悪童「ショーケン」逝去 モテ男を培った“おふくろ様”の無償の愛

悪童「ショーケン」逝去 モテ男を培った“おふくろ様”の無償の愛

萩原健一

「永遠の不良少年」と呼ばれたショーケンこと萩原健一が、帰らぬ人となった。プレイボーイで結婚離婚を繰り返し、度々警察の厄介になっても、ファンは惹きつけられ続けた。その魅力を培ったのは、「おふくろ様」の無償の愛だったか。

 萩原は難病のGIST(消化管間質腫瘍)を患い、8年にわたる闘病の末、3月26日に息を引き取った。

 その68年の人生は波乱に満ちたものだった。

 芸能担当記者によれば、

「ショーケンが、ザ・テンプターズでデビューしたのは1967年。その前は、赤坂や六本木などを遊び歩く不良少年で、17歳のときに“丸刈り反対”のストライキを行った挙げ句に高校を中退。その直後、芸能界入りして、一気にスターダムにのし上がりました」

 GSブームを経て、「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事役に抜擢され、その後も「傷だらけの天使」、「前略おふくろ様」などの主役を務め、人気俳優としての地位を確立していった。

 モテ男だっただけに、女性関係も派手だった。

 75年に、モデル女性と結婚し、一人娘をもうけるものの、3年で破綻。80年、いしだあゆみと再婚。間もなく、大麻不法所持で逮捕された挙げ句、懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受けた。

「執行猶予期間中、今度は飲酒運転事故を起こし、再び逮捕。愛想を尽かしたいしだから三行半を突き付けられました。3度目の結婚は96年にヘアメイクの女性と。彼女との結婚生活は割合長く続きましたが、2005年に途中降板した映画の出演料を不当に要求し、恐喝未遂で逮捕された後に離婚しています」(同)

 現在の妻、モデルの冨田リカと4度目の結婚をするのは11年のことである。

「ショーケンは、稀代のトラブルメーカー。でも、男の色気でファンを魅了し、すぐに復帰しても許されてきた。その素地を培ったのは、少年時代の体験にあるのではないでしょうか」(同)

 もともと、萩原は埼玉県与野市(現・さいたま市)の出身。5人きょうだいの末っ子だった。


■お母さん一人


 少年時代の友人によれば、

「ショーケンには兄2人姉2人がいるのですが、その父親は戦死。彼は別の父親との間の私生児として生まれました。実家は鮮魚店を営み、お母さん一人で切り盛りしていた。背が高く、ショーケンそっくりで美人なお母さんでした。ほかのきょうだいと年の離れた末っ子を溺愛していました。ショーケンが売れてきて『3時のあなた』というワイドショーに出演するとなったとき、お母さんもおめかししてテレビ局に出掛けて行ったことがあった。よほど嬉しかったのでしょうね」

 母親が亡くなったのは、萩原が大麻不法所持で逮捕されたころだったという。

「お母さんの体調が悪くなると、面倒を見るためにショーケンはいしださんとともに引っ越してきて、一時期、こっちで暮らしていました。いまは実家もなくなってマンションが建っている。でも、お母さんのお墓は近くのお寺にあって、ショーケンは度々、お参りしていたみたいです」(同)

 ドラマ「前略おふくろ様」のように、母親の無償の愛に見守られ、ショーケンはどこかすねた眼で母性愛をくすぐる男の色気を身に付けられたのか。

「週刊新潮」2019年4月11日号 掲載

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