「梅宮辰夫」独占手記 アンナ2歳の時に最初のがん、6度の闘病でわかった克服法

6度のがんを経験した梅宮辰夫、発見の経緯やがんとの向き合い方を語る 1回目は74年

記事まとめ

  • 6度ものがんに打ち克った梅宮辰夫が発見の経緯や向き合い方について語った
  • 梅宮の「がん歴」は74年の「睾丸がん」から始まり、当時、娘のアンナはまだ2歳だった
  • 梅宮は、信頼のおける医者の説明に耳を傾けて覚悟を決めたら、すべてを委ねるという

「梅宮辰夫」独占手記 アンナ2歳の時に最初のがん、6度の闘病でわかった克服法

「梅宮辰夫」独占手記 アンナ2歳の時に最初のがん、6度の闘病でわかった克服法

梅宮アンナ

■「梅宮辰夫」芸能界への遺言(2/3)


 御年81の梅宮辰夫の「がん歴」は、1974年の「睾丸がん」から始まる。これが転移しての「肺」、いまから7〜8年前の「胃」、3年前の「十二指腸乳頭部」、そして今回初告白となったのが、昨年9月の「前立腺」、この1月の「尿管」手術と人工透析だった。6度ものがんに打ち克った自身が洗いざらいを話すことで、がんに悩む当事者や家族にエールを送りたいという。

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 80歳を過ぎてから初めてがんを宣告された患者さんは、精神的にかなり落ち込むと思います。たとえ体力に自信があっても、がんと戦うための気力を保つのは至難の業です。

 その点、僕は半世紀近くも前にがんで苦しみ抜いた経験がある。30代半ばで初めてがんに罹ったことは自分の人生を見直す転機にもなりました。

 発端は74年の夏。

 前触れもなく片方の睾丸が腫れ始めたんです。当時、東京・戸越銀座で開業医をしていた親父に相談すると「ただの炎症だから、じきに治るよ」と取り合ってくれなかった。けれど、そのうちにピンポン玉くらいまで腫れ上がって……。親父の飲み仲間の町医者に頼んで切除してもらったんです。

 ところが、摘出した睾丸の状態が異様だというので、親父が総合病院に持ち込んで検査してもらったら、「がんが進行してます」。その上、レントゲン写真を撮ると左の肺に白く丸い影が写っていた。両親は担当医から、

「若いので進行が速く、肺に転移するとかなり厳しい。ひょっとしたら2カ月もたない可能性もある」

 と言われたそうです。


■アンナはまだ2歳


 ちょうど「仁義なき戦い 頂上作戦」が封切られた年で、俳優としても脂が乗り切っていた。しかも、娘のアンナはまだ2歳。当初は両親だけに告知されたんだけど、実家に帰る度に、おふくろが「あなた、体だけは大事にするんだよ」って泣き出すから、すぐに勘づいたんです。

 やはり最初のがんは最もショックが大きくて、当時は後悔の念ばかりでしたよ。こんなことなら結婚するんじゃなかった、子供を作らなければよかった――。四六時中、そんなことばかりが頭を過(よぎ)るんだ。でも、僕は一度決心するとジタバタしない性格だからさ。がんという現実を受け入れてからは早かった。

 俳優という仕事柄、体にメスは入れたくない。代わりに他の治療法は何でもやってやろうと思いました。当時としては最先端の放射線治療に抗がん剤、丸山ワクチンも打ったし、「さるのこしかけ」を煎じて飲んだこともあります。ただ、結果的には医学の力でがんに打ち克つことができた。肺の白い影が消えた時は心の底からホッとしましたよ。

 とはいえ、うちは代々の「がん家系」。親父は5人兄弟ですが、兄弟全員が胃がんで亡くなっている。そのため、「再発」への不安は常にありましたが、それから何度もがんを経験したものの、「再発」はひとつもないんです。そのことは幸運と呼べるかもしれないね。

 友人や知人から「どうやってがんを克服したの?」と尋ねられることも少なくありません。


■がんとの向き合い方


 僕の場合はまず、「がんを踏み潰してやる」といった気負いはなるべく持たない。信頼のおける医者の説明に耳を傾けて覚悟を決めたら、すべてを委ねる。「石にしがみついてでもがんを成敗するぞ」なんて意気込むと、治療の途中で疲れてしまうからね。

 もうひとつ、民間療法を勧める人もいるけど、僕は同意できません。気持ちは分かるんですよ。がんにはどうしても「死」のイメージがつきまとうし、いまの医療に限界があるのも事実。現代医学とは別の方法なら生き残れるんじゃないかと考えるんだろうね。

 でも、僕は全くそう思わない。最初のがんの時に色々と手を尽くしたけど、最も説得力があったのはやはり専門家の言葉だった。実際、医学のお蔭で僕は生き続けることができた。親父が医者だったことも影響していると思います。

 周囲が寄ってたかって励ましの言葉をかけるのも考えものです。患者は勇気を奮い立たせて病気と対峙しているから、過度な励ましをプレッシャーに感じることもあると思う。がん闘病では、患者本人が思い通りのペースで治療に臨むのが何よりも肝心です。そのことを周囲も理解してほしい。

 あと、これは僕の持論だけど、もしもの時にはそれが自分の「寿命」だと受け入れた方がいい。そう考えれば、冷静に物事を判断できるようになるし、むしろ治療に専念する気持ちが湧いてくるんです。

(3)へつづく

「週刊新潮」2019年3月14日号 掲載

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