「令和」の時代はどんなアイドルが売れるのか 業界の名物会長と考える

「歌は世につれ、世は歌につれ」。流行歌は時代と重なり合い、世間も流行歌の影響を受けるという意味だ。同じことはアイドルにも言えるだろう。売れっ子アイドルにはその時代が表れるし、世間はそのアイドルに影響される。さて、新時代・令和はどんなアイドルが売れるのか? 芸能界歴約50年の野田義治・サンズエンタテインメント会長(73)と考える。

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 野田義治氏は昭和から平成にかけて何人ものアイドルを世に送り出し、人気者にしてきた。故堀江しのぶさん、かとうれいこ(50)、雛形あきこ、(41)、MEGUMI(37)山田まりや(39)、小池栄子(38)、佐藤江梨子(37)らである。 これからもアイドルを育てようとしている。 

 では、令和ではどんなアイドルが売れると考えているのか?

「その答えは難しいんですよ。ファンのニーズが多様化していますから」(野田氏)

 なるほど、昭和期の男子の好みはある程度、限定されていた。「健康的な女子」「妹のような女子」「優等生的な女子」――。限られた好みに合致するアイドルを発掘し、育成すればよかった。だが、今は違う。男子の好みは千差万別だ。

「今ほど誰がスターになるのかが分からない時代はないんじゃないかな」

 好みの多様化は平成期の1990年代から始まっていた。だから、制服向上委員会(92年〜)やモーニング娘。(97年〜)などのグループアイドルが次々と生まれた。

「偉大なるキャバクラです」(同、野田氏)

 ファンたちにとっては、グループを追い掛けると、自分好みのアイドルと出会える可能性が高まった。2005年にはAKB48も活動を開始した。

 現代社会を言い表す言葉の一つが多様性(ダイバーシティ)。その流れは止まらないだろうから、グループアイドルの時代もまだ続くに違いない。


■アイドルの歴史を振り返る


 そもそもアイドルとは何かというと、その言葉は「偶像」、あるいは「崇拝される対象」という意味で、初めて使われたのは1971年のこと。のちに山口百恵(60)やキャンディーズを手掛ける敏腕音楽プロデューサー・酒井政利氏(83)が南沙織(64)をデビューさせるとき、キャッチフレーズの一つとして使った。

 過去を検証しないと、現代は解き明かせず、未来も読み通せないので、アイドルの歴史を振り返ってみたい。

「アイドル元年」とも言える71年には小柳ルミ子(66)、天地真理(67)もデビューした。マスコミやファンはこの2人のこともアイドルと呼んだ。72年にデビューした浅丘めぐみ(63)、アグネス・チャン(63)、73年組の山口百恵、桜田淳子(61)、キャンディーズのこともそうだった。これによってアイドルという言葉は瞬く間に定着した。

 70年代アイドルはそれぞれが違った個性を持っていたが、共通のキーワードがあった。「清純」である。本当に清純なのかどうかは別とし、当時のファンたちはアイドルとはそういう存在だと固く信じていた。

「昔はアイドルが男性との交際や交際経験を明かすのはタブーでした」(同、野田氏)

 山口百恵もそうで、三浦友和(67)との交際を約2年間伏せ続け、まずコンサートでファンに公表したのち、婚約した。手順を踏んだのである。ファンへのマナーでもあったのではないか。そして1980年、引退ののちに結婚した。

 一方、今年5月に俳優・廣瀬智紀(32)との結婚を突如宣言した元AKB48の女優・川栄李奈(24)の場合、その結婚発表が電撃的だっただけでなく、デキ婚だった。昭和期なら「順番が違う」と騒ぎになっただろうが、もはやデキ婚は世間で珍しくないので、ファンも冷静に受け止めたようだ。ネット上の反応を見ると、多くが祝福している。やはりアイドルは時代を表す。

 元乃木坂46の衛藤美彩(26)は今年4月、インスタグラムで西武ライオンズの源田壮亮内野手(26)との交際を宣言した。こちらも嘆いたり、非難したりするファンはごく少数派のようだ。

 昭和期のアイドルのファンの中には、アイドルが自分と結婚するという妄想を抱いている者が存在した(とくに子供)。男性アイドルに憧れる女子もそうだった。だが、今はアイドルもファンも現実的なのだろう。


■“貪欲”な聖子


 1980年代アイドルも振り返っておきたい。

 まず挙げなくてはならないのは80年デビューの松田聖子(57)だろう。抜群の歌唱力と伸びのある声、さらに人並み外れた声量を持ち、おまけにルックスがかわいらしかったので、たちまち男子たちは熱を上げた。それだけではなかった。間もなく女子までも声援を送るようになり、街は「聖子ちゃんカット」の女子中高生で溢れた。女子がアイドルに憧れた。後にも先にもない現象だった。

 女子たちはどうして聖子に憧れたのか? 今になって考えると、それは聖子が「主役」だったことが関係しているのではないか。

 70年代アイドルはどこか控えめだったように思う。芸能界内で男性を立てているように映った。なるべく男性の前に出ないようにしていた気がしてならない。

 私生活もそう。たとえば、山口百恵は圧倒的な支持を得ていながら、結婚と同時に引退してしまい、家庭に入った。浅丘めぐみもそうだ。のちにカムバックしたものの、1977年の結婚と同時に引退している。

 一方、聖子はほしいものは貪欲に手に入れようとした。仕事、恋愛、結婚、子供・・・。その姿勢も隠さなかった。百恵と聖子のどちらが正しいかは誰にも決められるものではないが、聖子の生き方に新しい可能性を感じとった女子も少なくなかったのではないだろうか。

 聖子は1986年、神田沙也加(32)を出産する。男女雇用機会均等法が施行された年だ。女性の本格的な社会参画の幕が開いた。聖子はそれに先んじる形で、自主的な育児休暇ののち、ママドルとして芸能界活動を再開した。

 82年デビュー組には小泉今日子(53)、中森明菜(53)がいる。2人のキャラクターは違うが、どちらも現在に至るまで自分流を貫いている印象が強い。「清純」という共通のキーワードのある70年代アイドルには、ややもすると「お人形さん」というイメージもあったが、80年代アイドルにはそれがない。

 そして平成期の90年代に入ると、グループアイドルの時代になるわけだが、もちろんそれぞれには個性がある。たとえば、制服向上委員会は、アイドルにはタブーとされてきた政治問題に踏み込み、脱原発を主張する作品も歌った。

 今は「不登校」という言葉に変わる新用語を募集中なのだそうだ。不登校という言葉にはマイナスのイメージがあると考えているためだという。

「学校だけが居場所じゃない。『不登校』という言葉が子どもたちを傷つけない社会へ。」(制服向上委員会のホームページより)

 1960年代にはフォークシンガーたちが社会の歪みを正そうとしたが、現代はそれをアイドルがやっている。まさに多様化である。


■巨乳を集める気はなかった!?


 アイドル的なおバカタレントの台頭も忘れてはならない。若槻千夏(35)や鈴木奈々(30)らである。そもそもタレントは「才能」という意味なので、これも昭和期なら考えられなかったのではないか?

「いや、売れている『おバカタレント』はみんな頭がいい。自分の立ち位置が分かっています」(同、野田氏)

 90年代はグラビアアイドル全盛期でもあった。仕掛人は野田氏だ。雛形あきこ、MEGUMIらの水着姿が漫画誌などのグラビアを飾り、それによって各誌は売り上げを伸ばした。

「巨乳の子を集めようという気はなかったんですよ。僕の場合、人に嫌われない子を集めている。それが大前提なんです」(同、野田氏)

 性格を重視して発掘と育成をしていたら、結果的に胸の大きい女性がそろったらしい。だが、もうグラビアはやらないという。

「グラビアというものに、以前ほどの力がありませんから。そもそも僕がグラビアをやっていたのは、あくまで本人の名前を広めるためにすぎなかったのです」(同、野田氏) 

 最後に野田氏は懸念を口にした。アイドルとファンの距離が近くなっていることだ。「あまりいいことではないのではないか・・・」。アイドルとファンとの間には、ある程度の距離があったほうがいいと考えている。

 たしかに、そのほうがファンは想像を膨らませ、思いを募らせるかもしれない。なにしろ、「崇拝の対象」なのだから。AKB48らのように「会える」をキャッチフレーズにするアイドルが増えたので、「会えない」を売り物にするアイドルは新鮮かも・・・。

 令和を象徴するアイドルが現れるのは、いつだろう。

野田義治(のだ・よしはる)
1946年生まれ。渡辺プロダクションなどを経て独立。現在も雛形あきこ、MEGUMI、かとうれいこをマネージメントする一方、「都立水商!〜令和〜」(TBS系)に出演中の早乙女ゆう(20)、今年1月公開の映画「神の発明。悪魔の発明」に主演した矢崎希菜(18)、フジテレビ「ワイドナショー」に準レギュラー出演している竹内麗(15)らの育成に力を注いでいる。

高堀冬彦/ライター・エディター
週刊新潮WEB取材班編集

2019年6月16日 掲載

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