少年野球の子どもたちの顔が「暗い」理由――慶應義塾高校野球部を甲子園出場に導いた前監督が自戒を込めつつ分析

 少年野球の“パパコーチ”として過ごす筆者の土日。夕方5時前、そろそろ練習終了かという頃に始まるダッシュ、5本、10本――「苦しさを乗り越えろ」とばかりに続く。

 アップ、キャッチボール、打撃練習、守備練習、紅白戦等々、すでに子どもたちは疲れていそうである。「みんな、自分から取り組んでいる感覚はあるんだろうか。“やらされ練習”になっているんじゃないか」と毎回不安になるのである。

 鍛えるのは悪くないのだけれども、要するに“やらされ”ムードに違和感がある。「泣き言なんか言うならやめちまえ、軟弱野郎!」と言われそうだ。しかし泣き言(違和感)は取材の原動力。で、取材してみた。

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■医師の訴え「少年野球がたいへんなことに!」


「少年野球の子どもたちの顔、暗いですよね。『何でもっとキャッキャ言ってやらないんだろう』って思いますよ」

 そう話すのは、慶應義塾高校(以下、慶應)野球部前監督で、2005年、45年ぶりの甲子園出場に導いた上田誠さんである。上田さんは、2015年に監督退任後、少年野球の現場を見て回った。少年野球の選手を診ている医師たちの声に促されたからである。「少年野球、たいへんなことになっています。子どもの肘を手術しているんです!」

 実際、現場を見て唖然とすることの連続だったという。たとえば指導者の罵声。「なんでストライク入らねえんだッ」等々。タバコを吸いながらの指導。1日4試合もするチーム。3試合に投げた選手がもう1試合にはキャッチャーで出場したり。打者は一球一球、監督の顔色を窺うようにサインを確認する……。

「高校野球の指導者として、僕もひどいことをしてきたんですが」と悔いつつ、「ここまではしなかったなと。たとえば(少年野球の指導者は)ものすごく『上から目線』で話しますよね。でも子どもを怒鳴ったら失敗を恐れて萎縮してしまう」と負の一面を指摘する。

■年間230試合を“自慢”する指導者


 上田さんが講演をしたときのこと。「ありえない」例として年間180試合もこなす少年野球チームについて言及したところ、講演後の懇親会でこう言ってくる人がいた。「先生、ウチは230試合やっているよッ」

 少年野球チームのベテラン指導者らしかった。自慢げだったのだが、「異様です。1年365日、どうやって230試合もやるのかと思いました」(上田さん)

 間違いなく、酷使が生じているはず。酷使するのは医学の知識がないから、罵声を浴びせるのは、スポーツ心理学の知識がないから。そこで2017年、上田さんは、指導者への情報提供のためにと「神奈川学童野球指導者セミナー」を立ち上げた(学童野球とは軟式のボールを使うもので、少年野球と同義)。

 肘や肩のケガ、熱中症対策など、子どもたちを支える医師、高校や大学といった上位のカテゴリーの指導者、元プロ野球選手の講演からなるセミナーを開催している。年1回のセミナーに初回は500人、2回目は600人ほどが集まったという。

 でも来てくれるのは、時代に合った方法を模索する“良い指導者”であるらしい。「230試合もやっているチームの指導者は来てくれないんです。指導者の世代交代はなくて、必要な知識やトレーニング方法がなかなか浸透しません」(上田さん)

「俺のようなベテランにもう勉強は不要だ!」ということなのか。

 以下は“パパコーチ”の印象論である。

 罵声を排したコーチング、酷使の予防を含めたコンディショニングといった新しい知識に関心があるのは、ベテランの指導者より、“パパコーチ”の方である。子育ては今とこれからの社会を意識してせざるを得ない。だから時代の変化には敏感になる。また社会人としてはパワハラNGが叫ばれるただ中にいるから、罵声が熱心さや愛情に基づく指導だとは到底思えない。

 一方、ベテラン指導者の中には仕事から引退している人も少なくないはず。そうした方面には暗くなりがちなのではと思ったりする。

 上田さんがこう言う。「少年野球はずっと“放置”されてきたところなんですよね」

 放置というのは、外部からの視線にさらされる機会が少なかった状況を指す。以前取材した関係者は「少年野球は最後の無法地帯ですよね」と断言していた。私がそのことを話すと上田さんは笑いつつ、「治外法権です、本当に」と言うのだった。


■なぜか誤解される「根性」の正体


 上田さんが指導者として薫陶を受けたのが、慶應義塾大学野球部監督(当時)の前田祐吉さん(故人)である。筆者は前田さんが書いたものを、高校時代に読んだ。日本の野球に修行的要素が強い背景を解き明かしていた。こんな感じだったと記憶する。「明治以降に輸入された野球は、スポーツ――本来は楽しむもの――という概念がなかった日本において武道に根を下ろし、野球道となった」

 野球には武道のように「型」を覚えるための「素振り」がある。サッカーにはシュート練習のために足を空振りするトレーニングはあるのかな? そして野球のデフォルトは長時間練習。これは艱難辛苦に耐える力を培うためなのか? 加えて圧迫的な指導にくじけることなくがんばらねばならない。

「でもな、長時間練習に耐え、罵声のような重圧にも負けない根性を身につけないと野球選手としてはもちろん、立派な社会人になれないんだッ」

 そんな「忠告」をしたくなる方もいるだろう。でも、と上田さんは言う。「長時間練習をしたり、罵声指導を受けたりしなくても根性はつく。そもそも根性に対する誤解がある。人から強制され、それに耐えることでつくのが本当の根性ではないんです。うまくなりたいと思って、自分で工夫して練習する。それを地道に継続する。それが根性をつける唯一の方法だと思います」

「根性」を辞書で引けば「苦しさに耐えて成し遂げようとする強い精神力」(『大辞泉』)とある。他人から強制される意味合いはない。

「全体の練習は2、3時間でも構わない。少年野球ももっと個人練習の機会を設ければ良いんです。プロ野球選手のキャンプはそういう感じですよね。慶應の監督をしていたとき、選手自身が考えて工夫することの大切さを言ったら、『慶應だからできるんです。うちの子たちに考えさせたら何するかわかったもんじゃない』とよく言われました」

 なるほど、“偏差値が高い”選手たちだからという指摘はありそうである。「ところが『うちはできない』と言う指導者に限って、実際にはそういう機会をつくっていない。本来ならカテゴリーが下になるほど、個人練習をたくさんやらないと、うまくならないはずなんですが」


■大人こそ勉強するべきである


“パパコーチ”になって筆者が感じたのは、うまくなる練習の方法を、自分が知らないことである。「野球をやるのと教えるのは違う」と日々、痛感するのである。

「オマエが下手だったからだろッ」とまた罵声が飛んできそうだけれども、指導者も“パパコーチ”も、多くが「投げる」「打つ」「捕る」の基本的なスキルを向上させる方法をあまり知らないのではと筆者は思っている。

 せいぜい言えるのは、原則論、すなわち「投げる」→「肘をあげろ!」「打つ」→「ボールをよく見ろ!」「捕る」→「正面に入れ!」くらいじゃないかなあ。

 原則論では上達しない子もいるのだが、そうした選手を量の練習(=長時間)で底上げすることも可能である。そんな感じで強くなっているのだろうと思えるチームを見ることもある。

 とはいえハードな日々に付き合う親はたいへんだ……「『金曜日になったらノイローゼになる』と話すお母さんに会いましたよ。明日から土日だ、朝は5時半集合で、練習中はお茶当番。気持ちがふさぐそうです」(上田さん)

 チームで終日練習しなくてもうまくなる方法があればなあ。上田さんは言う。「大人が勉強をすることです。それで『こんな個人練習の仕方があるよ』と子どもに教えてあげればいいんです。それでチームでつくった個人練習の時間に、『守備をしたければ俺のところへ来いよ』『打撃なら、あっちのコーチのところに行って』とかやれば良いでしょう」

 自分で課題を見つけて解決する。課題解決力になるな。何だか今っぽい。


■成長しない選手の特徴とは


「じゃあ、修行僧のように全員で耐え忍んで練習をする必要は……」と尋ねる私に、「子どもには必要ないでしょう、まったく」と即答であった。

「自分で決めた練習をやり続けるように仕向ける」ことが指導者の能力だと上田さんは言う。朝から暗くなるまで練習して、最後に「集合!」と言われて「オマエら気合いが足りねえぞッ」と言われるような軍隊的なムードと、自分で考え続けて知恵を絞ってうまくなるのとどちらがいいか。

「『アンタの罵声じゃうまくならねえよ』ってことです(笑)。高校でも大学でも、伸びない選手の共通点はある。下のカテゴリーで、ガチガチの『やらされ練習』をしてきた選手です。どうも日本の野球は、練習とは指導者の言いなりにやるものだと思っている。これだとカテゴリーが上がるほどダメなんですよ」

 でも自分で考えて試行錯誤する経験を重ねていれば、成長も頭打ちにならないはずである。


■野球人口減少の危機


 先に紹介した神奈川学童野球指導者セミナーを立ち上げたとき、上田さんには野球人口減少に対する危機感があった。

「9年前、神奈川県の少年野球チームは2千くらいあったんです。それが去年は800、今年は560くらいになってしまって。もう……先が怖いです」と上田さんは打ち明ける。

 上田さんの見立てでは、今後、少年野球チームは二極化するという。ひとつは全国大会に出場するような強豪。対極には練習も緩めで試合には勝てないチーム。

 むむ……。

 大会などで強豪を見ると、人数はそれなりにいる。こういうところは、「わが子を甲子園に」とがんばる親にも支えられ今後も人気を保ちそう。でも上田さんは、「そんなチームでも持たなくなるんじゃないですか」と少し悲観的だった。

 上田さんの教え子の中には、少年野球の指導者として活動している人もいて、そのうちの一人が都大会出場チーム選手の“その後”を追跡調査したところ、7割が中学校で野球を続けていなかったという。

「都大会に出場したら、上でやりたいってなるだろうと思うんですが、ほとんどやらないと。なぜか? 中学校の野球部(軟式)は盛んではないし、シニアやボーイズ(硬式球を使うクラブチーム)はお金がかかるし、親が共働きだとそこまで手伝えなくて、そうなると部活でできる他のスポーツを選ぶんじゃないでしょうか」(上田さん)


■高校野球が担うべき役割


 上田さんがこうした状況に対して提案するのは、高校野球関係者の関与を通したすそ野の拡大である。「各都道府県の高野連が普及活動をする。野球をやっていない子も集めて、全国一斉に“ベースボールデー”と銘打って、その日はみんな“試合禁止”にしてね(笑)」

 世間の注目が高い高校野球。その動きは少年野球の人口減少を食い止め、その世界も変えるファクターになり得る。それが上田さんの考えである。「新潟県の高野連が球数制限のことを言い出したら、有識者会議につながって、球数制限の議論が進みましたよね。飛びすぎるバットも良くないという話にまで広がっています。これは良いきっかけになったんです」

 球数制限は、少年野球にもある。これに対する意識は、やはり高校野球での議論が「降りて」来ているのかなと思うことがある。

「私もそうでしたが、『甲子園が目の前』みたいになったら冷静には判断できません。同じようなことが、トーナメントが続く少年野球の指導者の間でもあると思うんです。だからこそ指導者の知識や良心に任せるのでなく、組織として決めていくことが大事なんです」

 そうだ、高校野球の存在感は圧倒的なのだ。高校野球や高野連を悪玉扱いする論調を見かけないこともないが、野球振興に大きな役割があることも間違いない。

 息子が少年野球をやるのもあと数年。高校野球における好ましい変化が少年野球に及んで、少しずつ、筆者の違和感が解消されると良いなあ。そう“パパコーチ”として思うのである。

池谷玄(いけたに・げん)
四十路のライター。趣味はプロ即戦力候補が格安で見られる大学野球の観戦。球歴はソフトボールから少年野球、中学野球部、高校の野球部(硬式)まで。最近好きな選手は福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手。

2019年10月26日 掲載

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