死体を蘇らせる! コマユバチに心も身体も操られるイモムシの末路 【えげつない寄生生物】

 ゴキブリを奴隷のように支配したり、泳げないカマキリを入水自殺させたり、アリの脳を支配し最適な場所に誘って殺したり――、あなたはそんな恐ろしい生物をご存じだろうか。「寄生生物」と呼ばれる一見小さな彼らが、自分より大きな宿主を手玉に取り翻弄し、時には死に至らしめる様は、まさに「えげつない!」。そんな寄生者たちの生存戦略に、昆虫・微生物の研究者である成田聡子氏が迫るシリーズ「えげつない寄生生物」。第5回は「イモムシの身も心も操るコマユバチ」です。

■ブードゥー・ワスプについて


 今回、登場するのは、ブードゥー・ワスプ(ブードゥー教のハチ)という俗称のあるコマユバチの1種(Glyptapanteles)です。

 コマユバチは、ハチ目コマユバチ科に属する体長数ミリの小さな寄生バチです。世界で5000種以上見つかっています。日本だけでも300種以上が存在しています。そして、コマユバチ科のすべてのハチがほかの昆虫に寄生する寄生バチです。しかし、ブードゥー・ワスプのように宿主をゾンビ化させてさらに操ることができる寄生バチは特異な存在です。


■ゾンビとして蘇らせる秘術:ブードゥー教


 ブードゥー教は、西アフリカのベナン、カリブ海の島国ハイチやアメリカ南部のニューオーリンズなどで信じられている民間信仰です。ブードゥー教では死体をゾンビとして蘇らせる秘儀があると言われています。

 ゾンビの作り方ですが、まず、ブードゥー教の司祭が罪人に「不自然な死」を与えます。つまり、ゾンビにしたい人間を、まず「殺す」ところから始めます。

 司祭はゾンビ化させる相手に、呪術用の粉(ゾンビパウダー)を与えます。そして仮死状態になったところで一旦埋葬し、後で掘り出して蘇生を待ちます。

 後の研究で、ゾンビのような仮死状態になった人の体内から「テトロドトキシン」が発見されました。テトロドトキシンとはフグ科の魚の内臓に含まれる毒物です。神経を麻痺させるこの毒をゾンビパウダーとして一定量内使用すると、医者でも騙されるほどの仮死状態をつくり出すことができるといいます。

 その後、ゾンビパウダーでの仮死状態から目を覚ましたら、幻覚作用のあるダツラの葉を与えます。神経毒による仮死状態から目覚めた人はマインドコントロールしやすい状態になっており、その後下されたさまざまな命令に従うので、周りから見るとまるで意のままに操られているように見えるのです。

 ここでは簡単に説明しましたが、詳しく知りたい方は、ハイチを訪れたハーバード大学の民族植物学者で文化人類学の専門家でもあるウェイド・デイヴィスが『ゾンビ伝説 ハイチのゾンビの謎に挑む』という著書の中でブードゥー教とゾンビ伝説の謎に迫っているので、是非読んでみてください。


■ブードゥー・ワスプはイモムシの体内に卵を産む


 話をブードゥー・ワスプに戻しましょう。ブードゥー・ワスプはシャクガという蛾の幼虫(イモムシ)の体内に直接卵を産み付けます。1匹のイモムシに産み付ける卵の数は約80個です。

 イモムシの体内に卵を産み付けるという行動は多くの寄生バチで見られます。通常の寄生バチの場合、イモムシの体内で孵化した幼虫たちは生きているイモムシの新鮮な内臓を食べ続け、ハチの幼虫が蛹になるころには寄生していたイモムシは死んでしまいます。しかし、ブードゥー・ワスプの幼虫はイモムシを食べても、死なないようにぎりぎりのところで調節しています。なぜなら、肉を食べるだけでなく、他の用途にも利用するからです。

 ブードゥー・ワスプの幼虫は蛹になるために、イモムシの体を突き破って体内から外側へぞろぞろと出てきます。体の中身をほとんど食べつくされ、その上、体を突き破られたにもかかわらず、イモムシはまだ生きています。

 そして、ブードゥー・ワスプの幼虫たちは、イモムシの体から這い出るとすぐ、その近くで蛹になりますが、そのままでは無防備な状態です。


■ゾンビ化しながらもハチの蛹を守る


 卵を大量に産み付けられ体中を食い荒らされ、ついには体の表面を破られているのですから、さすがにそろそろ死ぬだろうと誰しも思います。しかし、寄生されたイモムシはどういうわけか死にません。その姿は、まるでゾンビです。

 しかも、このイモムシは映画に出てくるゾンビのようにただ闇雲に奇声を発してヨロヨロと動くのではありません。驚くべきことに、自分の体内を食い尽くしたブードゥー・ワスプの蛹を全力で守る行動をし始めるのです。蛹の期間というのは、自分では全く移動ができず一番無防備な時期です。そのため、様々な昆虫が蛹を食べようと狙ってきます。しかし、体中すかすかになったゾンビイモムシは、ブードゥー・ワスプの蛹を狙って昆虫たちが近づいてくると、激しく体を揺すってそれらの昆虫を追い落とします。

 もちろん、このような行動はブードゥー・ワスプに寄生されたイモムシでしか起こりません。寄生されていないイモムシはいたって温厚で、他の昆虫が近づいてきてもぼーっとして追い払う素振りなど見せません。寄生され、ブードゥー・ワスプの蛹の近くにいるイモムシだけがこのように攻撃的な素振りを見せます。イモムシは、ブードゥー・ワスプに自分の肉を提供し、さらに蛹から成虫になるまでの間、必死に彼らを守り続けます。そして、ブードゥー・ワスプが成虫になり一人立ちすると、すべての役目を終え、イモムシは息を引き取ります。


■イモムシを操る方法についてのヒント


 どうやってイモムシの行動を制御しているのか、その詳細はまだ分かっていません。しかし、その手がかりとなる研究はあります。

 ブードゥー・ワスプの蛹を守るゾンビ化したイモムシを解剖してみると、その体内からブードゥー・ワスプの兄弟たちが何匹か見つかったのです。これらのイモムシの体内に留まった兄弟たちが何らかの方法でイモムシの行動を制御している可能性があると推測されています。


■内でも外でも卵にだって寄生するハチたち


 寄生生活を送るハチは数多くいます。種によって植物に寄生するハチや動物に寄生するハチがいます。また、動物の宿主の体の外側に寄生するハチは「外部寄生者」、体の内部に寄生するハチは「内部寄生者」、卵の中に寄生するハチは「卵寄生者」に分類されています。

 この3つの中で「外部寄生」が最も簡単な寄生方法です。まず、ハチの母親は宿主になる昆虫の幼虫や蛹の体の外側に卵を産み付けます。すると、孵化した寄生バチの幼虫は宿主の体の外側から、食いつき、消化液を注入し、宿主の体内組織をちょっとずつどろどろにして外側から吸い取ります。蚊やダニが私たち人間の血や体液を吸うのに似ています。

「内部寄生」は母バチが同じく宿主になる昆虫の幼虫や蛹の体内に産卵します。そして、孵化した寄生バチの幼虫は宿主の体内で生活します。その場合、幼虫が成熟すると宿主の体表に出てくるものと、内部で蛹になるものがあります。

 このやり方は実は最も難しい寄生の種類です。なぜなら、宿主側には寄生バチの卵のような異物が体内に入ってきたときに、それを排除する免疫システムがあるからです。昆虫の体液には人間でいう白血球に相当する血球が存在しています。それらの血球は侵入者を包囲し、皮膜を形成して殺すことができます。では、なぜ、内部寄生が可能な寄生バチがいるのでしょうか。それは、それらの寄生バチが進化の過程で宿主昆虫の血球を何とかして抑え込むことに成功したからです。そのため、内部寄生者は自分専用の1種類の宿主にしか寄生することができず、別の種類の昆虫に寄生することはほとんどありません。

 これに対して、最後の「卵寄生」については、昆虫の卵は幼虫や蛹に比べて血球が未分化なので、比較的簡単に内部寄生することができるからだとわかっています。

※参考文献
Adamo, S., Linn, C., Beckage, N. (1997)  Correlation between changes in host behaviour and octopamine levels in the tobacco hornworm Manduca sexta parasitized by the gregarious braconid parasitoid wasp Cotesia congregata. Journal of Experimental Biology 200 : 117-127.
Brodeur, J., Vet, L.E.M. (1994)  Usurpation of host behaviour by a parasitic wasp.Animal Behaviour 48 : 187-192.
Grosman, A.H., Janssen, A., de Brito, E.F.,Cordeiro, E.G., Colares, F., Fonseca, J.O., Lima, E.R., Pallini, A. and Sabelis, M.W. (2008)  Parasitoid increases survival of its pupae by inducing hosts to fight predators. PLoS ONE 3 : e2276.
『ゾンビ伝説 ハイチのゾンビの謎に挑む』ウェイド・デイヴィス/樋口幸子訳(1998)第三書館

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次回の更新予定日は2019年5月17日(金)です。

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成田聡子(なりた・さとこ)
2007年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
独立行政法人日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核ワクチンの研究に従事。現在、株式会社日本バイオセラピー研究所筑波研究所所長代理。幹細胞を用いた細胞療法、再生医療に従事。著書に『したたかな寄生――脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』(幻冬舎新書) 、『共生細菌の世界――したたかで巧みな宿主操作』(東海大学出版会 フィールドの生物学D)など。

2019年5月3日 掲載

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