弱冠20歳で昭和天皇に「物言い」した故・梓みちよ

弱冠20歳で昭和天皇に「物言い」した故・梓みちよ

梓みちよ(株式会社 アラベスクHPより)

「こんにちは赤ちゃん」で知られる歌手の梓みちよが自宅で息を引き取ったのは先月29日のこと。享年76。

 長年付き添ったマネージャーが最期の状況を語る。

「梓さんが出演される番組の打ち合わせのために自宅を訪ねると、反応がなかったので合鍵で入ったら、ベッドで眠るように亡くなっていました。膝が悪かったけれども、病気は一つもなく、今月1日には生放送に出演予定だった。本当に急なことで大変驚いています」

 往年の梓を知る芸能レポーターの石川敏男氏は、

「『こんにちは赤ちゃん』はれっきとした代表曲でしたが、梓さんの豪放磊落な性格とのギャップに自身が苦しんでいた。しばらくはディナーショーで求められても歌わなかったんです。宝塚音楽学校へ入学しても1年で中退したり、俳優の和田浩治と結婚しても1年で離婚したり。とにかく自分の信念を曲げない歌い手という印象でしたね」

 そんな彼女の人柄は昭和天皇の前でも健在だったと語るのは、さる皇室ジャーナリスト。

「梓さんは天皇皇后両陛下の前で初めて歌を披露した歌手なんです。1964年に昭和天皇と香淳皇后の御前で『こんにちは赤ちゃん』などを披露。その際、『“赤ちゃんこんにちは”をどうもありがとう』と昭和天皇からお声掛けされ『いえ、“こんにちは赤ちゃん”です』と正した。彼女は弱冠20歳。気の強い方ですよ」

 晩年は、自身がプロデュースする化粧品の通販番組などに出演していた。梓といえば「二人でお酒を」の大ヒットも思い出されるが、

「一人でお酒を飲む人ではなく、誰かと飲む時間を好む人でした。皆でお酒を飲む時の豪快さは最後まで健在でした」(マネージャー)

 気骨のある昭和の歌手がまた一人――。

「週刊新潮」2020年2月13日号 掲載

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