Kis-My-Ft2「宮田俊哉」の“好き”を突き詰めた人生 アニメ、ヲタ芸から声優にも挑戦

■「週に25、6本、アニメを録画している」とアニメ好きを公言


「笑われるのをイヤがる人がいるけど、僕はそれは損だと思う」(*1)、「笑われるのは、他人と違う個性を持ってる証拠」(*2)。デビュー前から語り続けてきた“笑われる”ことへの強い覚悟。芸人や、いじられるタレントの発言ではなく、正真正銘のジャニーズアイドル・宮田俊哉(Kis-My-Ft2)の言葉である。

 宮田は、笑われることを厭わず、そして自分の個性を大事に生き続けてきたジャニーズだ。

 Kis-My-Ft2の中では舞祭組(ブサイク)というユニットの一員でもある宮田。

「昔のタッキー(滝沢秀明)に似てる」と言われることもあれば「『公』という文字に似てる」と言われることもある。

 だが、顔の問題ではなく、宮田はいわゆる“オタクキャラ”。

「週に25、6本、アニメを録画している」とアニメ好きを公言している。

 まだデビュー前、Kis-My-Ft2がCDデビューできるかどうかの大事な時期に行われたグループとしてのファーストコンサートで、宮田はヲタ芸を披露した。

 一般的に、女性アイドルのコンサートなどでメインのパフォーマンスにあわせてファンが客席で合いの手のように行うのがヲタ芸だとすると、それを男性アイドル自身がステージ上でメインのパフォーマンスとして行うという1周以上まわった展開。

 宮田が着用したピンクのTシャツには「キモい男子は美しい」というメッセージが印字されていた。

 ちなみにこのメッセージは、ヲタ芸をするという提案をすれば、スタッフに反対されると踏んでいた宮田が、事前に考え、予想通り反対されたときに説得に使った切り返しの一言だという。(*3)

 このヲタ芸は、コンサートでウケたことはもちろん、CDデビュー後、テレビ出演をするときに、笑いを取ることのできるパターンとして確立。

 HEY!HEY!HEY!出演時には、キスマイの他のメンバーや松本人志を巻き込んでヲタ芸を行うまでになり、文字通りひとつの“芸”に昇華した。

■アイドルなのに笑われることを厭わず


 かっこよくはない部分にも焦点をあてられる『キスマイBUSAIKU!?』という番組が始まる前、また、中居正広プロデュースによって『舞祭組』という称号を与えられる前から、宮田には“笑われる覚悟”があり、それがチャンスを呼び込んでいったのである。

 デビュー直後は、北山宏光、藤ヶ谷太輔、玉森裕太といういわゆる“イケメン”の3人の人気が先行し、世間的には宮田をはじめとする『舞祭組』の4人は笑い担当というイメージだったが、それも来年のデビュー10周年を前に、変わりつつある。

 宮田も今年、こう語っている。

「最初は『かっこいい3人』と『面白い4人』という括りでしたけど、あるときから僕は『かっこよくて面白い7人になれたらいいな』って思うようになって。今はそれが実現しつつあると思う」(*4)

 Kis-My-Ft2の根底にある“アイドルなのに笑われることを厭わず、それを価値に変えていく姿勢”は、もともと宮田が持ち続けていたものが、グループ全体に広まり、テレビを舞台に開花したものといってもいいかもしれない。

“笑われる覚悟”とともに宮田が持っているのが、自らの“好き”への敬意である。

 宮田はデビュー直後、アイドル雑誌のインタビューで、以下のように答えている。

Q:休日は家でまったり派か外でがっつり派か

A:これはもう考えるまでもない質問ですね。「明日お休みだよ」と聞いた瞬間、頭の中はもう‘家で、何のゲームをしようかな〜’でいっぱいだもん。そうそう、録りためていたアニメをまとめて観るのも、ぜいたくな休日の過ごし方だね。あー次の休みが待ち遠しい。
(*5)

■「やっぱりムリして作っても、すぐメッキがはがれる」


 およそジャニーズアイドルのものとは思えない返答である。例えばこのような質問には『スケボー(TOKIO・長瀬智也)』とか、スポーツではなくてもせいぜい『釣り(嵐・大野智)』のようにアウトドアな過ごし方を答えるのが、従来の男性アイドルの答えの一般的な雛形であった。

 にも関わらず、宮田は“考えるまでもなく”インドアであり、ゲームやアニメ好きであることを主張し続けてきた。

 この発言は約10年前のものだが、それ以降も宮田はこの“オタクキャラ”やアニメ愛の発信を続け、バラエティ番組などで徐々に認知され、ついには昨年、バンダイナムコが運営するアニメ・声優ファン向けアプリ「&CAST!!!」のCMに出演して仕事に結実するまでになった。

 こう書くと、タレントが仕事を得るためにキャラクターを作っていった――という話に聞こえてしまうかもしれない。

 だが、宮田は違う。

 ここでは便宜上“オタクキャラ”と記させて頂いたが、本当は“キャラ”と表現してしまうには失礼なくらい、“本気”なのである。

 本人もこう語っている。

「キャラってのは、やっぱりムリして作っても、すぐメッキがはがれる」(*3)

 特にアニメという分野においては“参入障壁”が高く、いわゆる“ビジネスオタク”、仕事にしようとする意図が透けて見えるとネット上などで叩かれるリスクもある。

 メッキではない、約20年にわたって熟成されてきた宮田のアニメ愛は、本物であるからこそ、アニメファンにも受け入れられていった。

■「仕事になるから好きになる」のではなく


「『仕事に繋がるから、このアニメを見よう』という邪(よこしま)な目線でアニメを見ていませんね(笑)」

「知らないアニメを語る仕事が届いて『あの番組に出るチャンスだし、今から見て好きになろう』というのは、許せないです(笑)」(*6)

 と、そこには本当に好きだからこそ曲げない強い意志がある。

「仕事になるから好きになる」のではなく、好きだったものが結果的に仕事になっていく。

 たしかに“仕事になるから”だけでは20年も続かないし、そもそも“宮田以前”は、“ジャニーズアイドルがアニメ愛を語る仕事”など存在しなかったのだ。

 ニーズにあわせていったのではなく、宮田が宮田であり続けたからこそ、そこにニーズが生まれた。

 今では今年CDデビューしたSnow Manの佐久間大介のようにその道を追随する後輩も現れている。

 そして、仕事が生まれたからといって、そこに溺れないのが宮田の真摯さ。

 今ではアニメについて意見を言う仕事も多いが「あまり好きではないことを『好き』として語りたくない気持ちがある」(*6)と、作品について語る仕事の場合は、事前に作品名を知らせてもらい、見ていなければ正直に見ていないことを伝えるという、徹底的な真摯さの上で仕事をしている。


■声優スクールに通った日々


 そして、宮田の“好き”は結実し、ついに声優としてのオファーがやってくる。語る側から、語られる側へと一線を越えるときがやってきたのである。

 もちろん嬉しさもあったというが、そこに生まれたのは「作品を台無しにするのではないか?」という、好きだからこその葛藤。

 そこで、「声優をやるのであれば、レッスンを受けさせてください!」とマネージャーに直訴。「一度、しっかり基礎から教えてもらえないのであれば、『うれしいけど、俺はできない!』と言いました」と語っている。

 結果、声優の浪川大輔が代表を務める声優スクールに通い、浪川本人からも教えを受けた。

「まだ、わからないことが多いので来週もまたお願いします! もう少しやりたいです!」と、レッスン期間を延長して何度も通い続けたという。(*6)

 そうして臨んだ公開中の映画「劇場版BEM〜BECOME HUMAN〜」では見事な演技を披露。

「ブレイブ・ストーリー」の松たか子や「ど根性ガエル」の満島ひかりetc……。

 声優が本業ではない、有名俳優やタレントが声を吹き込むときは、過度に本人の印象が思い浮かばない方が吉と出るが、宮田の演技はいい意味で、宮田であることを思い出させない演技だった。

 声優をできる嬉しさや、自分が宮田俊哉であるという主張ではなく、作品のパーツとしてあろうとする姿勢。


■「ジャニーズだから」と思われないように努力を重ねている


 そう感じられたのはきっと「好きだからこそ妥協はしたくない気持ちがあります。(中略)声の仕事を専門とする“声優”ではない僕自身が、中途半端な気持ち、中途半端な技術のまま挑んではいけないことだと感じたからです。(中略)ファンの方、作品へ失礼にならないように心がけていました」という真摯な想いと努力の結晶だろう。(*6)

 現状、宮田に仕事がくるときはジャニーズタレントであることと切り離すことは不可能だろう。

 既に存在する宮田の人気を期待してのオファーもあるはずだ。だが、そこに「ジャニーズだから」手を抜いていいといった想いは微塵も感じられない。

 宮田に限ったことではないが、拙著『ジャニーズは努力が9割』を編む過程で、ジャニーズタレントは、他ジャンルの仕事をするときに「ジャニーズだから」と思われないように努力を重ねている、と感じた。

 その根源となる思いは、例えば「アイドルだとなめられないように」であったりするが、今回の宮田の仕事は「好きだからこそ失礼がないように」という想いが大きく作用しているようだった。


■デビューまで10年を費やした、ジャニーズでも下積みの長かったタイプ


“好き”である。言葉にするとポジティブだが、それは一種、人を呪いのようにして縛ることもある。“好き”が人生をいい方向に展開させることもあれば、それが人の人生を縛り付けることもある。“好き”をもとに人生をいい方向に展開させる能力は、実は、母譲りなのかもしれない。

 宮田の母親は中学生の頃から「私の子ども、ジャニーズに入れる!」と言っていたというほどのジャニーズ好き。家ではSMAPやKinKi Kidsの曲が流れ、堂本光一好きの母に、ジュニアに入る前の小学生の頃、よく原宿のジャニーズショップに連れて行かれたという。

 そして、ここまで説明を省いてきたが、宮田はデビューまで10年を費やした、ジャニーズでも下積みの長かったタイプである。

 入所から4年後に、メンバーのイニシャルをもとにグループ名がつけられたKis-My-Ft2のメンバーに選ばれるが、ホワイトボードに書かれた『M』の横に他のいくつかのジュニアの名前が書かれて消された跡があったことで、グループに入った当初は劣等感を抱いていた。

 そこからデビューまで6年。母親にデビューを告げた時「ずっと申し訳ないと思っていた」ことを告げられたという。「自分の夢を背負わせて悪い」と思っていたという母に対して宮田はこう考えているという。

「たしかに最初はお母さんの夢だったかもしれない。でも、途中からは俺の夢でもあった。だから、同じ夢をいっしょに見てた」(*3)

“好き”を突き詰め成功している、ジャニーズアイドル・宮田俊哉。

 だが、ジャニーズアイドル・宮田俊哉自体が、宮田の母のジャニーズ好きから生まれたものだった。そう考えたときに、“好き”の幸福な連鎖に思いを馳せずにはいられないのである。

(*1)『POTATO』2009年1月号
(*2)『POTATO』2011年9月号
(*3)『裸の時代』/集英社
(*4)週刊SPA! 2020年3月24日・31日合併号
(*5)月刊MYOJO 2011年 8月号
(*6)キスマイ宮田俊哉、アニメへの“好き”に妥協なし 敬意と純粋な気持ち貫いた20年 https://www.oricon.co.jp/news/2169899/

霜田明寛(しもだ・あきひろ)
1985年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。9歳でSMAPに憧れ、18歳でジャニーズJr.オーディションを受けた「元祖ジャニヲタ男子」。就活・キャリア関連の著書を執筆後、4作目の著書となった『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)は3刷を突破。 また『永遠のオトナ童貞のための文化系WEBマガジン・チェリー』の編集長として、映画監督・俳優などにインタビューを行い、エンターテインメントを紹介。SBSラジオ『IPPO』凖レギュラー。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年10月20日 掲載

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