郷ひろみが明かす、キャリアの分岐点 「ザ・ベストテン」への出演を固辞、40代半ばで渡米した理由

郷ひろみが明かす、キャリアの分岐点 「ザ・ベストテン」への出演を固辞、40代半ばで渡米した理由

「次は“プラチナの70代”かな」

■コロナ禍で敢行する全国ツアー


 歌手デビューから半世紀の節目を迎えた郷ひろみ。“元祖国民的アイドル”の芸能人生を大きく変えた分岐点とは。また、60代半ばでもなお、日本を代表するエンターテイナーとして活躍する肉体と精神の作られ方について本人に聞いた。

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「僕は現在65歳。15歳でファンクラブは500人から始まった芸能活動でしたが、1971年から50年という節目を迎えました。

 いまも2月末までの全国ツアーの最中ですが(取材当時)、昨年はコロナ禍に見舞われ、スタート時期を2度も延期するなど難しい選択を迫られました。このまま2020年はコンサートをすべて中止するか、あるいは何とか感染対策を行って続けるか、人それぞれ考え方があってまとまらない。ただ、やめるのは簡単ですが、それでは何も生まれない。悩んだ末、ステージに足を運んでくれるファンのために対策を徹底し、継続することにしました。

 観客は半分で、全員にマスクを着用して頂く。終演時間も、時短を強いられている飲食店と同じ夜8時にしています。選曲すべてを計算し、90分という時間の中で歌い切る。いつもより30分ほど短いですが、大切なのはそれをお客さんに感じさせないこと。時間との戦いで神経を研ぎ澄まし、普段より集中しています。お客さんには掛け声の自粛をお願いしていますが、その分、今まで体験したことのないような割れんばかりの拍手を送って頂き、歓声なき喝采の嵐に包まれる。凝縮された時間の中で、これまでと変わらない一体感を得られています」


■体脂肪率10%代を維持


「それにしても、この50年でレコードやカセットテープがCDやMDになり、いまではデジタル配信に取って代わられるなど、音楽業界は劇的に様変わりしました。同様に人々の価値観や意識も大きく変化してきました。そんな中、企業が一つのことを続けるのは大変です。にもかかわらず、『週刊新潮』は時代を超えて読者のニーズを捉え続けています。同じ65年という月日を歩んできた“同級生”として、心から拍手を送りたいですね」

 デビューから半世紀を経て、いまなお多くのファンを魅了し続ける郷ひろみ。60代半ばとは思えぬ容姿を誇るが、その陰には健康の維持や強靭な体力、そして体脂肪率が10%台という驚異的な肉体を維持するための努力があった。その秘訣には、常人でも学べるものはあるだろうか。

「よく“郷さんは何歳になっても変わりませんねえ”って言われるんですよ(笑)。でも、そのたびに“僕は誰よりも変化しているのに”と心の中で思っています。身体を鍛えようと思い立ったのは、30歳になる時。知り合いから『ひろみ君の身体って、思ったより締まっていないよね。お腹にも贅肉がついているみたいだし……』と言われたのがきっかけです。ショックのあまり、翌日には自宅にベンチプレス用のバーベルセットを一式買い揃えたほどです。

 いまでは週に3回、ジムで専属トレーナーに指導を受けています。毎回1時間、関節の仕組みや筋肉の動きを意識しながら、余計な話は一切せずに集中して取り組んでいます。日によって上半身か下半身かメインを変えますが、腹筋は必ず鍛えるようにしています。自宅ではスクワットを1分間、回数にして40回ほどを毎日やっています。

 トレーニングを始めて、かれこれ35年になります。これは僕の性格だと思うんですが、“今日はちょっとしんどいからやめておこうかな”みたいな発想はまったく出てこない。一度でも休んでしまうと、徐々にそういう意識が膨らんでしまうと思うんです。だから僕は“今日できることは、明日に先送りしない”と決めて取り組んでいるんです」


■「納豆は200回かき混ぜる」


 身体への理解が深まると、少しずつ運動と食の関係に対する興味や関心が増したという。

「なかなかまとまった時間が取れないので、食事は1日2回が習慣になりました。その分、栄養バランスを考えた献立でしっかり何でも食べています。とくに好きなのは納豆で、必ず200回かき混ぜます。理由は単純に美味しくなるから。左手が疲れたらお箸を右手にスイッチして混ぜ続けます。

 僕は10年くらい前から日常的な作業は左手でやるようにしています。お箸はもちろん、歯磨きも左手。ゴルフ場でティを差すのも左手なので、もはや左利きと言ってもいいくらい。話を戻しますと、納豆の強いネバネバに醤油を垂らすと実に美味しい。家族やスタッフはいつも“またやってる”と冷ややかですが(笑)」


■断酒し、食事の間隔は12時間


「食事を摂る時間にも気をつけていて、19時くらいには終えるようにしています。もちろん、会食などで例外的に遅くなることもありますが、それでも21時以降に何かをお腹に入れることはありません。ちなみに2食の間隔は、12時間ほど空けるようにしています。

 同様に咀嚼する回数も大切で、30回は噛むよう心掛けていますが、最近はそれでも足りないような気がして、食べながら50回くらいまで数えていますね。しっかり噛むことを忘れないように、自宅のダイニングルームの壁には「30」と書いた紙を貼っています。

 以前は食事とともに味わうワインが大好きでした。でも、60歳を迎える数年前に健康面などを考慮して、アルコールはスッパリやめました。もう7、8年ほどになるでしょうか」


■自宅でも人前と同じ行動を


 多忙を極める郷の一日は、いまや習慣化している“朝の行い”から始まる。

「日によって異なりますが、起きるのはだいたい午前6時頃。神棚の白い花器に挿したお榊の茎の部分を丁寧に洗い、『自然回帰水』という水道水を浄化したお水に取り替えます。それを終えたら“二拝二拍手一拝”して、前日の感謝の気持ちを捧げ、今日が良い一日になるようお願いをします。

 僕は周囲に誰もいなくても、神様やご先祖様は見ていると思うので、“一人の時こそ自分を律するべき”と考えています。人に見られている時は注意するから簡単なんですよ。自宅でのんびり過ごす時でもパジャマから着替えていますし、ソファに寝そべったまま、テレビを見たり新聞を読んだりということもありません。

 誰かに見られている時と、そうでない時とで自分のあり方を変えるのは、何だかウソをついている気分になるからなんです。こういう考えの根底には、幼い頃から僕を厳しく躾けてくれた両親や祖父母の存在が影響していると思います」


■「ザ・ベストテン」への出演を断った理由


スター街道まっしぐらという印象が強い郷。だが長い芸能生活では、大きなピンチに見舞われたことも。何度か、自身の行く末を左右するほどの岐路に立たされた。

「苦しい決断を迫られたのは、超人気歌番組の出演を巡ってのことです。歌は聴く人によって受け止め方や感動の度合いが異なるはず。それを度外視して順位付けをすることに、当時の僕は強い抵抗があったのでしょう。30%近い平均視聴率を誇った、TBS系の『ザ・ベストテン』への出演をお断りしたのです。あの時は本当に悩み抜きました。当時は20代後半で、43枚目のシングル曲『哀愁のカサブランカ』がヒットしたばかり。あの番組に出ないのはTBSへの出演拒否と同じこと。ケンカを売るようなものでした。関係者から『覚悟はできているよね』とも言われましたし、本当に大きな決断でした。

 それと2002年、46歳でアメリカに渡る時も大変でした。当時の僕は“自分に欠けている歌の技術を補えない限り将来はない”と確信していたんです。決断したのは76枚目のシングル曲『GOLDFINGER ’99』と出会う1年前。誰にも相談せず、3年後に渡米することを決めました。ところがその後、『GOLDFINGER ’99』が大ヒットしたことから“このまま自分の足りない部分に目をつぶって過ごしていってもいいのでは?”と決心が鈍ったりして。同時に“渡米したら最後、二度と郷ひろみとしては戻って来られないだろう”“居場所がなくなる”といった恐怖も出てきました」


■40代で渡米した理由


「それでも海を渡ったのは、“このまま何もせずに恵まれた環境に甘えていてはいけない”とか、“あの時、アメリカに行って勉強していたら……と後悔するんじゃないか”という別の恐怖心が頭をもたげてきたからです。最後は“自分が納得できる何かを手に入れられれば郷ひろみに戻れなくても大丈夫。新たな自信を手に入れて、これまでとは違う生き方ができるはずだ”と吹っ切れました」

 滞在先に選んだニューヨークには大きな転機が待っていた。セリーヌ・ディオンやホイットニー・ヒューストンといった歌姫たちがレッスンを受けた、世界的ボーカルトレーナーのドクター・ライリーとの出会いである。

「渡米して3カ月ほどが過ぎたある日、現地の友人から“世界で3本の指に入るボーカルトレーナーを紹介できる”と言われたんです。当初は1回きりとの約束でしたが、50分のレッスンを終えると彼が“次はいつにする?”と聞いてくれたんです。嬉しくてひと月先まで組んでいたスケジュールをすべてキャンセルし、レッスンがないほかの6日は英語学校へ通うことにしました。1日に4〜5時間は集中して勉強していましたね」


■移動時間に寝ない理由


「運動が人生を教えてくれた」と語る郷は、「鍛えるべきは肉体だけではない」とも指摘する。

「肉体は年とともに衰えます。髪は白くなり、背中は曲がり、体が縮む。これは誰も避けられない。でも、知識は衰えず縮小しません。やる気さえあれば、脳は何歳になっても鍛えられます。

 脳を効果的に鍛える方法は、やはり読書でしょう。書籍を開いて活字を追い、内容を吸収して脳内で発酵させていく。でも、そうやって蓄積した知識から豊かさを感じられるかどうかは、60代や70代になったからといって分かるものでもありません。だからこそ人間は知識をインプットし続ける必要があると思うんです。

 読むのは毎日の就寝前と、飛行機や新幹線での移動の時。周りの席では大抵スタッフたちが鼾(いびき)をかいて寝ているけど、僕は眠らないんです。なので、彼らのカバンや荷物が置き引きに遭ったりしないよう、見張り役を果たしながら本に目を通しています(笑)。

 週に1冊のペースで読み終えていて、これまで少なく見積もっても2千冊は読んでいると思います。それでも、読書家と呼ばれる人の足元にも及ばないでしょう。読むのはほとんど小説で、作家で選んだり、知り合いから薦められたり、新聞や雑誌の書評を読んで「面白そうだな」って思ったもの。国内なら三島由紀夫や山崎豊子、宮部みゆき。海外物ではロバート・B・パーカー、ジョン・グリシャム、パトリシア・コーンウェル。ミステリーが好きで、最近はヘニング・マンケルあたりもお気に入りです。

 また、時代物からは学ぶ点が多く、40歳の頃に読んだ浅田次郎の『蒼穹の昴』には強い影響を受けました。人間の運命は自力で変えることができるけれど、それには強固な意志と凄まじいまでの努力が必要だということを教えられました」


■これまでで最高の「自分へのご褒美」とは


 自身を律するのは「僕が郷ひろみであり続けるために必要だから」。とはいえ、時には自分にご褒美を与えることもある。

「初めての自分へのご褒美は、シャンパンゴールドのフェラーリ375MMという車でした。かつて映画監督のロベルト・ロッセリーニが、妻で女優のイングリッド・バーグマンに贈った特別仕様を復刻した一台です。普段から何も努力していなければ“どうしてご褒美なの?”って自問自答することになりますが、何かひとつでも頑張っていれば“これだけやったんだから”と割り切れます。あのフェラーリは文字通りの一目惚れによる衝動的な買い物でしたが、その後は自分でもうまく気持ちの切り替えができるようになり、目に見えて仕事へのモチベーションもあがりました。

 これまでで最高のご褒美は、神奈川県の葉山に買った別荘です。相模湾を一望するテラスからは伊豆半島や大島、富士山を眺めることができる。それは素晴らしい景色です。最近はむやみやたらな買い物はしなくなりました。どうにも物欲がなくなっちゃって……。

 もしも自分にご褒美を与えていなかったら、ギャンブルを覚えたり、物欲に任せた買い物中毒になっていたかもしれません。幸いそうはならず、ギャンブルにも一切興味がありません。競馬、競輪、競艇はもとより、ラスベガスに行ってもスロットの機械に触れることさえないんですよ」

「週刊新潮」2021年3月4日号 掲載

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