東京人は知らない「ブラックマヨネーズ」の実力、“大阪愛”でレギュラー番組は8本

■「大阪では無敵」の声


 どこに住んでいるかによって、お笑いコンビ「ブラックマヨネーズ」のイメージは相当に違うかもしれない。それは彼らのレギュラー番組に“特徴”があるからだ。表をご覧いただこう。

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 改めて紹介すれば、ブラックマヨネーズは吉田敬と小杉竜一のコンビ。2人とも1973年、京都市の生まれで、今年で46歳になる。

 共に大阪NSC(吉本総合芸能学院)の13期。1998年にコンビを結成し、2005年、第5回のM-1グランプリで優勝を果たしてブレイクした。ちなみに、第5回の決勝出場者は登場順に、笑い飯、アジアン、南海キャンディーズ、チュートリアル、品川庄司、タイムマシーン3号、麒麟、千鳥という顔ぶれだった。

 表に戻ると、彼らのレギュラー番組は8本。このうち関東に住む視聴者が見られないのが、「村上マヨネーズのツッコませて頂きます!」、「ビーバップ!ハイヒール」、「マヨなか笑人」の3本になる。「ウラマヨ!」も基本は関西ローカル番組だが、こちらはTOKYO MXがネットしている。

 つまり関西に住む視聴者でBSもチェックしていれば、ブラックマヨネーズが8本のレギュラー番組を持っていることを知っている。ところが関東の視聴者でキー局の地上波しか見ない視聴者の場合、3本しか認識していない可能性があるわけだ。

 民放キー局でバラエティ番組の制作に携わっている関係者は、「ブラックマヨネーズの2人は、やっぱり大阪での仕事に力を入れています」と明かす。

「お笑いの世界で“大阪愛”は決して珍しい話ではありません。宝塚市出身の東野幸治さん(51)も関西テレビの『お笑いワイドショー マルコポロリ!』など、在阪局との仕事を大切にしていることで有名です。奈良市育ちの明石家さんまさん(64)も毎日放送の『痛快!明石家電視台』とMBSラジオの『ヤングタウン土曜日』の仕事は続けておられますね。ブラックマヨネーズの場合は吉田さんが大阪のスタッフと細かく打ち合わせを重ねて番組を作っており、局からは厚い信頼が寄せられています」

 関西をテーマにしたネットマガジン「Lmaga.jp(エルマガジェイピー)」は17年12月、「岡村隆史『大阪でやれたら一番いい』」とのインタビュー記事を掲載した。岡村隆史(49)が大阪の仕事に思い入れを語っている場所を引用させていただく。ちなみに岡村は大阪市の生まれだ。

《──そこが一番お聞きしたいところなんですが、東京から見た大阪というのは、芸人にとってやはり魅力的に映るんでしょうか?

 う〜ん、ですね。もともと東京に行きたかったわけじゃないから。友だちもみんな大阪にいるし、天然素材のメンバー(雨上がり決死隊やFUJIWARAら)もみんな大阪やったから。当時、「銀座7丁目劇場」があって、そこに2日にいっぺん出ていたんですけど、全然知らない芸人さんばっかりで。「心斎橋筋2丁目劇場」のときは、楽屋でもみんなとワーってしゃべってたんですけど、「銀座7丁目劇場」の楽屋なんて誰ともしゃべってない。そのときは地獄でしたね。

──地獄、ですか。

 銀座なんて全然知らんし、ごはんを食べに行くにも、なにがあるのかもわからへん。唯一分かるのが「かに道楽」。隙あらば、かにばっか食べていましたね(笑)。

──東京を目指していたわけでもないから、当然なにも知らないですよね。

 そう(笑)。楽しいことがずっとなくて。だから時間ができればすぐ大阪に帰っていたし、ほんま今でも言うてますけど、住民票も大阪に置いたままですし。別に媚びているわけでもないんですけど、大阪の方がやっぱ落ち着くというのは昔からあるんですよね。東京は、仕事をするところ。落ち着かない》
(註:全角数字を半角数字に変えるなど、デイリー新潮の表記スタイルに合わせた)


■“故郷”に帰る関西芸人


 前出のバラエティ番組の関係者は「関西出身のお笑い芸人は、自分たちがキャリアをスタートさせた“故郷”である大阪に戻りたいみたいです」と言う。

「東京に進出して成功し、都内の一等地に豪邸を建てるというのが、芸能界における成功のイメージでした。今でも強固なのは事実ですが、段々とそういう時代ではなくなりつつあるのかもしれません。ブラックマヨネーズの2人は“脱東京”のトップランナーとも言われています。全国区では彼らのライバルはタカアンドトシやチュートリアルですが、大阪でのブラマヨは無敵でしょう」

 ダウンタウンの2人も、浜田雅功(56)が毎日放送の「ごぶごぶ」、松本人志(55)が朝日放送テレビの「松本家の休日」という、関西ローカルで地方局しかネットしていない冠番組を持つ。2人は兵庫県の尼崎市出身だが、これも“故郷愛”の具体例だろう。

「在阪局が制作する番組は企画の自由度が高いですし、撮影現場の雰囲気も快適です。それを“ゆるゆる”と表現することも可能ですが(笑)、芸人の皆さんにとって好きなことを思い切りやれる解放感は筆舌に尽くしがたいでしょう」(同・バラエティ番組の関係者)

 大阪で売れたら、まずは東京に進出してカネ儲け。だが、しっかりとした地位を確保したら再び大阪に戻る。こんな“関西芸人の生活設計”が一般化するかもしれない。

「関西出身の芸人さんは、大阪という街に恩義を感じている方が多いですし、自分の体から“大阪の笑い”が失われたら困る、血肉のものにしておきたい、という感覚は強固なようです」(同・バラエティ番組の関係者)

週刊新潮WEB取材班

2019年7月10日 掲載

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