渡部建は「白黒アンジャッシュ」以外いまだ出演ナシ 復活のカギは“スネ夫要素”

渡部建は「白黒アンジャッシュ」以外いまだ出演ナシ 復活のカギは“スネ夫要素”

渡部建

 不倫騒動が原因で約1年8カ月にわたって芸能活動を自粛していたアンジャッシュの渡部建は、2月15日放送の「白黒アンジャッシュ(チバテレビ)に出演して、芸能活動を再開した。しかし、現在に至るまで、「白黒アンジャッシュ」以外のテレビ・ラジオ番組には一切出演していない。

 そんな渡部に新たな動きがあった。9月8日に公開されたYahoo!ニュースのオリジナルコンテンツ「RED Chair+」の中で、渡部と東野幸治の対談企画が行われ、動画と記事が公開されたのだ(ちなみに同企画の記事執筆は筆者が担当した)。

 東野が渡部に質問を投げかける形で対談は進んでいき、渡部は問題となった事件の話や謹慎中のことも率直に語っていた。東野は冗談を交えながらも、渡部を励まし、復帰に向けてエールを送っていた。

「白黒アンジャッシュ」で渡部が復帰した初回では、スーツ姿のアンジャッシュの2人が騒動について謝罪を述べた後、児嶋が渡部に質問をするような形でトークが展開された。渡部は終始うつむいたまま、神妙な面持ちを貫いていて、番組はお通夜のような重苦しい雰囲気だった。

 一方、東野との対談では渡部は調子を取り戻していて、自粛前にテレビに出ていた頃の雰囲気に近づいているような感じがした。この対談企画は世間でも大きな話題になったため、これが渡部の本格復帰の狼煙になるのではないかとも言われている。

 渡部の復帰に関しては「復帰してほしい/しないでほしい」「復帰はまだ早い/遅すぎる」など、賛否両論のさまざまな意見が見受けられる。また、彼の今後についても「そのうち元に戻るだろう」という楽観論から「復帰は無理だろう」という悲観論まで、幅広い声がある。

 一般的には、芸能人が不倫をしたからといって、その手口が悪質だったからといって、必ずしも芸能生命を絶たれてしまうとは限らない。そういうことに対する世間の目は年々厳しくなっているとはいえ、事は芸能であり、そもそもアウトかセーフか明確な基準が存在するわけではない。

 すべては一般大衆の漠然とした「イメージ」や「空気」で決まる。そういう意味では、意外にあっさり復帰できてしまうという可能性もないわけではない。

 ただ、個人的には、騒動の前にやっていたのと同じような仕事を、同じようなポジションでこなしていくのは相当厳しいのではないかと思う。


■優等生で売ってきたことが裏目に


 テレビに出るタレントは、誰もが特定のポジションを取っている。ポジションとはテレビ番組における立ち位置のことであり、「キャラ」と言い換えてもいい。底抜けに明るいキャラ、本音を言う毒舌キャラ、何にでも噛みつく怒りキャラなど、芸能界にはさまざまなキャラを持つタレントが存在する。

 そんな中で、騒動前の渡部は「芸人なのにクリーンで紳士的」というポジションを取ってきた。本来、芸人は笑いのためにすべてをさらけ出す覚悟を持っていなければいけないとされている。それが芸人の本流だとしたら、渡部は本流ではない脇道をあえて選んだということになる。

 J-WAVEでラジオ番組を持ち、「王様のブランチ」でMCを務め、グルメ情報や恋愛心理学に詳しい。大人の余裕がある清廉潔白な優等生的なキャラを演じてきた。

 それは彼の実像とは違っていたのかもしれないが、そのこと自体を責めることはできない。タレントがテレビに出て商品として流通するためには、わかりやすいキャラを身につけることは必須である。そこで、もともと持っている資質や能力の一部を大きく拡張してキャラに仕立て上げるというのは、多かれ少なかれタレントなら誰でもやっていることだ。

 ただ、そんな渡部の優等生キャラは「清廉潔白である」という一点で担保されている危ういものだった。騒動が起こってしまった後で、そのキャラを続けることはできない。


■キャラはこう刷新すべし


 では、どうすればいいのか。本来の渡部は、人としての邪悪さを秘めた食えない男なのではないかと思う。ドラえもんの登場人物でたとえるなら、彼は「出来杉」ではなく「スネ夫」だったのではないか。

 おぎやはぎ、カンニング竹山、有吉弘行など、彼と親しい芸人たちは口を揃えて、渡部にはそういう人としての嫌な部分、すなわち「スネ夫要素」があることを面白おかしく語っている。東野との対談でもそれは指摘されていたことだ。

 今後は、本来の自分そのものとまでは行かなくとも、もう少しだけそちらに寄せた形でキャラを刷新するのが望ましいのではないか。今までは、バラエティ番組で親しい芸人がそれをイジって、本人が言い返すという流れもあったが、今後は本人の側から積極的にそれを出していってほしい。そんな渡部ならぜひ見てみたい。

 もちろん、これは彼一人の力で達成できることではない。今後の仕事の中で、周囲のスタッフや共演する芸人たちが彼をどう扱うかということにもかかっている。本人、共演者、スタッフ、そして視聴者。人々が空気を読み合い、探り合いながら、少しずつまとまった形になって固まっていく。それがタレントの背負うキャラというものだ。

 アップデートされた渡部のキャラがどんなものであれ、それが面白ければそれでいい。一視聴者としては、渡部がこれからどんな面白いことをやってくれるのかを楽しみにしている。

ラリー遠田
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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