「周防正行」監督が語る「いい役者」の条件 本木雅弘がハプニングで取った行動とは…

「周防正行」監督が語る「いい役者」の条件 本木雅弘がハプニングで取った行動とは…

二宮敦人氏

■【対談】映画監督・周防正行×作家・二宮敦人(3/3)


「社交ダンス」という共通項を持つ、『Shall we ダンス?』の周防正行監督と、『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』の著者で、学生時代踊りに青春をささげた二宮敦人氏。対談で周防監督が語った「いい役者」の条件とは。

 ***


■人に「預ける」面白さ


周防 映画って本当に究極の共同作業なんですよ。競技ダンスとか、体育会系運動部に近いのかもしれないけど。

二宮 そうなんですか。

周防 自分一人ではできないからこそ見えてくる面白さがたくさんあるんです。僕が監督になって覚えたのは、「人に預ける」ってこと。セットを任せた美術監督が、シナリオを読んで、こんな感じでどうですかと返してくれるときの驚きたるや! 自分が紙に書くんだったらとてもじゃないけど思いもよらない世界を返してもらえるんですよ。照明も、カメラマンもそう。たとえば、現場で「引き」って言ったときに、このカメラマンはこのシーンをこういう引きで考えるんだって知るのが楽しいんです。

二宮 それがちょっと違うってなったら。

周防 もっとこっちからいけませんかとか言うけど、自分の想像力には限界があるというのが前提なんです。大体のイメージは持って臨むけど、もっといいものがあれば180度違うものになってもいい。ただ、作品の世界観はあるから、スタッフが考えるときの目安を提示する。そうして相手に預けると、いろいろ考えてくれる。監督はそう言うけど、こういうのもあるんじゃないですかと絶対に返してくれるんですよ。


■いい役者の条件は?


周防  ロケ場所も、製作部がいろんな場所を探してくれるんです。最終的には、提示してくれた場所を一緒に歩いて決める。僕が持つイメージとは全然違うけど、この場所はあるかもしれないと思ったら、シナリオを少し変えたりして、そのことでより面白いシーンになったりすることもある。そうやって準備段階からキャッチボールを繰り返して、撮影が始まったら、その輪に役者が加わる。

二宮 はい。

周防 昔は撮影時間に余裕がなかったから、動きとか、ここでこうセリフを言ってこっちにハケてとか、自分で全部決めてやってた。そうじゃないと撮影が期間中に終わらないから。今は昔より余裕があるので、まずあなたのイメージで動いてみてくださいと言うことが多い。

二宮 自由に?

周防 それで見るんですよ。預けたものがどう返ってくるかという、あの積み重ねです。まったく時間がないときは仕方がないから決めてやっちゃうんですけど。

二宮 自分で全部決めないからこその面白さですね。

周防 自分の頭の中にあることをスタッフとキャストに再現させるっていう監督もいると思います。僕は、書きながらイメージしたものは目安だから、それをスタッフには伝えるけど、スタッフからこんなのどうですかというのが出しやすい現場にしたい。監督にこんなこと言ったら怒鳴られるとか思ったら、人は自由な発想を口にできなくなるじゃないですか。現場で経験のない助監督が言ったアイデアですら面白いことにつながるかもしれないんだから、どんなばかばかしい冗談でも言えるように、どんなアイデアを出しても、許される現場にしたい。最後は監督が決めればいいので。

二宮 アドリブで出てくるアイデアは面白いことがあるということですよね。

周防 ありますよ。役者だって頭の中で考えてきても相手の芝居で変わることがしょっちゅうある。

二宮 影響しあうわけですもんね。

周防 相手の芝居を見られる人、セリフを聞ける人はいい役者ですよ。

二宮 ダンスに似てますね。いや、ダンスに限らず人間と人間の関係と可能性について考えさせられて面白い。映画を観る目が変わりそうです。


■本番でハプニング! そのとき本木雅弘は


周防 繰り返しになりますけど、画面の中で起きてることは基本的に全部、監督のOKで作り上げられたものです。

二宮 はい。

周防 偶然の入り込む余地があるとすれば、役者の動きによって起きる何かですね。例えば「ファンシイダンス」の本木(雅弘)さん。開くという設定で作っていたトイレのドアがテストでは開いたのに、本番ではなぜか開かなかった。でも、本木さんは、開かないからと芝居をやめず、その開かない情況に反応して芝居を続けたんです。それが滅茶苦茶面白かったんですよ。あのとき本木さんはちゃんと登場人物になっていたから開かないドアに反応できたんですよね。だから、彼の芝居はNGとならず、そのまま演技として成立させることができた。それ以来ですよ、カットを少し遅らせる癖がついたの。

二宮 もうちょっと見てみようと(笑)

周防 テストの時はそこでカットしていたのを本番では敢えてカットと言わないで、どうするんだろうとか、時々やるんです。そういうのに反応してくれる役者が面白いですよね。

二宮 面白そうです。

周防 いつも自分の計画や設計図にあっているかじゃなくて、設計図の中で動いている人の思わぬ反応とかテストを繰り返しているうちに違ってくるものとか。実はライブなんですよ。映画はライブを収録してるだけなんで。

二宮 もう二度と撮れないんですね。

周防 そう。ワンカットワンカットはそのときのものなんです。映画を撮るにはいろいろな制約があるという話をしましたが、その制約の中で面白いことを思いつくこともあるんです。僕はピンク映画出身だから、その場の反射神経でやらないと間に合わないことがいっぱいあった。でも、それで面白くなることってあるんですよね。

二宮 反射神経?

周防 突発事故に対応できるかどうか。


■セリフを覚えない役者の撮り方


二宮 ピンク映画で突発事故ってどういうことですか。

周防 たとえば、ひとくちに女優さんといってもいろいろいます。ピンク映画の場合、アフレコだから口さえ動いていればなんとかなるんだけど、セリフを覚えていてくれないとやっぱり苦労するんですよ。ある現場でそういう女優がいた。そのとき先輩の監督が何をしたかというと、セリフを全部裏にした。ようするに、彼女がしゃべるときは彼女の後ろから相手を撮る。相手の反応でセリフを感じさせる。そうするとアフレコ楽でしょ、口を合わせなくていいから。

二宮 すごい!

周防 ピンク映画ってそうじゃないと撮り終えられないんですよ。口を見せなきゃいいんだって発想になれるかどうかですよね。彼女にきちんとセリフを言わせるために正面から撮って何回もNGを出すなんてことはしないで、すぐに諦めて裏にしちゃえ、と。

二宮 すごいライブ感覚ですね。

周防 単にセリフを覚えてこなかっただけなのに、出来上がったものはものすごく斬新な演出に見える。

二宮 怪我の功名ですね。

周防 何かのアクシデントをいい方に持っていけるかどうか。これ、常にあるんです。

二宮 それでも思うように撮れないとか、しんどいことはないんですか。

周防 ありますよ。しんどくない映画なんかあるわけないじゃんと思ってるんで。しんどいのは織り込み済みです。

二宮 小説と同じか……。

周防 どんな世界だって自分の考えたようにはいかないじゃないですか。書いてみなきゃわからないことがたくさんある。こう言わせたくなかったのに、言わせるしかないとか。

二宮 あります。

周防 現場に行かないとわからないこともたくさんある。映画はライブ。そのことが身に染みていると、妥協の仕方が上手になるかもしれないですね。それが現実的な意味でのいい映画監督かもしれません。

二宮 妥協をいい方に持っていくのがうまい。映画監督というのはたいへんな仕事なんだということがよくわかりました。


■選んだ小道具でラストシーンが変わった


周防 自分でも、よく映画監督になれたなと思いますよ。そりゃなりたいとは思ってたけど、客観的に見たらなれるわけないんだから。今みたいに1年に何人もの映画監督がデビューする時代じゃなくて、ひとりデビューしたらそれが大事件になるような時代だったんです。日本映画が超マイナーなときだったから、同じ時期に働いてた人でもうこの世界を去った人だっていっぱいいるし。

二宮 厳しいですね。

周防 あの時代のピンク映画の世代だったから、僕もチャンスを掴めたんだろうなって。3年くらい助監督やったら、「一本撮ってみる?」って言ってくれる世界だったんですよね。自分から売り込んだり、監督の座を奪い取るとかじゃなくて。裸さえ出てれば成立するという世界だったので、僕みたいに「俺が、俺が」じゃないタイプでも生きやすかった。

二宮 助監督時代はどんな感じでしたか。

周防 真面目でした(笑)監督が実現したいと思っていることに何とか近づけるようにと思って。僕は高橋伴明さん(高橋惠子の夫)に助監督にしてくださいと言ってこの世界に飛び込んだんですが、伴明さんは助監督に任せるタイプでした。ロケハンも行かず、俺はお前が見つけてきた場所で撮るよってよく仰っていたし、いろんなことを預けてくれた。シナリオには書いてなかった小道具をあえて選んで持って行ったら、その小道具を使ったラストシーンに変えてくれたこともあった。そういう幸せな体験もあって、撮影に参加する喜びを実感できましたね。

二宮 それでも、大学を卒業して給料1万5千円は、すごい。親御さんには反対されなかったんですか。

周防 本当に好きにさせてくれました。父親は戦争世代で飛行機乗りだったんですね。生きて帰ってきてからの人生はおまけみたいなもんだからって言ってて。僕についても完全な放任主義で、面と向かって何かを反対されたことはありませんでした。

二宮 映画監督になられた今となってみれば全てが必然に感じられる。人生って不思議ですね。


■過去の自分にもう一度会いに行く


周防 ところで、この本(『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』)は構成も面白いですね。二宮青年が学生競技ダンスに身も心も捧げ尽くした大学時代(過去パート)と、その10年後(現在パート)が短い間隔で交互に描かれるという。この一冊で入部から卒部までの4年間を、しかも個性的な人物を躍動させながら描き切った。

二宮 最初は過去パートだけでいこうと思って書いていたんです。でも、書くにあたってかつての仲間と会っていくと、「そんなこと考えてたの?」「今はそう思ってるんだ!」という驚きがたくさんあり、どうしてもそれを書いておきたくなったんです。でも、過去と現在をバラバラに書いたら作品にはならない。だから、過去パートが入部からの時系列で進み、それと呼応するように現在パートを配置しました。で、最後に過去と現在がつながる。何回も何回も原稿を書き直すうちにたどり着いた構成です。

周防 大学生の二宮青年は上達の階段を昇り、作家になった二宮さんは社会人になった仲間たちとの再会を重ねる中で気づきの階段を昇っていく。

二宮 連絡のつく人には全員会って、サシで毎回3時間くらい話してましたね。最初は僕から質問するんですけど、途中から相手がばーって話し始めて、最後はなぜか「話せてよかった、ありがとう」と感謝される。

周防 過去の自分にもう一度会えたからでしょうね。やっぱり人間にはそういう機会が必要なのかな。

二宮 誰かと話すことで自分ひとりではわからないことがわかるんですよね。記憶が嘘をついていたり、同じ瞬間なのに別のものを見ていたことがわかって、改めて体験の価値に気づかされたり。

周防 読んでいたら、自分の青春時代を思い返しましたよ。助監督時代に一緒にいた仲間たちに、自分はどんなふうに見えていたんだろうとか。

二宮 ぜひ次回はそのような映画を。

周防 ははは。えらい宿題をもらっちゃったな。

周防正行(すおまさゆき)
1956年東京都生まれ。立教大学文学部在学中より映画監督を志す。96年、社交ダンスブームのきっかっけとなった「Shall we ダンス?」で第20回日本アカデミー賞13部門独占受賞。最新作「カツベン!」DVD発売中。

二宮敦人(にのみやあつと)
1985年東京都生まれ。“一橋大学競技ダンス部”卒。2009年に作家デビュー後、フィクション、ノンフィクション問わず作品を発表している。近著に『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』(新潮社)。

「週刊新潮」2020年7月30日号 掲載

関連記事(外部サイト)