東野幸治が描く“大木こだま伝説”「 娘の気を引くために嵐の二宮和也になりきった男    」

東野幸治が大木こだまの秘話を明かす 娘のために嵐の二宮和也になりきったことも

記事まとめ

  • 東野幸治が仲間たちの秘話をつづる連載で、大木こだまの驚くほどの子煩悩が語られた
  • 上の娘が嵐の二宮和也の大ファンだったため、髪型や服装を同じにしてなりきったそう
  • 長女が月1回のゴミの日を逃して困っていると、大阪から4時間半かけ回収に行くことも

東野幸治が描く“大木こだま伝説”「 娘の気を引くために嵐の二宮和也になりきった男 」

東野幸治が描く“大木こだま伝説”「 娘の気を引くために嵐の二宮和也になりきった男    」

東野幸治

 東野幸治が仲間たちの秘話をつづる連載「この素晴らしき世界」。今週のタイトルは「チッチキチーな男、大木こだま(3)」。

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 1983年に新コンビを結成し、事務所も移籍した大木こだまさん。再スタートは順調でした。1987年に上方漫才大賞でダウンタウンと一緒に奨励賞を受賞。その9年後の1996年には、同賞の大賞も受賞します。

 この頃、中田カウス師匠がなんばグランド花月の楽屋前のロビーで、こだまさんにニヤニヤと近づき、「なんや、そろそろ金の匂いがしてきたなぁ」と言いながら、こだまさんの全身を舐め回すように嗅いできたこともあったそうです。不思議とそれから忙しくなりお金も稼ぐようになりました。

 その後のこだまさんは絶好調。「往生しまっせ」(ある日、一緒に飲みに行った社長さんの口癖が「往生しまっせ」というもので、その翌日の舞台で相方のひびきさんがネタを忘れたとき、こだまさんが咄嗟に「往生しまっせ」と言うと客席は大ウケ。以来、こだまさんの持ちギャグになった)や、「そんな奴おれへんやろ〜」など、大木こだま・ひびきのしゃべくり漫才からキラーワードもたくさん生まれ、関西の売れっ子漫才師になりました。

 私生活も充実していたこだまさん。結婚後、2人の子宝に恵まれると、新たな一面が顔を出しました。驚くほどの子煩悩だったのです。

 上の娘さんが大学生の頃の話です。嵐の大ファンで特に二宮君が大好きな長女の部屋には、二宮君のポスターがたくさん貼ってある。「お父さん大好きやで〜!」と言ってくれていたあの頃の可愛らしい娘はもういない、こうなったら娘の好きな二宮君と同じになろう!と、こだまさんはカットが2万円もする人気美容室で二宮君と同じ髪型をオーダー。その上、二宮君と同じコーディネートの服を購入し、二宮君になりきって娘の前に現れたそうです。「どや、どっから見てもニノやろ〜」と、あのねちっこい声でささやいたとか……。

 さらに長女が静岡のテレビ局に入社すると、1人暮らしの生活を心配する余り、新大阪駅まで車で送るはずがそのまま静岡まで送ったこともあったそうです。もちろん大阪までトンボ返り、1人で運転して帰ります。

 東京・新宿のルミネの劇場に1日出演する際、1回目の漫才の後、次の出番まで4時間空いていれば、新幹線で静岡の長女の元へ行き、掃除してまた東京に戻って漫才し、そして大阪に帰るそうです。「娘は掃除が苦手やねん。得意な奴がやったらええがな」

 こだまさんは、長女が新幹線に乗る際には、妻さおりさんに見てもらって、隣に誰が乗るかをチェックするそうです。万が一チャラそうな男が隣に座っていると席を替えさせたり、さおりさんに静岡までついていかせたりするそうです。

 長女が月に1回の空き缶や段ボールを捨てるゴミの日を逃してしまい困っていると、大阪から4時間半かけて車を運転して飛んでいき、すべての空き缶や段ボールを回収して大阪まで持って帰るそうです。

 さらに今度は次女が広島のテレビ局に入社しました。こだまさんは更に忙しくなります。娘たちは休ませてくれません。

 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」ばりに、静岡に捨てられずに困っている粗大ゴミがあれば行って大阪に持って帰り、広島に汚い部屋があれば行って綺麗に掃除して大阪に帰り、その合間に漫才をする……。

 そんな生活が楽しくて楽しくて仕方がない様子です。どんな状況でも腐らず一生懸命に頑張る大木こだまさん。性根の腐った私には、とても真似できない生き方です。

東野幸治(ひがしの・こうじ)
1967年生まれ。兵庫県出身。東西問わずテレビを中心に活躍中。著書に『泥の家族』『この間。』がある。

「週刊新潮」2019年4月25日号 掲載

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