エミー賞6冠「イカゲーム」は結局何がすごかったのか

エミー賞6冠「イカゲーム」は結局何がすごかったのか

ヨンヒ人形(Netflix Koreaのインスタグラムより)

 韓国ドラマ「イカゲーム」がアメリカのテレビ番組に贈られる「エミー賞」で、監督賞、主演男優賞を含む6冠を獲得した。賞の70年の歴史の中で、非英語作品がここまで躍進するのは初めてのことだ。昨年はゴールデングローブ賞を獲るなど、同作品が世界的な評価を集め続けるのには、いくつかの理由がある。【ライター・渥美志保】


■膨大な数の作品の中で選ばれた


 エミー賞で非英語作品が評価された背景には、Netflixを中心としたストリーミングサービスによって、世界中でほぼリアルタイムに作品を視聴できるようになったことがある。しかしそれは同時に、審査対象の作品が一挙に膨大な数に増えたことを意味する。これはエミー賞に限ったことではないが、おそらく審査する人々の中で、視聴可能な作品をすべて見つくしている者は、ほぼいないに違いない。

 そんな環境の中で、なぜ「イカゲーム」だけが突出することができたのか。ひとつには「イカゲーム」の特異なビジュアルづくりがあるように思う。

 物語は、多額の借金をかかえた人間たちが謎の施設に集められ、賞金獲得を目指していくつかのゲーム(全てが子ども時代の遊びにちなんだもの)に参加するという内容だ。1億ウォン×人数分の賞金(合計約500億ウォン)を総取りできるのは、最後に勝ち残った1人で、それ以外はもれなく殺される。いわゆる「胸糞系」ともいえる展開なのだが、ビジュアルづくりはそうした残酷な世界をまったくもってなぞらない。


■特徴的なビジュアル


 ゲームの参加者が着せられているのは、番号が書かれたゼッケン付きの「緑色のジャージ」。

 一方で、参加者を仕切る現場の人間たちはフードをすっぽりかぶった「ショッキングピンクのつなぎ」姿である。彼らはフェンシング競技でかぶるような黒いマスクで顔全体を覆っており、そこには階級を示す「〇△□」の図形が描かれている。

 参加者が集められた迷路のような施設内は、どこもかしこもパステルカラーで妙にカラフルである。彼らが寝起きするのはベッドのみが並ぶ大空間で、その頭上に「スーパーマリオ」的な電子音とともに現れるのは、とぼけた表情の巨大な豚の透明な貯金箱。生活空間には優雅なクラシック音楽がゆったりと流れ、ゲーム失敗し殺される場面のBGMは、洒落たジャズである。そして人が死ぬたびに上空の豚の貯金箱にバサバサっと1億ウォンの札束が投げ込まれ、生き残った者の賞金が増えていくのだ。

 こうした世界の象徴的存在が、エミー賞授賞式にも登場した「ヨンヒ人形」だ。昭和初期の小学生女児を思わせるその人形は、第1話で最初に行われるゲーム「だるまさんがころんだ」(韓国では「ムクゲの花が咲きました」)のオニで、不気味な無表情で振り返っては、動いて失格となった参加者を片っ端から射殺する。

 そもそも「なんだそれ」と言いたくなる「イカゲーム」というタイトルの「イカ」は、文字通り刺身で食べる、あの「イカ」である。「だるまさん」同様、韓国の昔遊びの名前で、当初はNetflix側に「意味不明」と反対されたらしい。その判断は当然すぎるほど当然なのだが、結果論でいえばこの言葉の持つあまりに「なんだそれ」な印象が、「イカゲーム」が他のドラマの中に埋もれることを防いだともいえる。


■格差社会・韓国らしいドラマ


 笑いと恐怖を絶妙にミックスしたシュールな世界観を、これほどまでに徹底して作り上げた韓国ドラマを私は見たことがない。「イカゲーム」は、Netflix配信の韓国ドラマでも、ひときわ異彩を放っているのだ。

 その一方で、これほど韓国らしい作品もないようにも思う。

「歴史上稀にみるほどの搾取階級」ともいわれる両班(貴族階級)が支配した李氏朝鮮の時代から、日本のように財閥が解体されなかった戦後、そして現在に至るまで、韓国には激烈な格差が存在する。こうした社会の理不尽さを映画やドラマの中で、エンタテイメントと融合させ描くことは韓国のお家芸なのだが、「イカゲーム」はそれが最も成功した作品のひとつだ。そこで描かれるのは「勝ち負け」によって二分される新自由主義的な世界の縮図である。

 多重債務者である参加者たちは「自分が生き残るためには他者を殺さなければならない」というルールに支配され(つまり信じ込まされ)、やがては他者を見捨てることに少しも罪悪感をいだかなくなっていく。ゲームの運営責任者「フロントマン」がこの世界の正しさとして強調するのは「機会の平等」だ。だが、ゲームは体格的、体力的に優位な人間に有利なものがほとんどだし、性別や年齢はもちろん、立場上知りえる(もしくは知りえない)情報などによって冗談みたいに有利にも不利になる。「年齢性別関係なし、20キロの米俵担いで100m走」がこれっぽっちも平等ではないのと同じだ。


■「パラサイト」との共通点


 さらに「イカゲーム」の世界の巧妙さは「参加者の過半数が反対すれば、ゲームは中止できる」という設定が用意されていることである。

「だるまさんが転んだ」の大虐殺に仰天した参加者たちは、多数決によってゲームをキャンセルし、一度は元いた「外の世界」に帰ってゆく。だが借金まみれの彼らにとって、結局は「外の世界」も同じ地獄でしかなく、多くの者はゲームに舞い戻る。「フロントマン」は、「ここで死んでも、それはお前たちが自分で選んだこと=自己責任」とのたまうが、実際のところ、何の受け皿もない社会で極限まで追い詰められた彼らには、それ以外の選択肢がないのである。

 こうした「緑ジャージ」のつぶし合いに加えて、「ピンクつなぎ」の連中の存在も効いている。彼らは「緑ジャージ」の生活一切を管理し、ゲームの最中には失格となった者をその場で射殺する役割を担っている。

 この「ピンクつなぎ」の連中がどのように集められたか、その詳細はシーズン1では明らかにされてはいない。だが彼らもまた、なんらかの理由で行き場を失い、集められてきたものであることは想像に難くない。というのも、施設内で生活の一切を管理され、同じ制服を身に着け、名前でなく番号で呼ばれ、さらには「顔」まではく奪されている(マスクを取ったらその場で射殺される)という点において、彼らは「緑のジャージ」とさして変わらないのだ。にもかかわらず「ピンクつなぎ」に与えられた「管理者」という地位は、彼らに階級を意識させ、さらに上の支配層に都合のよい階級システムを補強するものとして機能してしまう。

 その意味で「イカゲーム」が描くものは、2020年にアカデミー賞を獲得した韓国映画「パラサイト 半地下の住人」とほぼ変わらない。「半地下の住人」は「地下の住人」を見て「自分は絶対にあんな人間のクズではない」と蔑み憎むが、地上の人間からしたらどちらも大して変わらない「人間のクズ」であり、蔑みの対象でしかないのだ。

 そんな世界に飲み込まれまいとする主人公のソン・ギフン(イ・ジョンジェ)は、意識的か無意識か、それぞれの参加者に何度も名前を尋ねる。それは相手が番号ではなく、たったひとつの人生を生きる「人間」であることを思い出させる行為なのである。


■世界に受け入れられる普遍性


 きわめて韓国的な「イカゲーム」が描くものは、韓国社会のみにしか通用しない感覚ではない。自己責任論と見せかけの平等を伴う新自由主義的な空気と、その結果としての格差社会は、欧米、中国や日本を含むアジア諸国などでも大きな問題として認識されている。だからこそドラマのテーマは普遍性を帯び、広く世界に受け入れられたのだろう。

 もちろん、ハラハラドキドキさせるエンタテイメントとしての魅力は十二分にある。これまでの時代のドラマの主人公なら、たとえ弱者であっても知恵や仲間との絆によって、ゲームを痛快に勝ち抜いていったかもしれない。しかし、このドラマの主人公ギフンは、その人の好さや愚かさ、優柔不断さから、つねに「貧乏くじ」としか思えない状況に追い込まれ、どうにかこうにかギリギリで生き延びてゆく。視聴者は毎回「よ、よかった……」とどうにかこうにか胸をなでおろすのみで、とうてい痛快とはいいがたい展開である。その姿にこそ多くの人が自分を重ねてしまう、今はまさにそういう時代なのかもしれない。

 そしてたった1人生き延びて巨万の富を手に入れたギフンはもちろんのこと、ゲームの運営責任者「フロントマン」も、最終回にゲームの主催者として登場する人物さえも、ドラマは勝者として描かない。自身の幸せのみに生きることもできたはずのギフンが、どうやらそれを捨ててしまうことがドラマの最後に暗示されている。500人近い人間の死の上に立った彼は、もはや過去の自分にはもどれなくなっている。

「飛躍しすぎ」を承知で言えば、1980年の「光州事件」――軍による民主化弾圧と、民間人の大量殺害――を描いた映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」にも似ているかもしれない。何も考えず生活に腐心していただけの小市民の主人公マンソプは、たまたま飛び込んでしまった光州事件からどうにか生き延びてソウルに戻るが、自分が目撃したあまりに非道な現実を看過できず、震えながら光州に戻っていくのだ。

 Netflixとはすでに3シーズン放送の契約を済ませているとの報道がある。韓国ドラマの歴史を変えた作品は、再び現実の閉塞に痛烈なカウンターを浴びせてくれるに違いない。

渥美志保(あつみ・しほ)
TVドラマ脚本家を経てライターへ。女性誌、男性誌、週刊誌、カルチャー誌など一般誌、企業広報誌などで、映画を中心にカルチャー全般のインタビュー、ライティングを手がける。yahoo!オーサー、mi-molle、ELLEデジタル、Gingerなど連載多数。釜山映画祭を20年にわたり現地取材するなど韓国映画、韓国ドラマなどについての寄稿、インタビュー取材なども多数。著書『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』(大月書店)が発売中。

デイリー新潮編集部

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