Nスぺ「ボクの自学ノート」の不思議な魅力はどうやって生まれたか

 一本のドキュメンタリー番組が異例の展開でアンコール放送されることになった。いや正確に言えば、わずか半年あまりで7度目の放送となる。
11月30日に「NHKスペシャル」(21時〜NHK総合)で放送される「ボクの自学ノート〜7年間の小さな大冒険〜」がその番組だ。

「NHKスペシャル」というと、大河ドラマと並ぶ同局の看板番組。まさにNHKが総力をあげて制作したドキュメンタリーが放送されるイメージだが、この番組はいささか風合いや経緯が異なる。企画・制作はNHK関連会社のNHKエデュケーショナルで、もともとは「BS1スペシャル」として5月に放送された番組なのだ。放送後の大きな反響を受けて、NHK「BS1」で4度も再放送され、7月には地上波の「Eテレ」でも再放送された。

 その番組内容は、かなりユニークだ。大きな反響を呼んだといっても、世間を揺るがす大スクープが含まれているわけでもなく、有名人が多数出演するわけでもない。はっきり言って、かなり地味な番組なのである。「NHKスペシャル」のHPから内容紹介を引用しよう。

〈自らテーマを見つけて学ぶ「自学」を小3〜中3までの7年間、人知れず続けた少年の記録。昨年の「子どもノンフィクション文学賞」大賞作を基に描くドキュメンタリー。

 リリー・フランキーやノンフィクション作家の最相葉月が称賛する中3男子の作文が密かな話題を呼んでいる。昨年の「子どもノンフィクション文学賞」で大賞に輝いた、北九州市在住の梅田明日佳くんの作文だ。

 なぜ、彼は「自学」を人知れず続けたのか。彼に起きた数々の“奇跡”とは──。

 地域の大人との交流を通して成長した7年間の軌跡を彼の「自学ノート」から紐解く〉

「えっ、子どもの成長記録がそんなに面白いの?」と思う人もいるだろう。実際にこの番組は内容紹介の通り、梅田明日佳くんという少年の「自学」の様子やその過程で出会った大人たち、そして母親の話で構成されている。大きなドラマがあるわけではなく、好奇心旺盛な子どもの7年間の日常が描かれているだけだ。しかし、これまで何度も再放送されるほどの番組だけあって、見始めると目が離せず、不思議な魅力に満ちあふれた作品なのだ。

 この番組のディレクターは、NHKエデュケーショナルの佐々木健一氏。これまでに「ケンボー先生と山田先生〜辞書に人生を捧げた二人の男〜」(NHK BSプレミアム)、「えん罪弁護士」などの「ブレイブ 勇敢なる者」シリーズ(NHK総合)などを企画・制作し、ギャラクシー賞や放送文化基金賞、ATP賞など各賞を受賞。それまでほぼ無名だった人物に焦点をあて、“面白い”ドキュメンタリーを作り上げる手腕で高く評価されている。

 なぜ、派手ではない題材を取り上げながら、面白い作品を作り続けられるのか。佐々木氏は著書『「面白い」のつくりかた』(新潮新書)で、独自の視点や仕事術を明かしている。

 よくドキュメンタリーでは、「その日、明日佳君は○○をしました」といったナレーションがつくが、この作品には一切ない。その代わり、明日佳君が書いた作文の文章をそのままナレーションにしている。それは、いわば明日佳君の「心の声」といった風だ。ありきたりなナレーションを多用しないのには、明確な理由があるという。

〈良質な作品を創るには、「いかに観客に多くの情報を受け取ってもらうか」が重要なのです。そうした視点で捉えると、実は、「ナレーションがない方が観客が受け取る情報量は多い」ということになり得るのです。(略)

 元々一つの映像やシーンには、様々な情報が無数にちりばめられています。例えば、出演者の表情や息づかい、暮らしぶりや他の人との関係性、別なシーンとの関連など、挙げれば切りがないほど情報であふれているのです。

 そこへナレーションが加えられると、(略)観客が受け取る情報は、「ナレーションで読まれた文章(に付随する映像)」に限定されてしまう恐れがあるのです。ナレーションという手法は、下手なやり方だとかえって(観客が受け取る)情報量を減らし、作品の質の低下を招いてしまうのです〉

 明日佳君に対するインタビューも、よく聞くと佐々木氏の声も一緒に収録されている。これにも狙いがある。

〈私は、取材相手との“関係性の変化”、あるいは“関係性そのもの”を見せる(記録する)ことが、人物ドキュメンタリーの醍醐味ではないかと捉えています。実際、取材対象との間に一定の緊張関係があるからこそ撮影できるシーンもあるからです。(略)

 ちなみに、ドキュメンタリー番組では通常、ディレクターの姿は極力映り込まないようにし、質問などの声も編集でカットすることが多いのですが、私はあえて自分やロケスタッフの姿が映り込むシーンを使い、質問の声も生かした編集をしています。それは、「取材相手との関係性(の変化)を示しながら見せる」という明確な演出意図があるからです。だから、あえて視聴者にも取材者の存在を意識させる作りにしています〉

 同じことがらも、見せ方ひとつで「面白い」か「面白くない」かが分かれる。ありのままを見せているようにみえるドキュメンタリーも、実はひとつひとつの演出が計算し尽くされているのだ。

 もし、この番組を見て「面白い」と感じたら、その「面白い」は、制作者の直感や思いつき、芸術的センスだけから生まれたものではなく、佐々木氏が長年にわたって培った技術や論理に基づいて構築された作品だからだ。

デイリー新潮編集部

2019年11月29日 掲載

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