上の子がアスペルガー? 下の子がカサンドラ? 止まらない負の連鎖

「カサンドラ症候群」(以下、カサンドラ)とは、発達障害の一種・自閉スペクトラム症=ASD(旧診断基準名の「アスペルガー症候群」〈以下アスペルガー〉を含む)の夫や妻、あるいはパートナーとのコミュニケーションが上手くいかないことによって発生する心身の不調です。特に夫婦関係で多く起こると言われていますが、最近ではASDの家族や職場・友人関係などを持つ人に幅広く起こり得ることが知られています。

 本連載「私ってカサンドラ!?」では、カサンドラに陥ったアラフォー女性ライターが、自らの体験や当事者や医療関係者等への取材を通して、知られざるカサンドラの実態と病理を解き明かします。前回に引き続き、カサンドラの臨床に携わる臨床心理士の滝口のぞみ先生への取材の様子をお届けします。

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■きょうだい間でもカサンドラになる


「返事をしてほしい」など、普通の態度で頼んでいる間は無視し続ける癖に、我慢できなくなって私が感情的になったら怒り狂った元夫。

「なんて?お酢なんかをかけるんた?、信し?られない! 料理人が作ったものに調味料を足すのは失礼だろう!」と怒り狂っておいて、「あなたこそマヨネーズと唐辛子を何にでもかけるのにハマってるじゃない」と言い返されれば「俺の食べ方に文句があるのか!」と切れた。

 子どもが泣けば、口癖のように「悪いママですね〜」と私のせいにしてあやし、「嫌だからやめて」と言えば執拗に繰り返した。

 自分のやっていることが人を怒らせることであることはわからないのに、怒られるのは嫌がる。自分のしたことと同じことをやり返されるのは不愉快に感じる。「嫌だからやめて」と言われたことに関して、じゃあこれはどうだ? とばかりに細かい部分を変えてなんども同じことをする。

 されたことに傷付いたのはもちろんだが、傷付いたことをどれだけ訴えても、彼に全く理解されないのが恐ろしかった。

 どれだけ時間をかけて説明しても伝わらないことがある、話しても分かり合えないことがある。この事実を認めるには時間がかかる。

 少なくとも、一人の人との一つのトラブルだけでは「分かり合えない」なんて断じることはできない。

 だから同じやり取りを繰り返し「本当にまったくちっとも分かり合えない」という新しい真理を飲み込んで、自分がカサンドラであることを自覚する頃には同じ部分をえぐられ続けた心の傷はグズグズになっている。精神的にボロボロなのだ。

 そして自分がカサンドラであることを自覚し、どうやったって分かり合えない人がいると思い知ったとき、今までは見えていなかったその「分かり合えない」人たちが元夫以外にも結構な割合で存在することが見えてくるようになる。

「あ、これはもしかして」とピンと来るときは、その相手とのやりとりに問題が起こり、相手が怒り始めたときだ。

「そんなつもりじゃない」と、なんとか自分の真意を伝えようとしてももう遅い。相手の怒りを和らげることはできないし、相手はこちらのせいで怒っていると言う。

 フラッシュバックを起こし、パニックになりながら、第三者に意見を聞こうとする。

「私がおかしいの?」

 でも普通の人は、実際に何がどのような順番で起こったのかなどという細かい部分には興味を示さず、もちろん事実の検証もしてくれない。そして決まって言うのだ。

「そんなに誰かを怒らせるなんて(もしくはそんなことになるなんて)あなた一体何したの?」である。

 その質問に耐えられるカサンドラがいるだろうか。

 そう言われた場で感情的に乱れ、第三者になんとかわかってもらおうと「相手が悪い」と捲し立てたら最後、トラブルメーカーの烙印を押されて社会的に終了する。だからカサンドラは孤立するのだ。

 しかもだ。

「あ、これはもしかして」と、我が子に感じるケースも少なくない。


■カンが強く怒りっぽい性質かと思いきや


 離婚してしばらく経ち、生活がやっと落ち着いてきたと思ったら、今度は子どもたちのきょうだい喧嘩が目立つようになった。下の子が大きくなり言葉でやりとりできるようになったら喧嘩がこじれるようになったのだ。下の子が上の子にギャンギャン噛み付いていく。

 怒鳴り合いが聞こえてきたと思ったら、止めに入る間もなく上の子が悲鳴をあげて泣き出す。「痛い〜〜」と泣きながら押さえた腕には、歯型がクッキリ残っている。

 文字通り、噛み付くのだ。

 最初は下の子のカンが強く、怒りっぽい性質の子なのかと思った。

 ところが一体何にそんなに怒っているのか注意して観察するようになるとある事実が見えてきた。

 まず、階段。

 前にいた下の子が勢いよく階段を登りだすと、後ろにいたはずの上の子がつられて駆け出し押しのけて追い越していく。そして必ず「勝った〜!」と言う。

 家の廊下。

 廊下でなぜかグルグル回っている上の子。振り回した手が下の子に当たり「痛い」と言われるも、キョトンとして無視する。またグルグル回る、もう一度当たる。「ぶたないで」と下の子に言われ、「ぶってないよ」と言い返す。「ぶったじゃん!」「ぶってないよ」「ぶったじゃん!」……。

 アニメを見ていて。

 順番に見たいアニメを見ていた筈が、下の子の番なのに上の子が勝手に早送りをする。「飛ばさないで!」と言うも、アニメに夢中のせいか無視。「飛ばさないで!!」と少し大きな声を出しても無視。「飛ばさないでって言ってるでしょ!! !!」とリモコンに手を伸ばしたところで、ハッとして「やめてっ」と下の子の手を振り払い……。

 おもちゃ。

 遊んでいる相手の手元が気になったらもう我慢できない上の子。「貸して」という言葉と同時に強引に奪い取ってしまう。お友達はびっくりしても我慢してくれるが、下の子はそうはいかない。

 このままではヤバイと思った。

 上の子には言って聞かせて、その場では「うん」とわかったように返事をするが、何度も何度も全く同じことを繰り返す。

 繰り返すたびに下の子の怒りが沸点に達する速度は速くなっていく。

 色んな人に相談して、違和感を説明するも、

「気にし過ぎ、下の子が怒り過ぎ、母親としても干渉し過ぎ」と言われてしまう。

 上の子はマイペースでニコニコしている。けれど下の子は常に怒り狂って叫んでいる。

 上の子と元夫が猛烈にかぶり、下の子の様子がまるで自分のことのように見える。

 しまいにはきょうだい喧嘩を見るたびに冷や汗が止まらず、息が苦しくなるようになった。冷静に対処することなど出来ない。


■他者の意図が分からなくて被害的に解釈


「お子さんも元ご主人も、こっちの気持ちを『◯◯で嫌だからやめて』と説明しても『(自分のしていることが)間違っているって言うのか!』ってなってしまうんですね。それで説明しても結局議論では勝てないことが起こると思います」

 とおっしゃるのは臨床心理士の滝口のぞみ先生だ。

「私や宮尾(益知)先生(どんぐり発達クリニック院長)が大人の発達障害とカサンドラにアドバンテージがあったなと思うのは、子どもをたくさん見ていたことです。

 子どもはまだ、やられたらやり返して良いと思っています。元ご主人が電車の中で足を踏まれたら踏み返すなんてエピソード、そこから彼がサイコかサイコじゃないかの判断はつかないけれど、子どもなら同様のエピソードはいくらでもあるんです。

 ASDの子が肩をポンポン叩かれたら、相手の意図が分からずその手を振り払うなど。

 ですから元ご主人のエピソードのひとつひとつは、ASDの子どもには見られるものです。

 他者の行動の意図が分からないと、状況要因であっても相手が意図したことと捉えて被害的に解釈してしまう。他の人が、自分に対してわざとやってるに違いない、って思ってしまうので、反撃する自分の行動には正当な理由がある。

 幼少期の発達特性の特徴を知らないと大人の発達障害はよくわからないかもしれない、ということは宮尾先生とはよく話します。ASDの子どもを見ていると、問題の夫たちに通じる理論展開を見ることができます」

 そこで、子どもに対しては「質的に良い解釈を入れてあげる」というアプローチをするのだという。

「相手から見たらという他者視点を含む状況の解釈を伝えていく。あとは前提を修正する。例えば鬼ごっこは勝つのが目的ではなく、勝ったり負けたりするものだ、と。だから『負けることにも意味がある』と」

 元夫に対しても同じという。

「話し合いというのは妥協点を見つけることなんですと言います。するとご主人たちは驚きます、話し合いは勝ち負けだと思ってるから。

 二人がお互い納得できるベストな妥協点を探すことが目的であると、先に話し合いを定義する必要があるんです」

 話し合いがどちらが正しいかの勝負だと思っている夫が、妻を彼の理屈で論駁しようとすることに対して、ひとつひとつ論破しようとしても勝てないのです。なぜならそれは「相手の作ったテストに答えるようなものだから、答えは相手しか知らず、必ず間違えます」と滝口先生。

 それよりまず、「話し合い」が何かを伝えなくてはならず、さらに世の中は勝ち負けではないということを理解してもらわなくてはいけない。

 両者にASD傾向が強ければ、子どもとその父親の問題点が似て見えるというのは当然なのである。ASD傾向の子と?もとその父親の問題点か?似て見えて当たり前なことが知られていない。

 夫からの被害があればあるほど、そうなってしまわないように過度に子どもを責めてしまう。

 カサンドラである母親は、そんな風に夫と子どもを重ねてしまう自分のことを余計に責めることになる。

「この子がこの人のようになったらどうしよう」

 強烈に心配なのに、そんな気持ちを抱く自分を許せないのだ。

〈次回につづく〉

星之林丹(ほしの・りんたん)
1982年、東京都生まれ。結婚を機に制作会社を退職してフリーランスに。6年で離婚、2児の母。

2019年9月23日 掲載

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