華原朋美がすべてを激白「あのころは、お医者さまで治せる病気ではなかった」

華原朋美「お医者さまで治せる病気ではなかった」と振り返る 息子のことなど激白

記事まとめ

  • 女を描いたら当代一といわれる作家・岩井志麻子が、華原朋美にインタビューを行った
  • 華原は「入退院を繰り返して…お医者さまで治せる病気ではなかった」と昔を振り返った
  • 息子には「芸能界に行かないでほしい」「生きていてくれさえすればいい」と話した

華原朋美がすべてを激白「あのころは、お医者さまで治せる病気ではなかった」

華原朋美 撮影/佐藤靖彦

 ミリオンセラーを連発し、若い女性たちの憧れの存在だった。「シンデレラ」「歌姫」と呼ばれたものの、人生は一転。紆余曲折の末、再始動を決めた彼女は今、何を思い、考えているのか。彼女は今、自分の人生を『I'm proud』といえるのか。気鋭の作家が斬り込んだ―。

■息子は芸能界に行かないでほしい

 音楽番組が大人気で、ミリオンセラーのCDが連発していた'90年代後半。その時代を代表する存在のひとりで、かつ「平成のシンデレラ」と呼ばれていたのが華原朋美さんだ。

 だが、私たちはそのシンデレラが、その後一瞬にして奈落の底に落ちるところも目撃する。それ以降、彼女は歌姫というより、さまざまなお騒がせニュースを提供する存在として認識されるようになる。

 昨年、フリーになったことを契機に、最近再び、積極的にメディアに登場するようになった華原さん。しかし、以前とはどこか違う強さや晴れやかさも感じられるようになった。

 今、彼女は何を見据えているのか。女を描いたら当代一といわれる作家・岩井志麻子さんが、華原さんの現在、そしてこれからを聞いた─。

■岩井 お子さんは、今おいくつになったんですか。

■華原 ■いま1歳半です。動画を見せますね。

■岩井 あらかわいい! 『I'm proud』の歌に合わせて踊ってる! お嬢さん? 

■華原 男の子なんです。

■岩井 踊るのも好きそうだから、芸能界を目指したらどうですか。

■華原 ■芸能界には、行かないでほしいですね。特に歌手には、なってほしくないです。私みたいなつらい思いをする人生を歩んでほしくない。それだけじゃなくて、今は歌手を目指しても大変ですよ。まず売れないだろうし、CDは昔みたいにミリオンセラーなんて考えられないですから。

■岩井 なるほどね。いいときから底辺まですべて経験してきた朋ちゃんにそう言われるとね。

 でも、私もですけど、華原さんのこと、老若男女問わず“朋ちゃん”て、呼んでしまいますよね。百恵ちゃんとか、聖子ちゃんとかと一緒。国民的な存在ということなんでしょう。みんなの妹、というか。

■華原 ■そうなんですよ。みんなに“朋ちゃん”て呼んでもらえるのはとってもうれしいんですけど、なんか、いつでも心配されている感じがするんですよね。息子を妊娠した際、7か月のときに発表したんですけど、「おめでとう」じゃなくて「大丈夫?」の声のほうが多かったですし(笑)。

■岩井 でもね、朋ちゃんて、どこか暗くないんですよ。不幸感があまりない。心配はするんだけど、まあ大丈夫だろう、なんとかなるだろうと。で、どこかで笑えちゃう。

■華原 そう言ってもらえるとうれしいです。でも、20代のときに本当につらい思いをしましたからね。今は信頼できる人たちに囲まれているから、落ち着いていられますが、夜にひとりになると、たまにあのころみたいなつらい思いがぶり返してきたりもします。

 ■あのころは、薬が手放せなくて、入退院を繰り返して……。人生の壁に押しつぶされていたわけで、お医者さまで治せる病気ではなかったですから。

■岩井 お医者さまでは治せない病気ね。病気は愛では治せない、愛よりお医者さまに通うことのほうが大切だ、という言葉もありますが、当時、朋ちゃんが置かれていた立場の闇の深さを感じますよ。

■華原 ■でも、息子には、早く私がどんな人生を送ってきたのか知ってほしいと思っています。あと何年かすれば、ママのことを検索できるようになるでしょうし。それで、判断してほしいです。

■Tバック、今は無理

■岩井 私は2回結婚をしていて、娘と息子がいるんですよ。娘は、テレビでヒョウの着ぐるみ着て下ネタ連発するような、こんなお母ちゃん恥ずかしいものだから、もう10年近く連絡を取ってないですね。でも息子は、こんな年がいもないことを本気で続けられるお母ちゃんだからこそすごい、好きだって言ってくれている。朋ちゃんは本当にすごい存在なんだから、息子さんもわかってくれますよ。

■華原 私も先生はすごいと思います! ヒョウになれるのは日本でたったひとりじゃないですか。私も先生みたいになりたい。だから、今日は私はネコちゃんになります(笑)。

■岩井 以前、『有吉反省会』(日本テレビ系)でご一緒したときに、「自分のお尻を誇りに思うので、いつもTバックをはいている」なんて言っていたけど、今もですか?

■華原 ■今は無理ですね……。妊娠してから太っちゃって、出産しても全然体重が戻らなくて! 今では妊娠中と一緒のデカパンをはいています(笑)。骨盤が広がっちゃったというか、何をやってもやせないんです。もう1回妊娠して、子どもを産んだら元に戻るんじゃないかな、と思っていて。だから子どもが欲しいんです。

対談する岩井志麻子(左)と華原朋美(右) 撮影/佐藤靖彦

■岩井 今は50歳近くなっても産む方いますからね。朋ちゃんもまだまだいけますよ。ところで、妊娠がわかったときは、どんな気持ちでした? 未婚の母なわけですけど。

■華原 「やった!」って思いました。世間のイメージが変わるんじゃないかな、と。もう心配される存在ではなくなるといいな、と。

 ■妊娠中は食べづわりがすごくて。ずーっと食べてました。さっき焼き肉をお腹いっぱい食べたのに、もうラーメン食べたくなる、みたいな。

■岩井 朋ちゃんらしいなあ(笑)。さっき歌手にはしたくないっておっしゃったけど、坊ちゃんにはどんな子に育ってほしいですか。朋ちゃんが得意な乗馬はさせないの?

■華原 生きていてくれさえすればいい、というのがいちばんですね。歌手のような芸能界ではなくて、目指すなら、文章とかを書く仕事についてもらいたいかな。乗馬は、私も今でも好きだから、もう少し大きくなったらさせたいですね。

 ■あと、ケンカが強くなってほしいです! 学校も、私立とかじゃなくて、公立でいいんです。今も公立の保育所に預けています。ケンカが強くて、ほかの友達に「俺の母ちゃん、今日またテレビに出るんだよ」みたいなことを自慢するような子になってほしいです(笑)。

■もっとバラエティーに出たい

■岩井 ケンカが強くて、お母さんが華原朋美って、最高じゃないですか! 伝説の番長になりそう。

■華原 私も、普通のお母さん的なことをしてみようと思って、息子の送り迎え用に、電動自転車を買ったんです。そうしたら、子どもを送った後に、恵比寿の交差点で転んじゃって。見ていた人たちが「大丈夫ですか!」って駆け寄ってきてくれて、私を見て「あ! 朋ちゃん!?」て。またみんなに心配されちゃったという(笑)。

■岩井 あらあらそれは大変でしたね。でも、朋ちゃんは自転車じゃなくて、馬に乗って送り迎えするべきですよ! それでこそ華原朋美でしょう。これまでのママタレさんたちとは一線を画した存在になってほしいですわ。そういえば、『アウト×デラックス』(フジテレビ系)への出演が話題になってましたね。もっといろんなことしゃべるといいと思いますよ。

■華原 そうなんです。もっとバラエティーに出たいんです。そのほうがみなさんに本当の私を知ってもらえると思うので。

■岩井 私、今でも覚えているんですけど、朋ちゃんが歌手デビューするとき、ある週刊誌に華々しく取り上げられていたんですよ。「平成のシンデレラ」って。とても可愛い子だな、って。でも、そのとき思ったんです。シンデレラとか玉の輿って、ひどい言葉だなと。

 何の取りえもない女性が、王子やお金持ちの力で地位を得られたってことでしょう。朋ちゃんにはもともと魅力や歌唱力があったのに。そして、その男性と別れると、いきなり奈落の底に落とされたような視線を浴びせられる。シンデレラって、残酷な表現ですよ。

■華原 ■そうですね。そう思います。でも、私は実際に何も持っていなくて、あの時代とあの環境にいたからこそ、シンデレラになれたんだとも思います。ただ、シンデレラにされたからこそ、本当の自分を出すことができなかったんです。幸せでは、なかった。だから、今、あの時代に幸せだったはずのことを思い出そうにも、思い出せないんです。

■岩井 そうですね。いくら自分に魅力や実力があっても、時代やタイミングとか、いろんな要素があってこそ、ヒットしたりするわけですからね。でも、移動の際はファーストクラスを貸り切って床に毛布を敷いて寝てたとか、飛行機の中で朋ちゃんがなくしたキティちゃんのボールペンを、スタッフが総出で探したとか、すごい伝説を聞きますよね。

■華原 はい、そういった経験は、もう絶対ありえないことだと思います。でも、それが楽しかったかどうかというと、よくわからない。しかし、それが経験できたことはよかったと思います。

ヒョウ対ネコの対決! 鳴き声が天に轟くかのよう……

■岩井 そういえば私も、その話を聞いたときも、羨ましいとは思わなくて、ただただお金があるってすごいな、って思ったような気がしますわ。もっと違う人だったら「何、ムカつく!」ってバッシングも多かったでしょうけど、朋ちゃんの歌声は文句なしに素晴らしかったし、なによりなんとも憎めない愛嬌があった。

 その後、朋ちゃんは、どこそこで飲んだくれてたとか、もんじゃ焼きを作っていて、誤ってコンロのガスを吸っちゃって、救急車を呼ぶはめになったとか、そういう話題で世の中を騒がせるようになりますよね。でも、ちょっと笑っちゃう、というか……。

■華原 ■はい、そうでした(笑)。でも、それが本当の私なんです。私自身、いろいろ苦しかったのは事実ですし、いろんな人に心配をされるようになったけど、本当の自分を出せるようになったので、結果的にはよかったんだと思います。

■岩井 これからは、母となった朋ちゃんの思いが込められた、歌も聴いてみたいですね。

■華原 そうですね。新しい一面を出せれば、と考えているんですけど。息子の将来がちょっと心配ですね。とにかく私と同じ人生は歩ませたくはないので。

■岩井 でも、男の子って、どこか母親に似た女性を選ぶっていうじゃないですか。いつか朋ちゃんに似た、ハラハラさせるところがあるけど愛嬌のある、可愛い彼女を連れてくるんじゃないかしら。

■華原 ■私に似た女の子ですかー。楽しみだけど、複雑ですね(笑)。

■●岩井志麻子特別寄稿「永遠の“朋ちゃん”」

 朋ちゃんこと華原朋美は、確かに時代を象徴するスターで、間違いなく'90年代を代表する歌姫であったが、同時にお騒がせタレント枠でもビッグネームだ。

 朋ちゃんとの対談が決まったとき、いろんな友人知人に自慢しまくると同時に、あなたにとっての華原朋美とはどんな存在か、と聞いて回った。

 ■皆さんおしなべて朋ちゃんが大スターであることと、スキャンダラスな芸能人であることを並べて語る。どちらか片方だけを語る人が、少なくとも私の周りにはいないのだ。たぶんこれは、私の周りの人だけでなく、だいたいの日本国民に当てはまるのではないか。

 それは朋ちゃんに限ってはスキャンダルやお騒がせのあれこれが、本人にとってもよきことであるはずはないものの、間違いなく魅力の一つにもなっているからだ。

■ あれは自殺未遂ではなく、もんじゃ焼きをしていてガス中毒になっただの、つい睡眠薬の量を間違えて繁華街を徘徊してしまっただの、それ自体は不運で危なっかしく可哀想な状況ではある。だが不謹慎を承知で、少し笑ってしまうのだ。

 それは朋ちゃんを軽んじているのではなく、何があっても朋ちゃんは結局は大丈夫だという信頼と安心感があり、ピュアな子どもっぽさがあふれているからだ。もちろん御本人は大変に苦しみ、悩み、心身ともに壊れそうな時期を過ごし、でもそれらの苦難を乗り越えてきている。我々は、それをはらはらしながら見守ってきたではないか。

 しかし天国と地獄をジェットコースターで行き来した女、にしては朋ちゃんはあまりにも明るい。どんな不幸なときにあっても、ダダ洩れの陽気さがある。

 これは歌唱力と並ぶ天性のもので、その陽気さがスキャンダルと結びついたときの、朋ちゃんらしさ、としかいいようのないインパクトは数多のスキャンダル芸能人、凡百のお騒がせタレントがどう頑張っても適うもの、乗り越えられるものではない。

■ なんといっても朋ちゃんは、老若男女問わずみんなから今もって朋ちゃんと呼ばれているのだ。もはや朋ちゃんさん、朋ちゃん様、というように、朋ちゃん、で一つの名前になっている。こんな歌姫、他にはいない。みんなにとって朋ちゃんは、大スターであると同時に、いつまでも心配で可愛い妹なのだ。母となっても、みんな朋ちゃんと呼び続ける。

華原朋美(左)と岩井志麻子(右) 撮影/佐藤靖彦

■華原朋美(かはら・ともみ)歌手。1974年、東京生まれ。1995年に『keep yourself alive』で歌手デビュー。『I BELIEVE』『I'm proud』といったミリオンヒットを連発、そのルックスと圧倒的な歌唱力で時代のミューズとなる。その後、いく度かの休養・復帰を繰り返す。2019年に未婚のまま男児を出産。2020年9月に、約20年間所属した事務所との契約を解除し、フリーに。8月15日にザ・クルーズクラブ東京にてバースデー船上ライブを開催。カンフェティチケットセンター0120-240-540(平日 10:00〜18:00)

■岩井志麻子(いわい・しまこ)作家。1964年、岡山県生まれ。少女小説家としてデビュー後、『ぼっけえ、きょうてえ』で'99年に日本ホラー小説大賞、翌年には山本周五郎賞を受賞。2002年『チャイ・コイ』で婦人公論文芸賞、『自由戀愛』で島清恋愛文学賞を受賞。コメンテーターとしても活躍。最新刊は『でえれえ、やっちもねえ』(KADOKAWA刊)で、『ぼっけえ、きょうてえ』の続編的作品となる。

〈取材・文/木原みぎわ〉

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