蛭子能収さんに聞く バス旅降板の真相、太川陽介との仲、お金が欲しい理由……

蛭子能収、『バス旅』降板の真相や今後を語る 「物欲はないけどお金は欲しい」

記事まとめ

  • 蛭子能収は『ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z』を卒業した現在、イラストを描いている
  • 自身の画風を“ヘタウマ”と言われることに「いいネーミングだと思います」と語る
  • 今後については「静かに生きていければ…物欲もないし。ただお金は欲しい」と述べた

蛭子能収さんに聞く バス旅降板の真相、太川陽介との仲、お金が欲しい理由……

蛭子能収さんに聞く バス旅降板の真相、太川陽介との仲、お金が欲しい理由……

蛭子能収

 1月4日、「ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z」(テレビ東京)をご覧になった方の中には、やっぱり太川陽介(61)と蛭子能収(72)のコンビじゃないと……と思った方も少なくないのではないか。残念ながら、「太川蛭子の旅バラ」は昨年12月25日に最終回を迎えた。終了の理由は、「歩くのが辛い」という蛭子さんの希望……。とはいえ、彼が昨年10月に上梓した「死にたくない 一億総終活時代の人生観」(角川新書)には、《とにかく働いていれば調子がどんどん上向くタイプ》とある。真意はどこにあるのか――本人に聞いてみた。

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蛭子:あ、どうもどうも、すいません……。

――テレビで見る通り、小心者っぽい笑顔で、低姿勢の蛭子さんである。「旅バラ」を終えて、現在はどのような生活を?

蛭子:今は毎月、イラストを描いています。連載は月5本くらいです。漫画はほとんど書いてません(笑)。

――著書には、《漫画家・蛭子能収のストレスは漫画を描くこと》とある。

蛭子:そうなんですよね。だから好きじゃなかったというか……。

――アイデアが出てこないともあったが?

蛭子:昔は、夢で見たことを、起きたら鉛筆でメモして、それで書いていたことがありましたね。

――今は夢を見ない?

蛭子:ぐっすり寝てます。朝は7時頃起きて、夜10時には寝てます。布団に入ったらすぐ寝ます。今はもう、漫画を書くこと自体が辛くて。時間もかかるしね、書き上げると達成感はあるんだけど。テレビに出始めちゃうとね、テレビのほうが全然儲かるから……。

――“ヘタウマ”と呼ばれたことについては、どう思っているのか。

蛭子:いいネーミングだと思いますよ。だけど、オレの場合は、ただの下手なんだけど。

――人を殺したり、燃やしたり、残酷な作品も多かった。

蛭子:売れないから、他の人が書くような漫画じゃダメだと思って……。殺すなら、より残酷に。現実にいる人を悪者に仕立てて書くこともよくありましたね。でも、文句を言われても、これは漫画だし、何もあなたのことを書いたわけではない、と言えますから。

――そんな過激そうな漫画家がテレビに出てきたら、小心者っぽいおじさんだった。

蛭子:テレビに出たら漫画も売れると思ったら、かえって売れなくなっちゃった。編集者が言うには、作品とのギャップがあると。あんな漫画を書く人が、普通のおじさんだったので、ファンが離れたそうです。ただ、テレビ出演で収入は増えましたけどね(笑)。


■太川との仲


――新著「死にたくない」には、番組で歩くから健康でいられるといった記述がある。だが、発行の翌月には、降板を発表したのはなぜか。

蛭子:やっぱり72歳で10キロも歩くのはキツいです。それに寒いところばっかり、ロケ行くんですよ……(笑)。何のために歩いているのか分からなくなるんです。ハーハー息も上がっちゃうしね。歩いたからといって、ゴールに何かあるわけでもないし。

――一応、ご褒美という扱いで、おいしい料理とか混浴とかあったが。

蛭子:混浴なんかしたくないよ、みんなの前で。

――最初からキツかった?

蛭子:最初の頃もキツかったですけど、12キロくらい痩せてから、少し楽になった。でも最後のほうはまた辛くなった。

――太川さんとの本当の仲は? 番組内では喧嘩のような言い合いもあったが。

蛭子:喧嘩はしてないよ。言い合いなんて、したかなあ。

マネージャー:昔、加藤紀子さんがゲストの回で、太川さんが怒って、「もうホントにあったま、きた。今日でこの番組終わります」っておっしゃったことがありましたよ。すると、「それは困るよ、仕事なくなっちゃう」って言ったましたよ。

蛭子:覚えてないなあ……。

――太川さんが怒っているときは何を考えているんですか?

蛭子:いや、冗談で言っているんだろうな、と。仲が悪いわけではないですよ。ただ、歩くのが辛かった……。

――蛭子研究家を自認する漫画家の根本敬さんや、浅草キッドなど、蛭子さんのことを面白おかしく言っているが、それは気になるのか。

蛭子:いえ、そんなことはないです。宣伝になるし、むしろありがたいですよ。あの人たち、仲間みたいなもんですから。まあ、あんまり付き合いはないけれども……。

――しかし、蛭子さんにサインをもらうと事故に遭うという伝説もある。ビートたけしさんもその一人といわれているが?

蛭子:えー誰が言うのよ。そうかあ。でもそれだって、記事にしてもらえたらありがとうという感じですかね。

――バラエティでは笑われる側になっていることは?

蛭子:それはもう、まったく気にしないです。笑わすことができたということで、喜ぶくらいです。それだけ喜んでもらえればいいことですよ。嫌なのは、叩かれたり、暴力を受けるようなことは嫌です。だから苦手な人もいます。

――芸能人にですか?

蛭子:いや、芸能人のなかにもいるとは思いますけど、誰とは言えませんよ。それに、あんまり、オレを叩くような人もいないですし。年を取ってきてますから、遠慮もあるのかもしれない。

――かつて、高橋英樹さんが蛭子さんに対してだけキツく当たったことが、記事になったこともあったが。

蛭子:オレもわかんないけど、高橋さんのほうが年上だからね。親しみも込めて「蛭子!」って言っていると思うんだけど、違うのかなあ。

――葬式で笑ってしまうと言うのは本当なのか。

蛭子:そうですね、なんか儀式みたいのが、すごく苦手なんです。みんながかしこまっていると、なんだかクスクス笑ってしまうんですね。


■ブラック蛭子


――「死にたくない」には、時折、笑顔の裏に潜む“ブラック蛭子”が現れる。その一部を抜粋してみよう。

《僕には、とにかく「人とは争わない」という大原則がある》

《誰かに殺されないためにも、できるだけ余計なことをせず、できるだけ人から恨まれないようにもする。つまり徹底して無抵抗であろうと決めたのです。》

《僕は、他人に対して余計なことも言わないし、余計な頼みごとなどもしません。たとえなにか不快なことを言われても、まったく反論すらしません。これが他人に好かれるための、少なくとも嫌われないための王道だと確信しています。》

《もちろん、人によっては喧嘩や言い合いをすることで、お互いがわかり合えたり、認め合えたりすることもあるかもしれない。そういう関係であれば友達もいいものなのかもしれませんが、僕はそんな面倒なものは、そもそもない方がいいと考える人間です。》

――シニカルとも、超越した個人主義とも受け取れる内容である。そもそも、蛭子さんは普段からこんな考え方をしているのだろうか。

蛭子:あー、そんなこと書いてましたっけ。でも、それは間違いなく、いつも思っていることです。

――いつ頃から、そんな考え方をするようになったのか。

蛭子:中学の頃にイジメを受けたせいもあるのかもしれない。イジメは、ちょろちょろちょろちょろ受けていましたからね。なるべくいじめられないようにどうしたらいいかは考えて過ごしていたというか……自分はイジメの対象になりたくはない、でも人を助ける勇気もない。なんか、割と迷うというか、恥ずかしい生き方をしたかな、とは思います。そんなにひどくはないけれど、世の中の一般の人と較べて虐げられたほうなのかもしれない。でも、わかんないな、どう感じるかは人それぞれですから。

――蛭子さんは、虐げられたことを強く受け止めるタイプなのだろうか。

蛭子:いやあ、オレねえ、いじめられたことが恥ずかしいっていう気持ちが強いんです。使いっ走りさせられたりしたけど、あんまり抵抗しないんです。命じられた通りに動いて、それが過ぎるのを待つというか。情けないんですけど。でも、今の子供たちのようなイジメではなかったですからね。今の子は、自殺まで追い込むような、後先のことも考えないようなことをしますからね。相手が死んでしまったら、いじめたほうもぞっとするんじゃないでしょうか。

――いじめられた頃から、「死にたくない」と思うようになっていった?

蛭子:そうですね、とにかく、生きているほうがすごい面白い。死んでしまったら、楽しみもない。せっかく生まれてきたんだから。


■死にたくない


――著書の中には《『人間には寿命もあるのだろうし、そろそろ死んでもしょうがないのかな』とちょっとだけ思えるように》なったとあるが。

蛭子:やっぱり死にたくない。死ななきゃ、とにかく楽しいことはありますから。絶対それを経験したほうがいい。生きてりゃあ、どっかで楽しいことはありますよ。辛いとことのほうが多いと言う人もいるかもしれないけど、なんだろうな……とにかく悪いことばっかじゃない、と思います。

――競艇は今も通っているのか?

蛭子:以前に比べたら、全然行かなくなりました。

――お小遣い制になったから?

蛭子:それもあるし、自分自身でも十分行ったので、昔ほどは楽しめなくなった。行き過ぎて、競艇の刺激も薄れてきたのかなあ。

――公営ギャンブルには競馬や競輪など他にもあるが、なぜ競艇なのか。

蛭子:出身が長崎で、大村は競艇発祥の地ですからね。“スリル、スピード、高配当”ってキャッチフレーズが看板に大きく書いてありました。競艇が身近にあったんです。

――“帯封(100万円)”を獲るのが夢と聞いたが。

蛭子:無理ですね。80万円が最高ですね。昔はパチンコも好きだったんですけどね。あとは麻雀かな。

――賭け麻雀で捕まったこともあった。

蛭子:だから今は、健康麻雀。捕まってから、賭けてはいませんよ。それも、昔ほど面白くなくなったかもしれない。

――謝罪会見では「もう二度とやりません。賭けてもいいです」とも言っていたが。

蛭子:え? そんなこと言った? 自惚れてたのかな。

――今、一番、楽しいのは?

蛭子:そうですね……やっぱり競艇ですかね(笑)。だけど勝てないんですよ、全然。それがちょっと……。

――「死にたくない」には、《年齢とともにいつのまにか積み重ねていたプライドをあっさりと捨て去るだけで、「より豊かな人生」という果実が得られる》との名言も出てくる。

蛭子:オレそんなこと書いた?(笑) でもまあ、全然と言っていいほど、プライドはないと思います。プライドよりも1食のメシですね。お腹は減ってなくても、時間通り食べます。酒もたばこもやりませんからね。食べ過ぎには気いつけてます。

――今後は何をやっていくつもり?

蛭子:静かに生きていければ……物欲もないですし。ただ、お金は欲しい。

――物欲がないのに、どうしてお金を稼ぎたい?

蛭子:贅沢もしませんけど、稼いだ分だけ長生きができそうな気がする。長生きするにはお金が必ずいるわけですからね。

――今欲しいものは?

蛭子:お金かなあ。それで、生きたいだけ生きたいです。死んで楽しいってことは考えられないので、生きていることが絶対楽しいと思う。周りに迷惑はかけるかもしれないけど……。

週刊新潮WEB取材班

2020年2月1日 掲載

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