妊娠発表の華原朋美 平成の価値観に翻弄された悲劇のプリンセス

妊娠発表の華原朋美 平成の価値観に翻弄された悲劇のプリンセス

華原朋美

 来年はついに東京オリンピック。オリンピックには魔物が棲むというが、平成もまた魔物が棲んでいたように思う。バブル崩壊、就職氷河期、オウム真理教の事件に援助交際、インターネット・SNSの急速な発展。常に「自分の本当の居場所はどこか」と悩ませ続ける魔物のような空気が漂っていた。その時代に翻弄された悲劇のお姫様が華原朋美だった、という印象がある。

 無名のアイドル時代に小室哲哉に見出され、やがて恋人関係に。同じ「TK」のイニシャルの華原朋美に改名し、彼のプロデュースで瞬く間に音楽界を席巻。ラブラブぶりを見せつけながらCDもバンバン売れた黄金時代。若さと美しさ、裕福で才能豊かな恋人、人気者の椅子、贅沢な暮らし。平成の価値観で理想とされる全てを手にしていた朋ちゃん。しかしそんなシンデレラストーリーは、約3年で幕を閉じた。12時を過ぎたシンデレラに用はないとばかりに、朋ちゃんはTKに捨てられて多くを失ったのだった。

 破局後にはガス中毒や薬物中毒などの騒動を起こし、世間の同情と好奇心を買った朋ちゃん。このたび妊娠が発表されたが、本当に良かったと心から思う。母子ともに健康に過ごされることをお祈りします。

 ただ、この執筆段階では結婚は報道されておらず、様々な憶測を呼んでいる。特に目立つのが、彼女のメンタル面を不安視する声である。おそらく、TKとの破局後の様子を重ねて見ている人が多いのだろう。

 一方で彼女のその不安定さが、当時の時代性に合致しトップセールスを叩き出したとも言える。TKをして「涙腺を刺激する声」と言わしめた朋ちゃんは、高音でも豊かに広がる声量と、危うさも感じさせるビブラートのバランスが特徴的だった。そのある種の不安定な声に、心細さや孤独感を描く歌詞が乗って、冒頭に挙げたような「失われた10年」のただ中にガチッとハマったのだろうと感じる。歌声はシリアスなのに、しゃべると「朋ちゃんは〜」「小室さんがね〜」と幼さが全開になるキャラとのギャップも象徴的だ。みんなに愛される、明るく楽しい振る舞い方。でも、時にはそこから外れてしまいたいと思う暗い衝動。そんなやるせなさが充満していた平成初期。

 ちなみに同じ小室プロデュースでも、安室ちゃんは孤独を歌いながらも社会に立ち向かう強さを感じることがあった。でも朋ちゃんはずっと、揺れ動く不安定な乙女という印象だ。それはTKという絶対的な庇護者がいたからこそ、恋愛によりどころを求める受動的な女性という姿が最も適していたのかもしれない。何にせよ、そういう自主性のない危うさは、朋ちゃんの売りでもあったのだ。それが悪い形で出てしまったのが、破局後だったということだろう。


■平成的な価値観に翻弄された華原朋美 令和に願う生き方の変化


 不安定なもの、いつかは終わるものにしか、愛や芸術は宿らない。TKはそう考えるタイプではと、交際女性や音楽の志向の変遷に感じていた。そう考えると彼は朋ちゃんにとって白馬の王子様ではなく、時代を体現する魔物に近かったのかもしれない。

 その後の朋ちゃんの迷走ぶりは周知の通りだ。「小室さんがいたから幸せな私」を発信して爆発的人気をさらった彼女が、「小室さんがいなくても幸せな私」を世間に信じさせる闘いは、大変だっただろう。馬に乗って会見に現れ失笑を買ったり、セミヌードを撮ったり。20年間ずっと手探りし続けて、復帰をしては体調不良を繰り返していた。メンタルを不安視される彼女自身こそ、自分の弱さに誰よりも気づいていた。だから闘い続けたのだろう。

 彼女が健康と引き換えにしても抜け出したかったのは、TKの影だけではなく他者の「いいね」を求める平成的な価値観ではないだろうか。

 自分の外側に華やかな居場所を求めるのでなく、内側に地味でも揺るぎないものを築きたい。何も持っていなくても、自分に自信や自己肯定感を持ちたい。滑稽に見えてもひたむきに闘う姿は、ただ不安がるばかりのお姫様から少しずつ脱皮しているように感じさせた。

 インターネットの発展によって他人との差が嫌でも明確にされた平成時代は、持つ人と持たざる人を分断した。何もなくても自分はこれで良し、と思うのは非常に難しくなった。楽しげな様子や暮らし、博識ぶりをSNSに投稿した後、いいねの数や好意的な反応を期待する。そんな自分に、ふと虚ろな部分を思うことはないだろうか。華原朋美の抜け殻は、大勢の人の心にもまだある気がする。

 しかし時代は令和に変わった。たとえ朋ちゃんが結婚しなくても、高齢出産でも、誰かに批判されても、私は私で良しと、のびのび生きていくことを後押しする時代であって欲しいと願う。そうなれば、他者と比べ疲れて自己肯定感が持てなくなった私たちにとっても、「いつからか自分を誇れるように」と歌う彼女の声が、確かなものとして立ち現れてくるのではないだろうか。

(冨士海ネコ)

2019年5月11日 掲載

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