渡辺裕之さんの実弟が明かす“最後の会話” 「本当に原さんと結婚してよかった」

渡辺裕之さんの実弟が明かす“最後の会話” 「本当に原さんと結婚してよかった」

渡辺裕之さん

 晴天で春の陽気に包まれた、GW真っ只中の一日。横浜市内の住宅街地下室でその悲劇は起きた。「リポビタンD」のCMなどで知られる、俳優・渡辺裕之さん(享年66)の死。妻で女優の原日出子さん(62)は突然のことに憔悴しきりというが、故人の実弟が最後の会話を明かした。

 ***

「連絡をもらったのは亡くなった、その直後だったと思います。ただただ驚きました」

 とは、渡辺さんの実弟・幹夫氏だ。

 幹夫氏は渡辺さんの3歳下で、一時は兄のマネージャーを務めていたこともある。

「翌日には遺体と対面しました。原さんはやはり傷心の様子でしたね。代わりに、子どもたちがしっかりと対応していましたよ……」

 と言葉すくなに語る。

 渡辺さんが世を去ったのは、5月3日のことだった。憲法記念日のその日、横浜市内の自宅にいた渡辺さんは午前中、地下に設置されているトレーニングルームに入ったという。昼頃、原さんが昼食の用意ができた、と呼びに行ったところ、倒れていた渡辺さんを発見。その後、死亡が確認された。死因は縊死(いし)と発表され、遺書はなかった。


■仕事もプライベートも順調に見えたが…


 渡辺さんは特撮映画や恋愛ドラマで俳優として人気を博す一方、鍛え上げた肉体を生かし、CMでも活躍。中でも「リポビタンD」のCMで「ファイト、一発!」と叫ぶ姿で大きな脚光を浴びた。

 妻の原さんとはおしどり夫婦として知られ、また、今年に入っても複数のドラマに出演し、予定も含めて出演映画が6本公開されるなど、仕事は順調だった。

 プライベートでは趣味のゴルフはプロ級の腕前。ジャズバンドを組んでドラムを担当し、ライブに出演することも。さらには、ゴミ拾いが日課で、毎朝、ジョギングや散歩がてら、ゴミ袋を両手に持ち、空き缶やタバコの吸い殻を拾う姿がメディアにしばしば取り上げられた。

 外からは、およそ自殺という言葉からかけ離れた人物に見えただけに、衝撃が走ったのである。


■「どこかしょんぼりした様子」


「ニュースを聞いて本当に驚いていますよ」

 とは、渡辺さんの近隣住民の一人である。

「渡辺さんといえば、やっぱりゴミ拾いの姿。毎朝、小学生の登校前、朝の7時頃には始めて、ある時などは歩いて30分もかかる隣町でも拾っている姿をお見かけしました」

 その熱心さは尋常ではなかったといい、別の住民によれば、

「驚いたのは、道路のセンターライン近くに出てまで、ゴミを拾っていたこと。また、車を運転中、ゴミを見つけて一時停車。車を降りてゴミを拾い、また走るなんて姿も目撃したことがあります」

 というから、生真面目な性格が十分にうかがえる。

 もっとも、そのゴミ拾いもここ数年は回数を減らしていたそうで、やはり何らかの“異変”はあったのだろう。

 近所の行きつけの洋食店の関係者に聞いても、

「亡くなる2日前のお昼時にも、お友達と来店されていました。ただ、いつもは陽気な方ですが、この日は元気がなく、どこかしょんぼりした様子。店員たちの間で、“今日、渡辺さん元気がなかったね”と話題になったくらいです」

 と証言するのである。


■今振り返ると「見た目がおかしかった」


「裕之ちゃんとは、1月に二人でふぐを食べに行ったばかりでした……」

 とは、親交の深かった俳優の岡崎二朗氏。

「その時は何とも思わなかったんだけど、今振り返ると、何かに悩んでいたのかもしれない。まず見た目が少しおかしかった。1〜2日、そっていないような無精髭で、髪もくしを入れていないのか乱れた感じ。寝起きでそのまま来たような印象で、男に対しても格好を気にする性格だったから、違和感を持ちました」

 会話も、明るい話題にはならなかったといい、

「“コロナの影響で、イベントとか作品が少ないんですよね”と。“仕事がないんで、バーベルを持ち上げようとしても目的意識がないんですよ”とも言っていた。3〜4年前、俺が“運動不足で、膝に来て”と言ったら、“そんなの聞きたくないです”と怒られたことがあった。自宅にジムを作るくらいの運動オタクだったから、もしかしたら、身体作りに身が入らない自分が許せなかったのかもしれない。仕事はあったと報じられているけど、年齢的にはおじいさんの役が多くなるし、自分のやりたいものとのギャップもあったのかもしれないね」

 と明かすのである。


■予見できない死


 さる芸能関係者も、

「最近は気分の波が激しくなっていたのは事実のようです」

 として、こう続けるのだ。

「落ち込んだ状態になると“女房が狙われている”とごくごく近しい知人に漏らすこともあったとか。新幹線に乗っても、隣に誰かが座ると警戒し、席を立つこともあったそうです」

 渡辺さんを知る関係者がみな口をそろえるのが、真面目で完璧主義者だった、との印象だ。

 前出の実弟・幹夫氏も、

「感情も豊かで、身の周りに起こったことについて、徹底して考えるタイプでした」

 それだけに、一度バランスが崩れると、深みから抜け出せなくなることもあったのだろうか。

「最後に会ったのは、1年前の2月のことでした」

 と幹夫氏が続ける。

「私の家に突然、ふらっと立ち寄ったんです。で、芋を食べて帰っていったんですよね。出が茨城ですから、名物の干し芋です。それで、コロナ禍で個人事務所の経営が大変だ、とか、実家をどうしようか、といった話をしましたね」


■コロナで母と1年間面会禁止に


 渡辺さんの父は既に他界し、母が水戸市内の実家に一人暮らしをしていたが、高齢で認知症となり、近所の施設に入所したという。そんな事情もあり、実家は空き家となっていたのだ。

「その後は顔を合わせることこそありませんでしたが、LINEなどではやり取りをしていましたよ。最後に連絡したのは、去年の暮れかな。コロナの影響で、母が昨年1年間は面会禁止だったんです。それが暮れに解け、ようやく訪問できることになった。その関係でのやり取りでした。兄は一人で面会に行き、15分間ほど話すことができたそうです」

 母のことをいつも気にかけていたという渡辺さん。


■本当に原さんと結婚してよかった


ワイドショーなどでは、「うつ症状だった」との指摘もなされていた。その辺りはどう感じていたのだろうか。

 改めて幹夫氏に伺うと、

「それが正しいのか、正しくないのか、あまりに急なことだったので、私にもまだわからないことがたくさんあるんです。ただ一つ言えるのは、健康状態も良く、家庭関係も円満だった。何かに絶望してというものではありません。だから、私も原さんも、今回のことは予見できなかった。周囲に突然見切りを付けるような死に方ではなかったということです」

 と述べる。

「兄は、幼い時から器用なタイプでした。身体能力も高いし、ドラムもうまい。あの見た目ですから、学校でもよくモテましたよ。良いところは、すべて兄が持っていました」

 と幹夫氏は言うが、前述の通り、生き方そのものについては、むしろ不器用だったのか。逆にそれゆえの悲劇だったのかもしれないのだ。

「そんな兄だけに、本当に原さんと結婚してよかったと思います。原さんはいつも落ち着いていて、奥さんというより、同志のような……。結婚は兄のカンで実ったようなものでしたが、これ以上ないパートナーでしたよ」

 ***

■相談窓口

・日本いのちの電話連盟
電話 0570-783-556(午前10時〜午後10時)
https://www.inochinodenwa.org/

・よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)
電話 0120-279-338(24時間対応。岩手県・宮城県・福島県からは末尾が226)
https://www.since2011.net/yorisoi/

・厚生労働省「こころの健康相談統一ダイヤル」やSNS相談
電話0570-064-556(対応時間は自治体により異なる)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_info.html

・いのち支える相談窓口一覧(都道府県・政令指定都市別の相談窓口一覧)
https://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php

「週刊新潮」2022年5月19日号 掲載

関連記事(外部サイト)