「男はつらいよ」メンバーをタヒチ旅行に招待した渥美清の知られざる素顔

 今年は映画「男はつらいよ」の第1作公開から50年。だが、寅さんのことなら知っているけれど、渥美清の素顔は誰も知らない。自宅や事務所に人を近づけなかったとの逸話も数多くある。1996年、68歳で逝った名優のプライバシーは、最期まで鋼鉄のベールで守られていたとされるが……。

「蛾次郎、寅さんの唄は歌えるかい?」

「ええ、歌えます」

 バンドが、お馴染みのイントロを奏でる。

「私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で……」

 聞こえてきたのは、あの声、あの口上。その場の酔客は目を見開き、耳を疑った――。数々の作品で渥美と共演した、佐藤蛾次郎氏(74)の述懐だ。

「渥美さんと2人で六本木のサパークラブに行ったとき、やってくれたんです。『男はつらいよ』の後半期だったので1980年代の終わりごろかな。とにかく、店じゅうがビックリでしたね。これを知り合いに言っても、“嘘だ。渥美さんはそんなことしない”って、誰も信じてくれないんだよ」

 この出来事の少し前には、次のようなこともあった。佐藤氏によると、「寅さんシリーズの20作目のころ」というから、77年(昭和52年)前後であろう。

「渥美さんから突然、タヒチへ行こうと誘われたんです。山田洋次監督とさくらさん(倍賞千恵子)、カメラマンも一緒でした。1週間ほどリゾートでのんびりして、ご飯を食べたり騒いだり。渥美さんが全員の旅費を出してくれました」


■いっさい何もせず


 実はこのタヒチ旅行、倍賞の著作『お兄ちゃん』で、少しだけ触れられている。

〈ご飯を本館のダイニングでいっしょに食べるだけで、あとは一日、自由行動。魚釣りをしたり、舟で観光したり、夜は土地の踊りを見物したりしました〉

 倍賞は海で水着になって泳いでいたという。一行を誘った当の渥美は、

〈いっさい何もせず、顔に日焼け止めのオイル、首に赤ん坊のアセモ用のシッカロールを真っ白に塗って、パジャマ姿で一日中日陰に置いた椅子に深々と体を埋めています〉

 なかなかに珍しい、プライベートの姿だ。渥美は、親友であり、寅さんのテキヤ仲間役を演じた関敬六(故人)ともフラッと海外に出かけていたという。関敬六夫人の恵子さんの話。

「主人が2、3日帰らないから仕事かと思ったら、“渥美やんと旅行してきた”って。たまにアジアのどこかへ行っていたようですね。でも、渥美さんはアフリカの話ばかりしていたんですよ。“草原では民家がないから草むらでトイレをするんだ”とか、フンコロガシのことを“カブトムシみたいなやつが糞を転がしている”とか。だから、アフリカにも行っていたのでは。なにより、ふだんの服もサファリルックが多かったですから」

 先の佐藤氏はこう語る。

「渥美さんは派手な服は着ないし、偉そうなそぶりも見せない。本人としては、プライベートを隠していたというより、淡々と、自然体で過ごしていただけなのではないかと思うんです」

 それもきっと真実に近いのだろう。六本木やタヒチなどで見せたのは、素顔だったのか、それとも……。

「週刊新潮」2019年6月20日号 掲載

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