氷川きよし「男らしさ強いられ自殺も考えた」生きづらい胸の内を初告白

氷川きよし「男らしさ強いられ自殺も考えた」生きづらい胸の内を初告白

氷川きよし

 夏目漱石は『草枕』で〈とかくに人の世は住みにくい〉と嘆き、続けて〈どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画(え)が出来る〉と書いた。翻って「演歌の貴公子」もその境地に至ったのか。本誌(「週刊新潮」)の直撃取材で初告白した「生きづらい」胸の内とは――。

 小さい頃は、ナヨっとして女の子っぽかったから、よく「オンナ!」とか「オカマ!」ってイジメられて苦労したこともあった。

 そういう風に言われてきたから、自分をさらけ出したらダメだと。お芝居をやっても男の子らしくしようとか、「みんな一緒にさせる」という世間のルールに沿って生きてきた。どうしても、人と違っていると貶められ、イジメられるのが日本じゃないですか。

 だからデビューさせていただいてからも、演歌の世界で、男の世界で生きていこうとやってきたけれど、なにか違うと思っていて……。私には私の生き方があるし、みんなはみんなの生き方がある、それでいいんじゃないかって。

〈そう語るのは、歌手の氷川きよし。齢42となった今年は、「箱根八里の半次郎」でデビューしてから20年目の節目を迎えて、演歌の枠を超えた音楽活動が話題である。

 3月発売の「大丈夫/最上の船頭」は25万枚を超えるヒットを飛ばし、7月には日本武道館で20周年記念コンサートを盛大に開催。続く大阪城ホールでは、演歌歌手としては初の単独公演を成し遂げる一方で、ポップスをはじめロックなどのジャンルにも挑戦し、ビジュアル系バンドと見紛う風貌で絶唱してもいるのだ。

 遂には人気アニメ「ドラゴンボール超(スーパー)」の主題歌である「限界突破×サバイバー」を歌った本人映像が、SNSのツイッターのトレンドで世界4位を記録するなど、新たなファンを開拓している。

 さらに世間が度肝を抜かれたのは、自身のインスタグラムである。細眉にアイシャドーをばっちりキメた妖艶なメイクで、純白のウェディングドレスを彷彿とさせる衣装に身を包む。また、今夏のプロ野球・ヤクルト対阪神戦が行われた神宮球場の始球式でも、ミニパンツ姿でマウンドに上がり、ムダ毛が一切ない生足を披露するなど、フェミニンな魅力を振りまいているのだ。〉

 ミニパンでしょ。自分で言うのもなんだけど、アタシ足がきれいなの。キレイすぎて困っちゃうわ(笑)。

(容姿がフェミニンになってきたことについては)ええ、よく言われます。キレイと言われるのは嬉しいけど、逆にブスって言われるのはつらい。性格ブスにもなりたくないから。悪口でも何でも受け入れられる度量のある人になりたい。

〈これまで、華麗な「演歌の貴公子」と呼ばれ、世のマダムたちから黄色い声援を浴びてきた彼が、なぜズンドコ築き上げてきた歌手像を変貌させるに至ったのか。そのワケを、今回、本誌の直撃取材を受けて、初めて告白するのだった。〉

 やっぱりデビューして20年経ったことが大きい。自分の中で、10年じゃまだ生意気だけど、20年でようやく歌手として成人を迎えたような感じがしてきて。これまでは、本当の自分を出さないように、出さないように生きてきた。女性っぽさとか透明感とか、美について自分は色々な見せ方を持っていても、出しちゃダメと思いながら、精一杯頑張ってきた。けれど、素直な気持ちを言わず生きてきたって思いも募って……。

 みんなが求める「氷川きよし」に徹してきたけど、40歳を過ぎて、人としてもっと表現の幅を広げたいという気持ち。そもそも演歌というのは様式美、つまり、こうあるべきという型がある。日本独特の素晴らしい音楽だけれど、その中に収まらない「自分の性分」というものもあって――。


■男らしく生きて


 美輪明宏さんも、自分と同じ九州の出身で、長崎では“女っぽい”からって色々イジメにもあっていた。そういう話を聞いていたので、昨年から「ヨイトマケの唄」をカバーさせていただくようになったんです。でも、世間が求める「氷川きよし」の姿とは違う。あくまで「演歌の王道」を歩んで欲しい、男らしく生きて欲しいって言われると、自殺したくなっちゃうから、つらくて……。

〈冒頭で彼が口にした通り、幼少期からのつらい体験があったがゆえに、決して公にはしてこなかった内に秘める「自殺願望」を抱き続けてきたと明かす。〉

 子供時代は、ナイーブだったし貧乏だったから。自分は生きていちゃダメなんだと思ってしまうくらい、コンプレックスを抱え続けてきた。もちろん、これまで歌わせていただいてきて本当に有難かったんですけど、楽しいと思えたことは正直なかったのかなって。周囲のプレッシャーがあって、期待に応えようと思うほど、体調を崩したり具合が悪くなって、パニックを起こして精神的に落ち込んだりしたので……。

〈年を追うごとに高まる演歌歌手としての評価が、生きる上での重圧として跳ね返ってきていた。だからこそ自分を解放したい。表現方法を巡っては、所属事務所との間で軋轢が生じたと報じられたこともあったが、実際はどうなのだろう。〉

 そこは事務所の社長も、“きーちゃんらしく生きていった方がいいね”って言ってくれた。社長は海外で暮らしていたこともあって寛容な人。それはすごく有難いことで、みんなが支えてくれて、本当の自分のことを理解してくれた。ファンの皆さんにも感謝、只々(ただただ)感謝の2文字です。

 だから20年経ってようやく歌が楽しいと思えるようになった。今みたいに自分に素直に生きるようになってからはすごく幸せ。自分という存在が裸になっても、私らしく生きていればいいじゃない。より自分らしく生きることが大事で、そうなった時本当に輝けるのだと思う。

 とにかく日本中のみんなが、「氷川きよし」ってどこかアレしているけど、ああいう人みたいに生きていけるかも、頑張れるかもって思ってもらえればいい。

 今までの苦難も含めて全部をさらけ出し、歌にのせて表現することで、こんな私でもここまで頑張って生きてこられたんだ。そう伝えるのが歌手としての使命。人生の後半は、それを表現していく生き方をしたいなって。

 40過ぎてどう生きるかと考えた際、もう世間にどう言われようが、足蹴にされようが、しっかり確信をもって表現していこうと決意した。もちろん、今後もみんなが求める「氷川きよし」もやっていきたいけれど、ひとつの色だけではまとめられない。さまざまな色を出しながら、表現していきたいなって思うんです。

〈嫋(たお)やかな語り口調で、胸に秘めたる「生きづらさ」から脱皮したと明かす氷川。次なる大舞台は20年連続出場となる大晦日のNHK紅白歌合戦だ。果たしてどんな「色」をお茶の間に見せてくれるのか――。〉

「週刊新潮」2019年12月19日号 掲載

関連記事(外部サイト)