「菊池桃子」の再婚報道、ワイドショーが元姑「五月みどり」に触れない深い事情

■過去にはCMで共演


 11月4日、菊池桃子(51)はブログを更新、経済産業省で経済産業政策局長を務める新原浩朗氏(60)との結婚を発表した。たちまち芸能メディアは、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

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 だが、民放キー局で番組制作に携わるベテランスタッフは、菊池の結婚を報じるワイドショーを見ながら違和感を覚えたという。「五月みどりさん(80)の名前が全く出てこなかったからです」と、その理由を説明する。

「経産省の新原局長は初婚だそうですが、菊池桃子さんは再婚。95年に入籍した西川哲さん(51)が最初の夫でした。当時の西川さんはプロゴルファーで、92年には約5100万円の賞金を獲得。若手ゴルファーの注目株でした。さらに芸能メディアも西川さんに注目したのは、母親が女優でタレントの五月みどりさんだったからです」

 菊池と西川氏は93年にゴルフのプロアマ戦でラウンドしたことがきっかけで、交際するようになった。発覚した時の報道を見てみよう。

 日刊スポーツが94年4月6日に掲載した「菊池桃子 西川哲とホットな交際も結婚否定 ドラマ、CM来年までギッシリ」には、以下のような記述がある。(註:引用部分は全てデイリー新潮の表記法に合わせた。引用文の年齢は当時。以下同)

《互いに両親も紹介し合った。「もし、二人の仲が公になった場合、家族にも取材の人が行くから迷惑がかかる。土台である身内が分からないと困るので、ちゃんと紹介しました」。西川の母の歌手五月みどり(54)に紹介された際には「頑張って」と笑顔で応援されたという。「彼の家族も、私の家族も、みんなが笑顔で応援してくれるので、うれしいですね」》

 前出のベテランスタッフは、民放キー局が、まるで申し合わせたように、五月みどりの名前を“封印”したように感じたという。

「ニュース番組なら分かります。それこそ前の夫さえ、可能な限り触れないようにしていた番組もあったほどです。しかしワイドショーは、西川さんについて言及していたにもかかわらず、彼の母親である五月さんの名前は伏せました。これは実に意外でしたね」

 報道の場合は、やはり内容の公益性やニュース価値が厳しく問われる。何でも放送すればいいというものではない。しかしワイドショーは、視聴者のニーズに応えることが極めて重要だ。

「そもそも菊池さんと五月さんは、仲のいい嫁姑として話題でした。テレビ局には多くの映像が残っているはずですし、ワイドショーの視聴者層である60代以上の男女にも関心を持ってもらえるに違いありません。ところが不思議なことに、ワイドショーはそろって沈黙を貫いたのです」(同・ベテランスタッフ)

■五月みどりに忖度?


 データーベースで「菊池桃子 五月みどり 嫁姑」でスポーツ紙の過去記事を検索してみると、3本がヒットした。重複を除いた残り2紙の見出しをご覧いただこう。

◇「菊池桃子、五月みどりと嫁姑共演CM――ミツカン『追いがつおつゆ』」(スポーツニッポン:05年6月24日)

◇「歌手の五月みどりとタレントの菊池桃子がイベント出演、嫁姑問題は良好」(日刊スポーツ:05年12月11日)

 ベテランスタッフは「昔の下世話だけれど、パワーで押し切るようなワイドショーは終わってしまったのでしょうか」と嘆くのだが、しかしながら詳しく調べてみると、離婚時、2人は決して良好な関係ではなかった可能性が出てきた。

 菊池が西川氏との離婚を発表したのは12年1月。17年という結婚生活を経ての破局という点も注目を集めた。結局、本人たちの口から離婚の理由が語られることはなかったが、多くの芸能メディアは「元夫の借金と浮気が原因」との報道を繰り返した。芸能担当記者が解説する。

「菊池さんは慰謝料も養育費も受け取らずに離婚したと報じられましたが、それは当時の西川さんが借金で大変だったからです。雑誌『婦人公論』は12年5月7日号で、五月みどりさんのインタビュー記事『息子の離婚は残念に思うけれど「お金を貸して」と泣きつかれても、私は絶対に援助しません』を掲載しました。母親が厳しい態度で接しなければならないほど、西川さんはお金に困っていたのでしょう」

 さらに「NEWSポストセブン」は、12年8月3日、「離婚した菊池桃子 元姑の五月みどりに相談も援助拒否される」の記事を掲載した。もとは「女性セブン」同年8月16日号に掲載されたものだ。重要な部分を引用しよう。

《周知のとおり、西川の母は五月みどり(72才)だ。元姑である五月にとって、離婚したとはいえ、菊池の子供はかわいい孫であることに変わりない。

「桃子さんとしては、生活を援助してもらおうというのではなく、元のご主人の借金を含め、今後どうしたらいいか相談したかったんだと思います。でも、その話を聞いた五月さんは『どんな状況であろうとも私は手助けしません』と相談に乗らなかったそうです」(前出・芸能関係者)》

 五月は実の息子にも義理の娘にも、平等に接したとは言えるかもしれない。「安易に頼ってもらっては困る」という“愛の鞭”だった可能性はあるだろう。だが「NEWSポストセブン」の記事を読むと、義母の厳しさを菊池がどう受け止めたのかという疑問は残る。

 前出のベテランスタッフは「菊池さんが西川さんと離婚すると、五月さんと菊池さんが距離を置くようになったのは事実だと思います」と振り返りながら、新しい可能性を指摘する。

「ワイドショーが忖度したのは五月さんではなく、西川さんの父親だった故・西川幸男さん(1925〜2012)ではないでしょうか。芸能事務所の会長であり、文字通り芸能界の“ドン”として君臨した人ですからね」


■あの周防社長も社員だった


 西川会長は1945年、20歳の若さで浪曲の興行会社を興す。そして49年に村田英雄(1929〜2002)を迎えたことから一気に存在感を増していく。

 58年に「新栄プロダクション」を設立。同社の公式サイトには「創業より村田英雄をはじめ、北島三郎、新川二朗、五月みどり、山田太郎、大月みやこ、西川峰子、小松みどり、藤圭子、西尾夕紀など世に送り出してまいりました」とある。まさに錚々たる顔ぶれだ。

 芸能界に関心を持つ人なら、現在の“ドン”はバーニングプロダクションの周防郁雄社長(78)であることはご存知だろう。

 講談社のニュースサイト「現代ビジネス」は16年11月30日、ノンフィクションライター田崎健太氏(51)の署名記事「バーニング社長・周防郁雄氏が初めて語る『芸能界と私』」を掲載した。元は「週刊現代」同年11月26日号に掲載されたものだが、ここで周防社長は、芸能界の第一歩を「新栄プロダクション」でスタートさせたと振り返っている。

《周防がまず芸能界で働いたのは、新栄プロダクションという演歌専門のプロダクションだった。

 新栄プロは、'58年に設立された、浪花節専門プロダクション「西川興行社」を前身としている。その後、浪曲師だった村田英雄が『無法松の一生』で演歌歌手としてデビューしたのに合わせて新栄プロと改名した。

「新栄の(西川幸男)社長の家に住み込んで、村田さん、バンドと一緒に年間100日ぐらいは地方をドサ回りしていました。マネージャーの下について仕事を覚えるわけです。給料も安かったですが、自分で車を運転して荷物を運んだり、サイン色紙を売ったり、とにかく何でもやった」

 村田は、'61年11月発売の『王将』が100万枚を売り上げるヒットとなり、人気歌手の仲間入りをすることになった。さらに翌年には北島三郎がデビューし『なみだ船』で人気を博した。こうした歌手の面倒を見るのが周防の仕事だった》(註:文章の冒頭が1字下げになっていないのは原文ママ)

 西川会長は12年12月に間質性肺炎で死去、密葬を経て、13年2月に本葬が台東区の東本願寺で行われた。葬儀委員長は作曲家の船村徹(1932〜2017)が務め、副委員長は周防社長。西川会長は、いわば“ドンのドン”だったわけだ。今でも威光が残っているとしても全く不思議はない。

 西川会長と最初の妻との間に生まれた子供が、歌手の山田太郎(71)だ。65年の「新聞少年」がヒットして紅白にも出場したと言えば、ご存知の方も多いだろう。現在は歌手としての活動も続けながら、西川賢として「新栄プロダクション」の社長も務めている。

 西川会長が次に結婚したのが五月みどりであり、生まれた子供が西川哲氏。つまり西川兄弟は異母兄弟ということになる。西川会長と五月は71年に離婚。西川哲氏は当時、3歳だったという。

 菊池にとっては義父だった西川会長が、どれほど“ドン”だったのかを今に伝える記事が2つある。それぞれご紹介しよう。

 最初は日刊スポーツが93年5月に報じた「92年度 高額納税者番付発表 新栄プロ・西川社長、土地売却で52億円」の記事だ。実のところ見出しだけで内容が分かるわけだが、一応、本文も引用させていただく。

《芸能プロでは村田英雄(64)大月みやこ(47)などが所属する(株)新栄プロダクション会長の西川幸男氏(67)が、4億3224万円の納税額(推定年収8億7228万円)で全国52位にランキングされた。主な所得が土地の売却によるものとみられる》


■テレビ局が忖度!?


 次も日刊スポーツで、こちらは「西川哲 菊池桃子との結婚延期 招待客をめぐり父と決裂」という95年3月の記事だ。西川会長の権勢がリアルに描かれているため、少し長くなるが引用させていただく。

《プロゴルファー西川哲(26)と女優菊池桃子(26)の結婚式が延期されることが8日、明らかになった。4月24日に東京・港区の新高輪プリンスホテルで青木功夫妻を媒酌人に行われる予定だったが、西川家で挙式の方法などをめぐりトラブルが起き、異例の挙式延期となった。桃子はその心労から7日に十二指腸潰瘍穿孔(かいようせんこう)で吐血し倒れ、都内の病院に緊急入院した。約4週間の入院加療が必要。関係者によると、挙式は12月か来年1月に延期されるという。

 挙式延期は西川と、西川の実父で大手芸能事務所「新栄プロダクション」の西川幸男会長(69)が、挙式をめぐり意見が対立したことに端を発する。

 関係者によると、招待状の発送期限の今月3日に、西川家で最後の打ち合わせが行われた。この際、西川会長と西川の間で主賓、乾杯の音頭など招待者の人選で口論となった。西川会長は古くから芸能界で確固たる地位を築いてきた人物で、芸能界では絶大な力を持つ。交友関係は各界に及び、招待者の割合は菊池側に比べ、西川サイドが圧倒的多数を占めていた。

 これに対し西川が「自分たちのやりたいように式を挙げたい」と申し出て、西川会長が決めていた主賓や乾杯の音頭を取る人などの変更を求めた。「今あるのは、さまざまな人の支えや尽力があってのこと」が信条の西川会長は、「生意気なことを言うんじゃない」と激怒した》

 背景には、西川がプロゴルファーとして不振に悩んでいたこともあったようだ。事実、西川はデビュー当時の輝きを取り戻すことはなく、2010年代は実質的な引退という状態になっている。ちなみに現在は、JRAのクラブ法人「東京サラブレッドレーシング」の代表を務め、競走馬のファンド事業を展開している。父親の西川会長も、生前は馬主として知られていた。

「こうして考えてみると、五月みどりさんにとっても、西川哲さんにとっても、西川会長の謦咳に接した現役の芸能関係者にとっても、菊池さんと西川さんが結婚し、五月さんが義母だったことを触れられるのは、嫌なのかもしれません。そうでなくとも、『万が一、揉めたら大変だ』とワイドショー側が忖度し、自主規制したということでしょう」(同・ベテランスタッフ)

週刊新潮WEB取材班

2019年11月15日 掲載

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