中村芝翫がまた不倫 そういえば歌舞伎役者は「愛人」「隠し子」は当たり前だったよな

 歌舞伎俳優の中村芝翫(55)が4年ぶりの不倫だそうである。前回は、襲名直前の橋之助時代で、平謝りだったのに対し、火消し役を務めた妻・三田寛子が女を上げた。しかし、また性懲りもなく……。女遊びは芸の肥やしとは言うけれど、なぜ歌舞伎役者ばかり問題を起こすのか。

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 実は、芝翫の逢瀬が報じられるのはこれが3度目。最初は「FOCUS」(86年2月14日号)で、当時二十歳の橋之助が祇園の芸妓とのデート風景だった。もちろん、彼は独身だったので、責め立てるような記事ではなかった。とある歌舞伎評論家は言う。

「2回目の相手も祇園の芸妓でした。歌舞伎役者と花街の女性との関係は深いんです。女形も演じる役者は子供の頃からお茶屋に通い、芸者から女性を学び、芸者は役者から芸事を学ぶ、持ちつ持たれつの関係でもある。年頃になれば、男にしてもらったという役者もいるそうです。もちろん、全部が全部というわけではないでしょうけど」

 今回、「週刊文春」が報じた芝翫の相手は一般人、いわゆる素人のようである。

「歌舞伎界でもかつては不文律があって、素人に手を出すことは内々で厳しく言われたそうですけどね。それが事実上なくなったことで、こうして報じられることも増えたのでしょう。しかも今回は、コロナ禍にもかかわらず、11月の顔見世興行の千秋楽が終わったその日に京都に駆けつけているようですから、批判を受けるのも当然でしょう」

 芝翫に限らず、歌舞伎役者の色恋沙汰は枚挙にいとまがない。

■中堅篇


●11代・市川海老蔵(当時・新之助)
 03年、元歌手との間に1歳の隠し子がいることが発覚。女性から産みたいと言われて、「ああ、そうですか。結婚はできませんが、産みたければどうぞと言いました」と発言したことで世間が反発。大河「武蔵 MUSASHI」主演中だったため、NHKにまで批判が殺到した。

●中村獅童
 06年、自動車を運転中に信号無視したところをパトカーに止められ、酒気帯びであることが発覚。その助手席に同乗していたのが元カノの女優であったことから不倫もバレて、当時の妻・竹内結子との離婚に発展した。

●10代・松本幸四郎(当時・市川染五郎)
 97年、6歳になる隠し子がいることを「FRIDAY」が報じた。大学1年の染五郎と、6歳年上の元女優との間に生まれた子で、認知はしたが、彼が「子供の顔は一度も見ていません。今後も会うことはありません」と発言したことで、梨園と一般社会との乖離を感じた人は少なくなかった。

●片岡愛之助
 11年、元ホステスとの間に小学5年になる隠し子がいることが発覚。養育費は送っているものの認知はしておらず、「世間一般でもあること。一般の世界にもある」と発言したことでイメージは悪化した。

■大御所篇


 以上が現在、中堅どころとして、歌舞伎界を支える役者たちの逸話だが、大御所たちにも古キズはある。

●2代・市川猿翁(当時・猿之助)
 市川中車こと香川照之の実父と言ったほうが通りがいいだろう。猿之助は女優の浜木綿子と結婚し、照之をもうけるも、12歳の時の初恋相手で16歳年上の藤間紫のもとに走る。当時藤間も既婚で、いわばW不倫。浜とは離婚が成立したが、藤間側はドロ沼化。49年を経て、猿之助が61歳の時に結婚した。

●10代・坂東三津五郎(当時・八十助)
 96年、人気女子アナだった近藤サトとの不倫密会が報じられ、翌年には元タカラジェンヌの妻と離婚が成立。再婚したものの、1年7カ月で離婚した。すでに夫婦には跡取りもいたことから、身内に子作りを反対されたことが原因と言われる。

●18代・中村勘三郎(当時・勘九郎)
 94年、京都のホテルで手首を切った宮沢りえと、数時間前まで同席していたのが勘三郎で不倫関係のもつれではないかとを疑われた。会見ではもちろん否定したものの、牧瀬里穂との三角関係を問われると、「もしもそうだとしても役者だから(騒がれても)いいんだけれど、そうじゃないんだ。不倫でなく“倫”にかなった可倫(かりん)なんだ」と意味深な発言。勘三郎は太地喜和子に始まり、大竹しのぶ、椎名林檎、石川さゆりと浮いた噂が留まらなかった。

●4代・坂田藤十郎(当時・中村鴈治郎)
 すでに人間国宝となっていた02年、50歳年下の舞子との密会で、ホテルの廊下で“ご開チン”していたところを激写された。会見を開いたものの「お恥ずかしいですなぁ。なんだか私が元気だと証明するみたいで」と反省の色はゼロ。妻であり国土交通大臣(当時)の扇千景も、「まあ、ご贔屓にして下さる方がいるのはいいことじゃありませんか。この仕事、モテなかったら務まりませんから」と堂々たるものだった。もっとも翌年、息子の中村扇雀が家政婦との不倫を報じられ、現場が同じホテルだったことに、「なんで同じホテルなのよ!」と怒っていた。

 先の歌舞伎評論家が続ける。

「まあ、かつては勝新太郎や石原裕次郎といった映画スターだって同じようなものでしたよ。勝新なんて“役者は治外法権にしてほしい”なんて言っていたほど。さすがに無理でしょうけど、役者や芸人は一般人とは違う感覚の人が少なくないことは確かです。そうでなければ、あんな仕事はできないかもしれません。時代とともに世間の目がどんどん厳しくなる中で、映画スターも芸人も遊ばなくなっていった。だから、近頃は色気のある役者がいなくなった、なんて言うのは可哀想ですよ」

 確かにそうだ。だが、そんな中、歌舞伎界だけは相変わらずということだろう。

「未だに芸の肥やしを引きずっているのが歌舞伎役者なのでしょう。郭を舞台にした題材も多く、江戸時代の価値観を体現する舞台に立ち続けるという影響もあるのかもしれません。ただ、特に名家の場合は、代々そうした遊びの歴史があり、一般家庭との繋がりも少なかったので、それが当たり前に育ってきたこともあるかもしれません。艶福家として他の追随を許さなかった18代勘三郎の祖母に当たる寺島千代さんは、元々は新橋の売れっ子芸者でした。彼女は12代仁左衛門、電力の鬼と呼ばれた実業家の松永安左エ門を経て、6代菊五郎の二号となった。菊五郎の先妻が亡くなり、後妻となって菊五郎との間に生まれた娘が17代勘三郎に嫁いで、18代勘三郎を産むわけです。また11代海老蔵の父である12代團十郎も、銀座のホステスと親密になったこともありました」

 子どもをきつく叱れないわけである。海老蔵は、隠し子騒動の際、こうも語っていた。

海老蔵:子供の頃から歌舞伎の世界におりまして、これが普通だと思っておりました。

「とはいえ今回の芝翫は、用心はしていたみたいですけど、脇が甘すぎました。そして何より残念なのは、そうした遊びが舞台に活きていないこと。歌舞伎役者のおかみさんが浮気をされても離婚しないのは、芸のためと信じているからです。芸の肥やしというなら、せめて芝居が上手くならないと」

週刊新潮WEB取材班

2021年1月11日 掲載

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