「三浦春馬さん」家族との“絶縁”を招いた両親の金銭トラブル

三浦春馬さんの両親、息子通さず事務所に金を無心か 親子関係の悪化に知人驚き

記事まとめ

  • 三浦春馬さんは5歳くらいから養成所入り、その後は順調にスターへの階段を駆け上った
  • 一方で親子関係は悪化し、知人によると、三浦さんはお金の問題で親子の縁を切ったそう
  • 成人してから暫くは仲が良かったそうで、「突然の変わりように驚きました」と語った

「三浦春馬さん」家族との“絶縁”を招いた両親の金銭トラブル

「三浦春馬さん」家族との“絶縁”を招いた両親の金銭トラブル

秋ドラマの出演にも意欲的だった

 早すぎる死によって、残された人々は戸惑うばかりだ。映画や新曲のMVを観れば、彼の演じる姿は変わらず我々の心を奪う。そこには、死を選ぶほど追い詰められた苦悩など、まったく読みとることができない。改めて思う。いったい彼に何が起きたのか。

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 ミュージックビデオ(MV)の再生回数は900万回を優に超え、投稿コメントは2万件以上という。

 動画の中で、繊細な歌声と躍動感溢れるダンスを披露するのは、30歳で急逝した三浦春馬その人である。

 彼の死から6日が経った7月24日、「ミュージックステーション 夏の3時間半SP」(テレビ朝日系)で、遺作となってしまったセカンドシングル「Night Diver」のMVが放映された。8月リリース予定の新曲で、本来は本人が番組に生出演する筈だったが、急遽MVを流しての対応となったのだ。MVはYouTubeでも配信され、多くの人々を惹きつけているというわけだが、注目されているのはこれだけではない。

「CMやドラマを通して彼を偲びたい、という声は日増しに高まっています」

 と話すのは、大手スポーツ紙の芸能担当記者だ。

「自殺後、CMの放映は取り止めとなり、秋から始まる予定のTBS系火曜ドラマも、3話分の収録は終えていましたが、撮影中止になっています。三浦は、ヒロインの松岡茉優の相手役で準主役の扱いのため、代役を立てるかどうか局内でも意見がまとまっていない。一方で、ファンからはCM放映を続行して欲しい、ドラマも収録済みの分だけでいいから、彼の最後の雄姿をこの目で観たい、そんな要望が出ているのです」

 最終回のないドラマが放映されるとなれば前代未聞の出来事だが、7月23日には彼の出演した映画「コンフィデンスマンJP プリンセス編」が公開され、興行収入40億円突破が見込まれる勢い。今年4月に出版されたフォトブックも重版がかかるなど、彼の存在感は増すばかりなのである。


■「明日も宜しくお願いします」


 他方で、彼が亡くなってから2日後の7月20日には、所属事務所であるアミューズが、近親者と事務所関係者のみで密葬が執り行われたと発表。スターの死にしては、寂しすぎる野辺送りとなったが、哀悼の意を示そうと、東京・港区の自宅マンション前には、多くの献花が集まった。

 これだけ世の人々に愛され、圧倒的な存在感を残す彼が、あの若さでどうして自ら命を絶たねばならなかったのか。その疑問はファンのみならず、誰しもの頭を過(よ)ぎることだろう。

 さる芸能関係者が言う。

「亡くなる前夜、三浦はTBSのドラマ収録を終えて、車で自宅まで送って貰った。降りる際、律儀な彼は現場マネージャーにいつもと変わらない様子で“明日も宜しくお願いします”と言ったそうなんです。そんな人が果たして自殺するものなのか。事務所スタッフも、相当なショックを受けています」

 日頃から仕事で三浦と接点を持つ人たちも、死の動機については一様に首を傾げていると聞くが、本誌(「週刊新潮」)は7月30日号で、彼の複雑な「家族問題」の存在を指摘した。その内容と共に、彼の生い立ちについて今一度振り返っておきたい。

 茨城県土浦市に生まれた三浦は、小学生になって暫くして両親が離婚する。母親と2人暮らしとなったが、中学校に上がる頃に母が再婚。継父とひとつ屋根の下での生活が始まるが、芸能界で顔が売れるようになり、高校進学を機に上京する。

 5歳くらいから地元の養成所に入り、天才子役と呼ばれただけあって順調にスターへの階段を駆け上っていったが、反比例するかのように親子関係は悪化の一途を辿っていく。死を選んだ彼は、人間関係に煩わしさを覚えていたのではないか。そう本誌は報じたのだが、初七日が過ぎ、その仔細が徐々に明らかになってきた。


■「お母さんと絶縁した」


「3、4年ほど前かな。春馬がぽつりと“オレ、お母さんと絶縁した。もう何年も連絡とってないよ”って漏らしたことがあってね」

 そう振り返るのは、地元・茨城で三浦母子と親交があった知人である。

「そもそも、春馬は一人っ子だったけど、中学生になっても親とケンカするような反抗期らしい素振りは一切なかった。母親は陽気で明るい性格。まだ飲めない息子を連れて、土浦の居酒屋をハシゴしていた。店内で春馬が母親の膝枕で眠っている姿を見たという話もあったが、酒好きの母親は必ず酔っ払うし、騒がしい店はタバコ臭い。だから春馬は、“お母さんと夜飲みに行くのがイヤだ”と愚痴をこぼすことはあったけどね」

 事実、三浦が成人して暫くの間、母子の絆は確かだったようなのだ。

「母親は、春馬のことを“ハルちゃん”と言い、彼もまた同様に母親の下の名をちゃん付けして呼び合っていた。仕事がオフの時には、伊豆などへ一緒にスキューバダイビングに行くほど仲が良かった。だから、絶縁したと彼から聞いて、突然の変わりように本当に驚きました」


■「継父の籍から抜いてもらった」


 デリケートな親子問題だけに、深入りするのを躊躇(ためら)ったというこの知人は、こんな質問をしたと続ける。

「“親子の縁を切るなんて、大抵はお金が理由じゃないの”って春馬に水を向けてみたら、彼は“そうなんだよ”ってぽつりと呟いて……。母親と離婚した継父に“大丈夫?”と気に掛ける電話をしたという報道を目にしましたが、後で作られた美談だと思いますよ。当時の春馬は、継父に対しても“アイツの顔も見たくない”と言っていたからね。離婚した直後の7、8年前、“速攻で役所に行き、継父の籍から抜いて貰った”とも話していた」

 土浦の実家にも足を運ぶことはなかったという。

「春馬は地元に帰る度に趣味のサーフィンを楽しんでいたから、実家にウェットスーツとか道具一式や私物を置きっ放しにしていた。しかし、実母と継父に憎悪を抱く彼は、二度と家の敷居を跨がないと決意していた。それで趣味の道具を全てイチから買い直したくらい。年末に帰省しても、大晦日や正月はいつも知り合いや友人の家に泊まっていましたから。敢えて自分から、天涯孤独の道を選んでしまったんだなと思いました」


■事務所に金を無心


 斯様な「親子の断絶」には、三浦の所属事務所も困惑していたようだ。

 某キー局のディレクターによれば、

「春馬さんの両親は、生活が苦しいからと、息子を通さず事務所にまとまったお金を無心したり、ギャラを上乗せするようマネージャーを呼び出して、社長への口利きを頼んだとか。それを知った春馬さんは激怒。親子は絶縁したという話が流れています」

 当の所属事務所は、

「個別の質問に関する回答は控えさせていただきます」

 と回答するばかり。

 かつては仲の良かった家族との“絶縁”が三浦さんを孤独に追い込んでいたとすれば、これほど悲しいことはないだろう。

「週刊新潮」2020年8月6日号 掲載

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