたくさんの観客を入れて話題にするか、邪道だろうと覇道だろうと良くも悪くも噂になるような、派手な単独ライブを繰り返してきた。

 そんなコンビが作ったネタは、僕たちがメディアに出られるようになってから、明らかに疎かになっていった。

「悲しい」「もっとノブコブのネタが見たかった」

 そう言ってくれる人がいることも知っている。

 でも、僕らには無理だった。賞レースで勝つことを諦めたことは後悔していない。


■最強で最高で、一流


 話は少し逸れるが、僕は数あるギャグ漫画の中で「行け!稲中卓球部」が一番好きだ。好き、というより単純に一番面白いと思う。

 だが作者の古谷実先生は、日本一有名なギャグ漫画「稲中」を、漫画家として売れるための道具のつもりで描いた、らしい。

 本当に描きたいものは、「稲中」以降の作品である、「ヒミズ」や「シガテラ」「わにとかげぎす」「ヒメアノ〜ル」など、シリアスでサスペンスでシュールでリアルなストーリーだったが、そういうジャンルの漫画は無名な漫画家が描くよりも、有名になってから描いた方がいいという策略だった、という話を聞いたことがある。

 ジャルジャルも古谷先生も、本当にやりたいことを自由にやれる場を獲得し、それをやり続けている。最強で最高で、一流だ。

 今後のジャルジャルがどんなふうに一流を極めていくのか、同じ芸人としてもただのお笑いオタクとしても、僕は楽しみにしている。

徳井健太(とくい・けんた)
1980年北海道出身。2000年、東京NSCの同期生だった吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。バラエティを観るのも大好きで、最近では、お笑い番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。趣味は麻雀、競艇など。有料携帯サイト「ライブよしもと」でコラム「ブラックホールロックンロール」を10年以上連載している。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw

2021年7月17日 掲載

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