相武紗季が語る「阪神・淡路大震災」被災体験と「南海トラフ地震」対策

 今後30年以内に70〜80%の確率で起こると言われているのが南海トラフ地震である。しかし、そうは言われても常時、危機意識を保つのは難しい。そこに啓発を促す女優がひとり。阪神・淡路大震災で被災した相武紗季(34)だ。

 相武は母も姉も宝塚歌劇団の卒業生ということで知られ、生まれも兵庫県宝塚市である。その彼女が小学校3年生の時、阪神・淡路大震災に襲われた。

「実家のエリアは被災地の中でも揺れの大きい場所でした」

 と、ご本人が語る。1995年1月17日、地震が起きた日のことだ。

「その瞬間は真っ暗で、2段ベッドで姉と寝ていた私には、何が起こったか全く分からなかった。食器棚などの家具はことごとく倒れ、ピアノはひっくりかえっていました。幸い家族は無事だったのですが、たまたまこたつで寝ていた祖父母の上に大きなタンスが倒れてきた。しかし、タンスがこたつの角にぶつかって止まり、下敷きにならずに済みました。間一髪とはこのことです」

 家の外に一歩出るとすさまじい光景が眼前に広がっていた。

「家の周りはほとんどが全壊か半壊という状態。2階建ての多くは1階が押し潰され、3階建てのマンションは2階が崩れて、1階と3階だけに……。道路には家屋の残骸が散らばって歩けないほどでした」

 彼女の自宅は新築間もない一軒家だったため、倒壊は免れた。

「その後、通っていた小学校が避難所となりました。その体験は今でも胸に深く刻まれていて、日ごろから防災には人一倍気を遣っています」

 2016年に結婚、まもなく2歳になる1児の母として、都内の一軒家に暮らしているが、今も防災への姿勢は変わらない。最近も地震関連のフォーラムにパネリストとして登場しているほどだ。


■防災ようかん


「私は寝室に大きな家具は置きません。また、別の部屋にある背の高い家具は突っ張り棒で必ず固定します。大きな地震の時、家具は倒れるというより、“飛んでくる”感覚に近い。家具の下に敷いて転倒を防ぐシートも売られているので、形状や高さに合わせて選ぶのもいいと思います」

 また、揺れによる被害だけでなく、物資の不足や避難所生活など二次的な被災への備えも万全だ。

「緊急時に持ち出すため、玄関には1日分の食事と水をバッグに入れて置いています。それとは別に缶詰や、水で調理できるお餅やお米などの食材、防寒具、非常用トイレ、ハンドルをまわして充電できるラジオなどを保管しています」

 特にオススメの食材を聞くと、意外なものだった。

「ようかんです。防災ようかんとして売られているものは、カロリーが高く、かつ数年の長期保存が可能なんですよ」

 それだけの準備をしていても、何より防災意識こそが重要だと説く。

「南海トラフ地震は関東にも被害をもたらすと言われています。東京は東日本大震災があった時、交通機関の麻痺や携帯の通信障害が起きた程度でしたから、今も防災意識が低い人が多いと思います。意識を高く持てば、助かる可能性は上がります。私も子どもに“何かあったら室内のここに座るように”と家具から離れた安全な場所を教えています。まだ何も分かっていないですけど、刷りこんでおくことが大事ですよね」

 備えあれば憂いなし。人気女優は火事場の馬鹿力をアテにはしないのである。

「週刊新潮」2019年8月15・22日号 掲載

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