トリプルファイヤー吉田 DJで必ず“盛り上がらない”曲をかけ続ける理由

トリプルファイヤー吉田 DJで必ず“盛り上がらない”曲をかけ続ける理由

吉田靖直氏

■DJが何をしているのか未だによくわからない


 バンド「トリプルファイヤー」のボーカルを務め、『今日は寝るのが一番よかった』など執筆業にも励む吉田靖直氏。不慣れなDJイベントに呼び立てられた彼が流すのは、10代の頃に姉が教えてくれたあの名曲。そこに広がる思い出の景色とは。

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 ときどきDJとして身内の小さなイベントに呼ばれることがある。私にDJの心得なぞは全くない。上手なDJは曲がかかっている間も絶えず何かのつまみをいじっているが、あれが何をやっているのか、何の意味があるのか、未だによくわかっていない。

 ただ、DJがかけた方がいいとされている曲の傾向は何となくわかる。音楽通がうなるような趣味が良い曲、もしくはノリの良いダンスミュージックや昔はやったJ-POPなど、みんなが盛り上がれる曲。友達のDJを見ていると、このどちらかに当てはまる曲をかけているように思う。

 私も以前はそういった曲をかけようと頑張ってみたこともあるが、いつしか面倒になりやめてしまった。どうせ私のDJなど誰も聴いていない。


■2人の姉とのドライブで


 そんな私が最近数合わせのDJで呼ばれるたび流しているのが、Mobyの「In This World」という曲だ。Mobyはアメリカのクラブ系のミュージシャンで、世界的にはめちゃくちゃ売れているらしいが、周りでMobyを好きだという人に会ったことがない。

「In This World」が収録されている「18」というアルバムは今から約20年前に発売された。

 私には10歳ほど年上の姉が2人いて、私が中学2年生のある夏の夜、当時免許を取りたての下の姉がドライブがてら車で30分ほどのところにある「ロッキー」というレンタルビデオ屋へ連れて行ってくれたことがある。そのときの姉2人と私だけで車に乗っている状況をとても不思議に感じたことを今でも覚えている。親世代の大人の運転する車にしか乗ったことがなかった私は、子供たちだけで夜中に抜け出し何か悪いことをしているような気がしてドキドキした。

 帰り道、レンタルしたブランキー・ジェット・シティーのCDの歌詞カードを窓から入る灯りに照らして見ていた時。姉が唐突にカーコンポで流したのが「In This World」だった。


■趣味が良いねと言われず、盛り上がりもしない


 切なげな黒人女性っぽいボーカルに、オーケストラっぽいシンセが被さる。私の知らない洋楽をたくさん知っている姉が聴かせてくる曲を素直に良いと思えたことはほとんどなかったが、その時はなぜか甚く心に響いた。大人のいない車内で聴く都会的な「In This World」は、車窓を流れる田舎の街灯をまるで首都高のように錯覚させた。私はその時、理屈はわからないが、見たこともない楽しい出来事がこれからの未来で無数に待ち受けているのを直感したのである。

 今でも「In This World」を聴けば、あの時の風景、高揚感を思い出す。DJで流してひとりでグッときているが、「この曲いいね」なんて感想をもらったことは一度もない。あの時都会的に感じた「In This World」のシンセも今ではなんだか古臭く響く。現代の雰囲気になじまない、時代が一周していないタイプの古さがある気がする。現在日本でこの曲をDJでかけても人から趣味が良いねとは言われないし、盛り上がりもしない。それでも、私のDJを誰も聴かずチャラいコールがおこなわれているようなバーの片隅に立ち、瓶に入れたメッセージをそっと海に流すような気持ちで「In This World」をかけている。

吉田靖直(よしだ・やすなお)
1987年香川県生まれ。バンド「トリプルファイヤー」のボーカル。近著に『今日は寝るのが一番よかった』。

デイリー新潮編集部

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