ノブコブ徳井が断言「ハライチはさらに売れる」 嘘をつけない岩井、意外と人に懐かない澤部
2021年02月20日 11時00分 デイリー新潮
平成ノブシコブシ・徳井健太がお笑いについて熱く分析する連載「逆転満塁バラエティ」。
第12回目は、「ハライチ」について。
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■ハライチが吉本を選ばなかった理由
岩井勇気と澤部佑。ハライチがワタナベエンターテインメントに入った理由をご存知だろうか?
今ほどYouTubeが流行っていなかった時代、お笑いを志した人間は必ずどこかの芸能事務所の門を叩く。少し大げさに言えば、それがどこの門かで、その後の人生が大きく決まる。
そんな早過ぎる人生の大きな選択に、今から16年前、弱冠18歳の岩井青年はこう考えたらしい。
「吉本のような大所帯のなかでは、自分たちは目立てないかもしれない」
そして、数あるお笑い事務所のなかから、ハライチはワタナベエンターテインメントを選んだ。
ワタナベの養成所では見事トップに輝き、授業料全額免除の功績を得る。
岩井の読みはピタリと当たった。

■「ノリボケ漫才」誕生の理由
そもそもハライチは、特に岩井は、売れたいからお笑いを始めたのだろうか?
もちろん、そんな思いもあっただろう。けれどいつか岩井が言っていたのは、「M-1で優勝したい」ということ。お笑いを始めた当初の理由は、シンプルにそれだけだった。
ハライチのネタ作りを担う岩井だが、もともとは王道と呼ばれるタイプの漫才が好きで、中学高校時代はボケとツッコミの応酬で笑いを作る「掛け合い漫才」に憧れていた。
けれど、面白い、すごいと思う王道漫才師たちはなかなかブレイクしない。
それどころか解散する王道漫才師も出てくる始末。
「なんだそりゃ」
まっすぐで丁寧な漫才を頑張って磨いていたのに、売れて幸せになるのはひとひねり入れた、邪道や覇道を歩んでいる芸人ばかりじゃないか。
そして岩井はハライチの大発明である、澤部のノリボケ漫才を作り出す。
当時のお笑い界は沸いた。
ハライチという若手が、とんでもない量の笑いを獲っている。噂で持ちきりになった。
まさに新星現る。
■なぜか28歳に向けてダイエットをした岩井
結成からたった4年後の2009年にM-1の決勝に進出したことで、お茶の間にも一気に知れ渡った。
それからは澤部の器用さと可愛らしさであっという間にハライチは売れていった。
僕らよりも6年ほど後輩だが、2010年「ピカルの定理」というレギュラーのコント番組で毎週共演することになった。
どちらかというと僕は岩井の方と親しくなり、何度もご飯を食べに行った。
「梅干しが嫌い」とは言っていたが、それ以外は特に好き嫌いもなく何でも美味しいと食べてくれる。
ところがある日、岩井は突然何も食べなくなった。
ヨーグルト一つしか食べない、そんな日もあった。
一体どうしたのかと聞いてみると、こう答えてくれた。
「最高の28歳になりたいんです」
当時岩井は「28歳が人生で一番格好良くなれる歳だ」と考えていたらしい。
だから28歳で一番体を絞り、髪型も自分の思う一番格好良いものにして、記念に写真を撮っておきたい。自分は今、最高の28歳に向けてダイエットをしているんだ。
「そうか」
あまり納得できなかった僕だが、その場では平静を装った記憶がある。
■「ラーメン吐いちゃいました」
そんな「最高の自分ダイエット」の最中でも、岩井は僕と一緒にご飯を食べに行ってくれた。
僕がどうしてもラーメンが食べたい、と言った時もついて来てくれた。無論、ラーメンはカロリーが高い。旨いものは太る。ダイエットの天敵だ。
けれど岩井はなんのためらいもなく、僕と一緒にラーメンを食べてくれた。
とても優しい後輩だ。
ラーメンを食べ終わり、店を出る。
「美味しかったな」なんて言いながら道を歩いていると、岩井が近くの公衆トイレに駆け込んだ。
しばらく待っていると、少しげっそりした様子で帰ってきた。
「ラーメン吐いちゃいました」
とても可愛い後輩だ。(良い子のみんなは真似しないでください)
■岩井が不貞腐れていた頃
フジテレビでコント番組をすることは、芸人の夢だった。
今の若い世代にはわかってもらえないかもしれないが、「ダウンタウンのごっつええ感じ」「とんねるずのみなさんのおかげです」「めちゃ×2イケてるッ!」「はねるのトびら」など、フジテレビのコント番組はスターへと続く道だった。
だがもちろん、その道を歩めるのは、ほんの一握りの芸人だけ。
ただ、そのレールに乗れたらあっという間にスーパースター。
僕と岩井がフジテレビのコント番組「ピカルの定理」のレギュラーになったのは、そんな時代だった。
今では岩井もアニメやエッセイ、ラジオなど自分の得意分野で伸び伸びと楽しそうに芸能生活を送っているように見えるが、「ピカル」の頃は辛かっただろう。出演していたはずのコントから、CGで消されたこともあったらしい。
僕も同じだ。
キワモノ扱いというか、腫れ物。
実際僕や岩井はキワモノで、腫れ物みたいなものなんだろうが、当時まだその自覚はなかった。
どの番組に呼ばれても求められるのは、お互いの相方の吉村と澤部。僕らは置き物のように黙り、不貞腐れる毎日だった。
僕と岩井が腐りきっている頃、吉村と澤部はどんどんと、キラキラギスギスした戦場に駆り出されていった。
■意外と人懐っこくない澤部
澤部のポテンシャルはすごい。
坊主で童顔、しかも少し太っている可愛らしい見た目で、何もかもを柔和にできる。
ジミー大西さんや狩野英孝くんのような、誰からもいじられる可愛げがありながら、フットボールアワーの後藤輝基さんや小籔千豊さんのように切れ味鋭いツッコミの技術も持っている。
矛と盾のようなもので、両持ちは現代科学では不可能とされていたハイブリッド型ツッコミだが、澤部は両方兼ねそなえている。
そりゃあ売れる。
いわば化学調味料と同じで、とにかく澤部がいれば面白くなる。使う側からすれば、とてつもなく便利だったに違いない。
そんな澤部だが、実際に可愛いかというと、これがどうしてそんなでもない。
瓜坊のような見た目は可愛いが、意外と人懐っこくない。
逆に一見ハリネズミのような岩井の方が、人懐っこい性格の持ち主だ。
このギャップも面白い。ハライチの深みだと思う。
年を取れば取るほど、このギャップはますますハライチの武器になっていくだろう。
■先輩にキレられる澤部
澤部はよくピースの綾部祐二に怒られていた。
「なんで電話したのに掛け直してこねーんだよ」
すいませーん!と澤部が謝る光景を、僕は100回以上は見た。
ということは、きっと他の先輩からもゴタゴタと言われていたに違いない。
ただ、人付き合いで疲労困憊している人よりはずっとマシだ。他人に振り回されて自分のパフォーマンスが落ちてしまうような本末転倒なことに、澤部はきっとならない。
それが澤部がメンタルを保てる秘訣なのだと僕は勝手に思っている。
眠たいから行きたくないです、疲れているからやめておきます。
そんなふうにはっきり答える澤部のことを、羨ましいと思う人も少なくないはずだ。
■下心を持たず、嘘をつかないスタイル
対して岩井はフットワークが軽い。
軽いどころか、なんの脈絡もなく突然電話がかかってくることがよくある。
「暇だったらご飯でも食べませんか?」
好き嫌いのはっきりしている岩井のことだから、きっと誰にでもやっているわけではないだろう。やはりこういう行動は可愛いと思ってしまう。
岩井に妙な下心があるわけでもない、ということも分かっているからなおさらだ。
そうか、ハライチには下心がないんだ。
だからあれほど分かりやすく、みんなに親しまれているのか。
そういえば、「アメトーーク!」で一緒になった時に楽屋で話していた。
「僕らって、嘘ついちゃダメですよね」
なるほど、そうかもしれない。
というより、嘘をつくのが下手なだけかもしれないが、ほとんど嘘をつかないで生きている。
自分にも他人にも、なるべく正直に生きている。もちろん誰かを傷つけるためではなくて、それが誰かの役に立ったらいいな、と思いながら真っ直ぐに生きている。
■僕らは腐っているのか?
世間は「腐り芸人」という「ゴッドタン」での企画が注目されたことで、僕や岩井は腐っていると思っているかもしれないが、それは違う。
世の中の方が腐っている。
生活しているなかで、腐っていることを知ったり、耳にしていたりするのに、その腐った部分を見て見ぬふりをしている。
みんなで仲良くワイワイ会食をした後、個人的なラインで、私あの人のああいう所嫌いなんだよね、と盛り上がる。
定食屋さんのテレビでワイドショーを見て文句を言いながら、目の前の食べ残しを何とも思わない。
その人の非を直接指摘せず、陰に隠れてそのことを別の誰かに告発する。
よく見る光景だ。
多くの人が、空気を読んだフリして、忖度をしていることを僕らは不器用に発信しているだけだ。
と、格好つけるとそういうことになるんだろうな、と楽屋で喋りながら思った。
■「偏見」との向き合い方
偏見は良くない、そう人は言う。
そうだろうか?と僕は思う。
一概に決めつけてしまうのは良くないし、決めつけで差別するなんてことは絶対にダメだが、「こういう人はこういう人の可能性が高い。そういうことをする人は、そういうことをする人が多い」。
これは、人生の経験からくる「コツ」とも言えるだろう。
例えば、西麻布で毎晩飲み歩いている人は軽いノリの人が多く、本を好んで読む人は知識量が多かったり論理的であったりすることが多い。
もちろんそうではない人もいるけれど実体験から、そういう人が多いことも僕の中での事実だ。
事件や揉め事に巻き込まれる可能性が少なくなるという点で、最初にその偏見のフィルターを自分なりに持っておくことは、実はとても大事だと思っている。
とはいっても、スポーツマンなのにジメジメと陰湿な人、ボランティア活動をたくさんしているのに悪意に満ち溢れた人、なんていう逆張りアイデンティティーの人間もいるから、そういう類の人には、出会わないことを祈ることしかない。
■世間に媚びない岩井が認められた瞬間
だから岩井が以前ラジオで、あるスポーツ選手に対しての世間の考え方について話をしたことで、リスナーやファンが多少ざわついた回があったけれど(澤部もざわついていた)、岩井は間違っていなかったと僕は思う。
というより、自分の意見なのだから間違っているとか正しいとか、そんなものはそもそもない。
そう思ったのだから、それ以外はない。
それに、世間の大勢とは違う意見をはっきりと言える人、行動に移せる人を世の中はずっと求めている。
だから岩井は売れた。認められた。
ラジオという岩井が表現することにおいて最高の環境で、跳ねた。その後、当然ラジオ以外にもその反響は飛び火していく。
そして岩井は今も昔も、ずっと何も変わっていない。
どう思われようとか、どうしたら人に好かれるかなんて、そんなことを考えていないから。
世間がどう思おうと、自分はこう思うんだ……。
そういう人間は一度認められたら強い。
有吉(弘行)さんやマツコ(・デラックス)さんもそうだ。
きっと岩井は、今後何年もメディアに必要とされると思う。
そしてその横には、全然人に懐かない可愛い瓜坊がいる。
ハライチはまだまだ売れる。
■「芸人の周りで面白いことが起こる」は間違い
この前少し短めのトークをする機会があった。15秒から20秒程度の時間しかない。それを3本。
その収録が終わった後に、スタッフさんが「いやー、どうして芸人さんの周りってこんなに面白いことが起きるんですかねー?」と言った。
違う、そうではない。
同じ地球で生きていて、同じ日本にいるのだから、起きていることは大して変わらないはずだ。
視点なんだと思う。
それこそ偏見や思い込み、思想や意見。それら「個人の考え方」を、身の回りに起こった出来事にからめながら話す。
だから芸人の周りには面白いことがたくさん起きているように見えるのだろう。
■人と違う角度で物事を見る柔軟性と勇気
僕の好きなトークで千原ジュニアさんの「セミ」の話がある。
先輩のトークをコラムに書くのもどうかと思うが、ジュニアさんが披露してから時間が経っているのと、暗記するほど大好きな話なので、概要だけでも書きたい。
セミは可哀想だ。たった1週間の命は切ない。でもよく考えてみてくれ、あの小さな体で人間の鼓膜が破れるくらいの音量を1週間出し続けたら、そりゃ死ぬって……というジュニアさんならではの視点のお話。
それが科学的に根拠があるかどうか、正解か不正解かどうか、そんなことはどうでもいい。
僕が感動したのは、みんなが当たり前だと思っている考えを、たった一つのアイデアでひっくり返せるトーク術だ。ジュニアさんの話には、いつも驚かされる。
セミというなんでもない対象に、それこそジュニアさんにしか思いつかないようなエッセンスが加わることで、独特なエピソードトークに化ける。
魔術のようなそのスタイル。
当然、ジュニアさんの周りで面白いことが頻繁に起きているわけではない。
みんなの周りに起きていることを違った角度から見る柔軟性と勇気。破壊と創造の力。
■「不正解」を恐れない岩井
勇気といえば、岩井勇気。
岩井の視点もすごい。
「だったらやめちまえ」
「腐り芸人」の企画で何回聞いたか分からない。
世の中、特に日本では「やめないこと」「諦めないこと」が美徳とされる。
「夢はいつか叶う」
そんな綺麗事が飛び交っている。
けれど現実はそうじゃない。諦めたっていいし、やめたっていい。
続けることが正義じゃないし、新たな道が正解の場合だって多々ある。
批判を恐れることなく、岩井なりの真実をメディアを通して伝える。
その勇気。
岩井の言っていることは「不正解」なのかもしれない。
だがそんなことはやはり、どうでもいいのだ。
自分が思ったことを話す、話せる。それができるかどうかが、人間として生きていく上でとても大事だと僕は思っている。
■反逆心の岩井、本心を隠す澤部
この前松本(人志)さんと中居(正広)さんがメインの特番で、甲本ヒロトさんが言っていた。
「今の世の中は、正解を求め過ぎる」と。
少なからず、僕はエンタメで正解を見たくない。
不正解を、どこまで正解なように見せつけられるかを見たい。
SNSの功罪だとは思うが、みんなが同じ方向を向くのが正義になってしまった。
みんなと違う方向を見ている人間は、協調性がない悪だと叩かれる。
けれど人の奥底に眠っている反逆心を隠さず、一見間違っていることを、さも正解に見せつけられる人はとても魅力がある。
そう、岩井は魅力的だ。
逆に澤部は本心を隠し、世の中と同じ方向の正解を謳う。そんな可愛らしい瓜坊とのギャップから、岩井がいっそう狂気に満ちて見えるのだろう。
人は誰でも間違える。
だから間違えは正すべきだ。
でもそれを「世間の多数派だから」という理由で直すのでは意味がない。
だったら正さない方がまだマシだ。
世間とズレていたとしても、本心から自分が間違っていないと思うなら逆行したその先に、大輪の花が咲くことだってあるはずだ。
もちろん、人をむやみに傷つけたり差別を助長したりする表現はアウトだけれど。
■今年「M-1ラストイヤー」のハライチ
M-1優勝を夢見て入った芸能界、去年ハライチはM-1に出なかった。
あの岩井のことだから、考えに考えた末の結果なのだと思う。
M-1やキングオブコントなどの賞レースは、出場している方が周りからの印象もよく見える。
だから僕らも本心では決勝進出を諦めた後も、なんとなくの気持ちでそういう大会に出続けていた。
そうするとファンや周りの人たちは、安心する。
勝手に「頑張っている」と思い込む。
だがそれは、その人の物差しだ。
僕らはロケやスタジオの仕事が増えていた頃だったから、ネタに費やす時間よりもテレビへ向かう時間が必要だった。
そもそもネタに対する自信も努力もなかった。
でも、大会には出ようと思えば出られる。
ただあの時の僕らのネタの状態で出ることは逆に失礼だと思い、途中からは大会に出ることもやめた。
近くにいた同業者やファンたちは、ノブシコブシはお笑いをあきらめた、お笑いをやめた――そんなことを言う人もいた。
僕らは僕らなりにお笑いと闘っていたことは、すぐには分かってもらえなかった
岩井が何を考えているかは分からないが、正統派漫才が好きだったのに、漫才を覆す発明をし、吉本に憧れの先輩がいたにもかかわらずワタナベを選んだ。
2021年、ハライチはM-1のラストイヤーだ。
今ならば、ハライチの持つ個性と独特な切り口の毒と可愛げで、若かりし頃に諦めた王道漫才が完成するかもしれない。
間違った君たちの「正義」、ファンとしてはやっぱり見せつけて欲しいよ。
徳井健太(とくい・けんた)
1980年北海道出身。2000年、東京NSCの同期生だった吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。バラエティを観るのも大好きで、最近では、お笑い番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。趣味は麻雀、競艇など。有料携帯サイト「ライブよしもと」でコラム「ブラックホールロックンロール」を10年以上連載している。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw
2021年2月20日 掲載