コカイン逮捕で思い出す「勝新太郎」、保釈のピエール瀧とはスケールが違い過ぎてア然

ピエール瀧被告と比べられない勝新太郎氏のスケール 法廷を舞台に見立て"入りはどう"

記事まとめ

  • ピエール瀧被告が使用していた薬物がコカインと聞くと勝新太郎氏を思い出すとの意見
  • 勝氏は中村玉緒の亡夫で松平健の師匠と言える存在、90年1月に麻薬で逮捕された
  • しかし法廷にて「入りはどうです」と聞くなどを舞台に見立てたほどの"役者"を披露した

コカイン逮捕で思い出す「勝新太郎」、保釈のピエール瀧とはスケールが違い過ぎてア然

コカイン逮捕で思い出す「勝新太郎」、保釈のピエール瀧とはスケールが違い過ぎてア然

1991年ハワイでの逮捕後、帰国する勝新太郎

「この度は私、ピエール瀧の反社会的な行為により、大変多くの皆様にご迷惑とご心配をおかけしてしまいました。誠に申し訳ありませんでした」

 4月4日夜、保釈を認められたピエール瀧容疑者の、警視庁湾岸署を出た際に口にした謝罪の言葉だ。黒に上下に黒のネクタイと、まるで葬儀にでも出席したかのような衣装で、神妙な面持ちで語ったピエール被告。今の時代、こうでもしないと批判は避けられない。

 だが、彼の使用していた薬物がコカインと聞くにつけ、40代以上には思い出さずにはいられない芸能人がいる。

 勝新こと勝新太郎(1931〜1997年)――ご存知ない方には中村玉緒(79)の亡夫、松平健(65)の師匠と言ったほうが、通りがいいかもしれない。「悪名」や「座頭市」、「兵隊やくざ」など多くの映画シリーズで主役を張った銀幕スターである。それと同時に“頭の中は芝居のことばかり”という役者馬鹿として知られる。79年には、かの黒澤明監督(1910〜1998年)の「影武者」の主役も決まっていたが、撮影現場で監督と衝突して降板(仲代達矢[86]が代演)するという“事件”も起こしていた。金には執着せずに豪遊し、豪放磊落、憎めないキャラが人気だった。だが60歳近くにもなってコカイン所持(密輸出)で逮捕。それでも法廷を舞台に見立てたほどの“役者ぶり”をファンは忘れられない――。

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「『座頭市』麻薬で逮捕 勝新太郎容疑者、下着の中に隠し持つ ハワイ」(朝日新聞)

 勝新逮捕のニュースが日本中をかけめぐったのは、平成の世が2年目となったばかりの90年1月17日のことだった。当時を知る芸能記者が振り返る。

「それまでコカインで逮捕された芸能人は、桑名正博(1953〜2012年)くらいしか聞いたことがなかったので驚きました。加えて逮捕されたのが、当時58歳の勝新。もう芸能記者は、誰もが飛びつきました。ことの次第はというと、観光目的で羽田空港から中華航空で米ハワイのホノルル空港(現地時間では16日)に降り立った勝新が、税関カウンターに並んで順番が来るのを待っていると、いきなり税関の係官がやってきて職質を始めたそうです。これに対して勝新が『ちょっとトイレに行きたい』などと拒否したために取り押さえられ、別室で身体検査したところ、パンツの中からコカイン1.75グラム、大麻9.75グラムの入った巾着が出てきた。むろん、不法所持と麻薬密輸の容疑で即逮捕。よく『ハワイから日本に持ち込もうとして捕まった』と誤解している記事やSNSの書き込みがありますが、逆です」

 映画スターがパンツに麻薬を隠し持っていた――それだけでも話題にはなるが、その頃ちょうど彼の身の回りには、事件が多発していた。

「前年の89年、久しぶりに『座頭市』が、彼の製作、監督、脚本、主演で公開されました。この映画で長男の鴈龍(当時は雁龍太郎[54])がデビューするのですが、88年暮れの撮影中に本身(真剣)で相手の役者を刺してしまい死亡するという事故が起きたばかりでした。また、長男は82年と84年に大麻で逮捕されたこともあり、その時には勝新が『俺を欺いた息子には役者の才能がある』とか言ったものだから、親バカと話題になりましたね」(同・芸能記者)

 今度は、勝新がコカインで逮捕というわけだ。しかも彼は、78年にはアヘン26グラム(当時の末端価格で260万円)と吸煙器を処分するよう勝プロダクション所属俳優に頼んだ疑いで書類送検された過去もある。その時の言い分がこれだ。

「イランの貴族から贈られ、社長室に置いていたが、芸能人の大麻事件が相次いだので処分を依頼しただけ……」

 まったく悪びれたところがなかった。放漫経営から会社が倒産しても、暴力団との交際が明るみとなっても、娘が大麻で逮捕されても……勝新はどうにか乗り越えてきた。だが、自身が逮捕となると、まったく事情が違った。


■新CMが1日で打ち切り


「逮捕された1月17日は、日本では勝新の新しいCMがスタートした日でした。この頃、ビール業界ではアサヒスーパードライが売上を急激に伸ばし、キリンが国内シェア5割を割り、いわゆる“ドライ戦争”が勃発していました。これに対しキリンは、それまでの『キリンビール』を『キリンラガービール』と改称。ラガーを浸透させるため、現在のソフトバンク白戸家のようなドラマ形式で、1年がかりのCM『ラ党の人々』の演出を、つかこうへい(1948〜2010)に依頼したのです。キャスティングには、主演の父役に勝新、母役に松坂慶子(66)、長女に手塚理美(57)、その夫に国広富之(65)、次女に富田靖子(50)、その夫にチェッカーズの藤井尚之(54)といった人気者を集めました。それが放送されはじめた日に、主役が逮捕されたわけです。制作費5億円、1年を予定していたCMが、たった1日でお蔵入りとなりました」(同・芸能記者)

 さらに2月からは映画「浪人街」(主演・原田芳雄[1940〜2011])、「孔雀王アシュラ伝説」(主演・阿部寛[54])の公開が控えていた。

「ラガービールのCM補償は5億円とも6億円とも報じられました。映画は準主役だった『浪人街』は8月公開に延期され、『孔雀王アシュラ伝説』は出番がそれほど多くないということでそのまま公開されました。当時、大物俳優の薬物事件を日本のマスコミは連日大きく取り上げましたが、現地のハワイでは、それほど注目されるような事件ではなかったようです。逮捕されたその日に略式起訴で1000ドルの罰金刑で済んでしまったんです。ただ、それで一件落着とはならなかった」(同・芸能記者)

 勝新はすぐに帰国しなかったのだ。罰金刑とはいえ、米国に麻薬を密輸しようとした人間を置いていていいのかを決める審判が残っていたこともあった。1月24日にはホノルルの移民帰化局での“電話”による行政処分を、目と目を合わせて話したいと拒否し、直接の審判を要求。すると、あっさり3月に審判が下されることが決定する。まずはそれで、帰国が延びた―。

 当時はワイドショー真っ盛りである。3月までヒマになった勝新をつかまえようと、日本の報道陣がハワイに乗り込む。単独インタビューに成功したのが、芸能レポーターの梨元勝氏(1944〜2010)だった。

「それまで勝新は、『日本からハワイにコカインを持ち込んだ』と供述したとされていました。ところが、この独占インタビューで、彼は意外なことを言い始めたのです。コカインとマリファナは、機内のトイレの入口で紳士然とした男から『勝さんのファンです。座頭市見てます。いい旅をしてください』と渡された。そのままトイレに入って、中を見ると『これはマズいと思って、そのまま(パンツに)入れちゃった』そうです」(同・芸能記者)

 3月になると、勝新は高等裁判所にリムジンで乗り付けた。サンディエゴからやって来た移民局巡回裁判官から、念願の直接の言い渡しが行われるのだ。結局、再入国禁止となる強制退去命令が下った。この直後に開かれた会見で、あの迷言が飛び出した。

勝新:なぜ、パンツの中に入っていたかわからない。今後は同様の事件を起こさないよう、もうパンツをはかないようにする。

 前出の芸能記者が振り返る。

「『もうパンツははかない』なんて、反省している人の言葉ではない。真面目な記者は怒っていましたが、我々は漫談でも見ているような感じでしたよ。梨本さんだって、ハワイで勝さんとゴルフしたりしていたんですから。結局、勝さんはこの審判を不服として連邦移民局に上訴した。それでまた大幅に帰国が伸びるわけです。なんでもハリウッド映画出演の予定があるとかで、再入国ができなくなるのは困るというのが表向きの理由でした。ただ、帰国して日本で逮捕されるのを恐れての時間稼ぎ、という説が根強かったですね」


■国会で取り上げられる


 そして8月には、ホノルル市内のハワイアン・ビレッジ・ホールで行われた「麻薬、非行防止のためのチャリティ」で講演を行うのである。黒のタキシードで現れた勝新が神妙に語り出す。

勝新:初めてハワイに来てから38年、身近に感じ、愛してきたハワイで今回のような間違いを犯し、ハワイの座頭市ファンの方々に何とお詫びしていいものか。未熟な私に対する神の罰と考えています。日本にいる私の家族、そして私自身も深い悲しみの中にいます。

 もちろんこれで終わらない。

勝新:最初はお受けしたものかどうか迷いましたが、神様がくれた1回のチャンスと思い、OKしました。今、日本、米国をはじめ、地球上の若者たちが麻薬の魔法に取り付かれて苦しんでいます。何とか、助けてあげたい。その一念です。

 自分のことは棚に上げている……かと思えば、

勝新:私は今、この苦しみからどうしたら抜け出せるかわからない。その苦しみを忘れないようにしてくれるもの、それがパンツなんです……。

 会場は爆笑に包まれたという。

 そのころのハワイでの生活ぶりはといえば、〈……悠々自適な生活を送っている。友人所有の「ザ・ロイヤル・キャピタルプラザ」という高級コンドミニアムを基盤に、3月に購入した2万ドル(約300万円)のキャデラックを乗り回し、2日に1回のペースでゴルフ場へ。顔は真っ黒に日焼けし、健康そのもの〉(「日刊スポーツ」90年10月10日付)だったという。

 勝新は、そのままハワイで年を越した。

 1年が過ぎ、91年4月になると、国会で勝新が取り上げられる。4月25日の参議院外務委員会で、社会党(当時)の肥田美代子議員(78)が青少年への薬物問題について質問したときのこと。

肥田:(中略)未成年者の大麻の乱用というのはまさに大人社会の乱用と連動しているように思えるわけです。
 特に最近、芸能人が不正使用して新聞紙上をにぎわすケースが多いのですけれども、一例を引かせていただきますと、俳優の勝新太郎がハワイにおいてコカインと大麻の所持容疑で現行犯逮捕されました。この事件について、現在のところどうなっていますでしょうか。

説明員:昨年の一月十六日に俳優の勝新太郎がホノルルの税関におきまして大麻九・七五グラムとコカイン一・七五グラムを所持していたということで摘発されまして、連邦の地裁から罰金千ドルの判決があったということは承っております。警察といたしましても、これにつきまして関心を持って所要の情報収集を行っているという実情にございます。

肥田:強制退去を命ぜられたということは事実ですか。

説明員:現在のところ、日本に帰ってくるということについてはまだ私ども聞いておりません。

肥田:そういたしますと、もう一年以上たつのですけれども、日本では強制的にこちらに引き渡し請求ができないわけですか。

政府委員:アメリカとの間には犯罪人の引き渡し条約があるわけでございます。その条約の対象犯罪に当たるかどうか、該当するかどうかということでございますが、具体的な捜査等、現在の状況でははっきりその点について申し上げることはできないという状況でございます。
肥田:今おっしゃったことを繰り返しますと、引き渡し条約でこちらが請求するほどに報告書が参ってないということですか、向こうから。

説明員:現在の段階では、引き渡しを求め得るまでの資料はそろっていないという状況であろうと思います。

肥田:これは報道にちょっと寄りかかりながらお尋ねするわけですけれども、日本で所持していたというふうにも書かれておりまして、日本で目こぼししたものがアメリカで検挙されたと。そうしますと、どうも芸能関係の人に日本の警察が甘いのじゃないかという感じを持つのです。

「ここまで言われては、警察も黙っているわけにはいかない。ようやく警視庁が重い腰を上げました。実際、5月に入ると、警視庁の捜査員4人が裏付け資料収集のためにハワイへ向かいました。すると、突然、勝さんも帰国を決めるのです」(同・芸能記者)


■1年半ぶりの帰国


 91年5月12日、実に482日ぶりの帰国となった。帰りの便もやはり中華航空だった。当然、マスコミ陣も同じ便に乗り込み、感想を求めるが、「ただ帰るだけ」とつぶやき、2階のビジネスクラスへと上がっていく勝新……。だが、羽田に着く30分ほど前になると、「言っておきたいことがある」と記者を集めた。すでにベロンベロンに酔っ払っていた勝新、帰国の理由について聞かれると、

勝新:オレが日本に帰るのは兄貴(若山富三郎[1929〜1992])の体が悪いからじゃないんだ。アメリカで今後5年間は仕事をできないから(コカインは日本から持ち込んだのではないと)アピールしたかったんだけど、裁判には時間がかかって仕方ない。そしたら社会党の女の人が「勝の件は青少年のためによくない」と言い出した。でも機内でもらったにせよ、日本でもらったにせよ、オレが悪いことは悪いんだよ。なにも「汚れた顔の天使」のつもりじゃないんだ。

 国会で取り上げられたことを知っているようだ。ちなみに「汚れた顔の天使」とは、1930年代後半に公開された米国映画である。

勝新:誰かがアドバイスしたと言う人もいるけど、飛行機の中で(コカインを)もらったのは本当なんだ。日本から持ってきたと言うけど、オレがどうやって日本でもらったんだよ。警察がオレに「はい、実は日本から持ってきたんです」と言わせるかもしれない。そういうことになるんなら、それはそのほうが早く出られるからなんだ。兄貴に万が一のことがあれば、間に合わなくなる。それなら警察の言い分を認めて「日本から持ってきた」と言えば罪が軽くなるだろう。

 まだまだ続く。

勝新:もしもシナリオを書いたとしても、こんなに長編で面白いものにはならないんじゃないかな。たくさんの人を楽しませただろう。人に迷惑をかけているかもしれないが、マスコミの商売には貢献したはずだ。これからオレが捕まって手錠がかけられる。三浦和義(1947〜2008)みたいな哀れな姿を撮影したいんだろう? 警察がオレを罪にすれば、勝は権力に負けたことになる。でも負けないためにオレは闘うんだ。警察には何もしゃべるなと言われたが、みんな(報道陣)が待っているのがわかったので、いろいろ話した。大統領や総理大臣には代わりがいるだろうが、オレの代わりはいないんだ!

 独壇場である。一説には、機内のテーブルにはビールと共に「推定無罪」の文庫本が置いてあったとか……。ともあれ、482日ぶりに羽田に着いたのは12日の昼過ぎ。

「まず警視庁保安2課の捜査員2人が機内に飛び込み、捜査員に囲まれて勝新も降りてきました。500人近い報道陣が待ち受ける中、紺色のジャケットに白いズボンにサングラス、なぜかやけにツバの広い麦藁帽子を目深にかぶってました。感想を求めると、『帰ってきたゾ』のひと言だけ。カメラのフラッシュが煌々と焚かれる中、舞台の花道を歩くかのように入国管理局へと入っていきました」(同・芸能記者)

 警視庁はすでに米側の捜査報告書、起訴状、判決文、所持していたコカインなども入手し、11日には麻薬取締法と大麻取締法違反(いずれも密輸出)で逮捕状を取っていた。だが、入国を済ませた勝新を、すぐに逮捕はしなかった。任意同行を求め、この日だけで8時間近くの取り調べを行ったが、自宅に帰した。

 以後も連日、任意での出頭を求められ事情聴取に応じていたが、3日目の14日には、母の墓参りに立ち寄ったとして2時間半の遅刻。翌15日も警視庁に赴いたが、4日連続となると、さすがに疲れが出てきたようで、病院へ。16日からは取り調べを拒否した。

「警視庁としては密輸出の事実と麻薬の入手ルートを知りたいわけですが、勝さんは、『もし国内から持ち出したと言えば、相手に迷惑がかかるでしょうね』などと仮定の話を持ち出しながらも、『機内でもらった』と言い張り、口を割らなかったそうです」(同・芸能記者)

 だが、逮捕状にも有効期限がある。最終的に5月21日、勝新は逮捕された。そこでとんでもない発表が警視庁からもたらされる。

「帰国直後に尿検査をしていたそうなのですが、その成分から、帰国前夜のホノルルで、性懲りもなくコカインを吸っていた事実がわかったというのです」(同・芸能記者)

 身柄を送検された勝新は、あくまでも「機内でもらった」と言い張って、日本からの密輸を否定。しかし、検察は機内でもらったという巾着と同じブランドのバックが自宅にあることや、機内で受け取った形跡もないことから、6月12日に麻薬・大麻取締法違反(密輸出)で東京地裁に起訴した。


■初公判で「入りはどうです?」


 7月23日、いよいよ初公判である。のちに「週刊文春」(92年5月14日号)で公開された拘置所内で書かれた勝新の手記(メモ)にはこうある(以下、引用の改行を省略)。

 法廷に入る直前の看守とのやりとりでは、

〈客の入りが気になって、看守さんに、「入りはどうです」「超満員です」〉

 法廷に入った後も、

〈しかし、やっぱり客席が見たい。TVで見なれた顔、顔を大勢見た。梨本リポーターは一番前の席に座っていた。舞台の客とは違うけど、客席から伝わってくる雰囲気は同じだなと思った〉

 勝新にとっては、自分の裁判も舞台なのである。その法廷で注目されたのは供述内容だ。

 検察が明らかにしたものでは、彼はこう供述したという。

「大麻は自分に合っているようで気分が良くなる。食欲が出る。コカインは鼻の周囲がシビれて合わない。覚醒剤はイライラする。LSDは1度だけ」 

 検察で何を言っているのだろう。問われてもいない覚醒剤やLSDについても、麻薬評論家の如く、使用感を披露するとは……。

 検察が懲役2年6カ月を求刑し、実刑やむなしとの声も高まる中、92年3月27日、判決が下された。

 懲役2年6カ月、執行猶予4年。裁判長は「機内でもらった」など勝新の言い分は認めなかったが、執行猶予とした理由を以下のように述べている。

〈長期にわたる薬物の使用歴があるなど悪質。被告は反省の態度も示さず実刑に処す考えもあるが、持ち込んだ量は少量で、この事件により、映画やコマーシャルの仕事を失ったなどの事情もある。今回に限り自力更生の機会を与える〉

 これを聞いて喜んだのは、もちろん被告・勝新である。裁判長にこう言っている。

「ども、ありやとうした!」

 禊ぎの会見は4月17日、全日空ホテルで行われた。金屏風の前に現れた勝新は、黒の和服に袴姿。4月2日に亡くなった兄・若山富三郎の喪に服した格好だった。

――懲役2年6カ月、執行猶予4年の刑についてどう思うか?

勝新:「もっと闘え」なんて声もあるが、執行猶予はオレにとってアカデミー賞をもらったような気分だ。よーし、明日からまた(映画が)やれるとね。

――今でも無罪を主張するか?

勝新:心の中では無罪だと言いたい。だが、飛行機の中でもらおうと、そうでなかろうと、いけないものを持っていたことはいけない。その点では有罪だ。

――控訴を断念したのはどうしてか?

勝新:刑務所にいるよりは、有罪でもここにいて何か作ろうと思っている。だから刑はありがたくお受けしたいし、これをジャンプ台にして明日に向かってデビューしたい。

――麻薬について考え方は変わったか?

勝新:覚醒剤はオレに合わなかったけど、マリファナを吸ってずいぶん助けてもらったのも事実だ。まあ、それが麻薬なんだろうし、やってる人がいたら、やめろと言いたい。もう、麻薬と聞くと、いやだね。

――事件を振り返って、どう思うか?

勝新:ファンの人には、2年間も座頭市が見られなかったのは申し訳ない。しかし、新聞なんかで書かれていることを読むと、自分のことでなければ本当に面白い。きっと、みんなも楽しんでくれただろう。でも、また楽しませてくれって言われれば、それはお断りだね。

 確かにハワイで逮捕された後も、これほど視聴者を楽しませた犯罪者はいない。むしろ出番は増えたような気さえしたものだ。勝新はその後、舞台では夫婦共演するなど話題を提供したが、映画では「焚き火をしてたら大麻も一緒に燃えて村人と一緒に踊り狂う『座頭市』」なんてアイデアもあった(勝新と親交のあったビートたけし[72]談)らしいが、結局「浪人街」が遺作となった。

週刊新潮WEB取材班

2019年4月6日 掲載

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