『電波少年』で大人気だったチューヤン、伊藤高史と「また一緒に活動したい」

チューヤン

『進ぬ!電波少年』(日本テレビ系)にて、俳優・伊藤高史さんとのコンビ「朋友」でアフリカ・ヨーロッパ縦断ヒッチハイク旅をやり遂げ、人気者になったチューヤンさん。

 彼は来日前、香港でDJやラジオドラマの台本を執筆するなど放送の仕事に就いていた。そんなチューヤンさんが『電波少年』に出演したのには意外な真相があった。

「■香港の新聞に『電波少年』の出演者募集の広告が出ていて、『言葉がわからなくてもいいから日本の芸能界に入ってみない? もう仕事はあります』って書いてあったの。すごい怪しいでしょ?『これ、絶対おかしいよ!』って思ったんだよ」

■笑福亭鶴瓶と久本雅美は……

 当時、チューヤンさんはアポなし取材でさまざまなところを訪れるコーナーを担当していた。前出のような『電波少年』の広告を見て「これは取材しないと!」と思い立ち、潜入するつもりでオーディションを受けていたのだ。つまり、『電波少年』に逆アポなし取材を敢行したということ!

 その後、旅を終えて日本に戻ったチューヤンさんは、同番組の司会に抜擢される。その人柄と、彼の話すたどたどしい日本語での仕切りは好評を博し、『電波少年』以外の仕事も増えていった。

「■笑福亭鶴瓶さんや、久本雅美さんにはすごく優しくしてもらった。それで、鶴瓶さんと雅美さんが話している関西弁が身についたの。藤井隆さんともよく仕事で一緒にいたから、藤井さんのしぐさもうつっちゃった(笑)」

 そんな彼だが、人に言えない悩みを抱えていたという。

「■日本で仕事をしていたら自然と日本語はうまくなっちゃう。でも、みんなはカタコトのチューヤンを求めるから、日本語の上達したチューヤンを見て不満だったり、逆に『チューヤンは日本語が完璧で、今までは全部演技だった』と言われたこともあったよ。それでいつも悩んでた」

 病気の父親を看病することにもなり2005年に日本の芸能界を引退、香港に帰国した。現在はデザインコンサルタントの仕事に就き、WEBサイトでコラムも手がけるなど充実した毎日を送っている。

 とはいえ、芸能の仕事から完全に足を洗いたいわけではない。

「■ヒッチハイクから帰ってきて、それぞれの活動が増えて、僕たちは朋友として活動したことが1度もないの。だから、日本でまた2人で芸能活動をしたいなと思っています。伊藤君とは今でもよくLINEでメッセージをしてるし、とても仲がいいよ。だけど、できるならもう1度朋友として一緒に活動したいなと思っていることは、伊藤君にまだ言ったことがないから、勝手に言ったら嫌われちゃうかもね(笑)」

チューヤン ◎1972年、香港生まれ。ラジオ番組の人気DJだったが、1998年に『進ぬ!電波少年』で伊藤高史と組んだ「朋友」としてアフリカ・ヨーロッパ大陸縦断ヒッチハイクに成功。2005年に芸能界を引退、帰国した。

取材・文/寺西ジャジューカ

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