高木ブー、ドリフターズ仲間・加藤茶の言葉に「100歳は俺だってさすがに無理(笑)」

ドリフのころからずっと周りの人を元気にし続けている高木ブーさん

 ザ・ドリフターズでは今や最ご長寿となる■高木ブー(88)さん。現在は徹底的な「STAY HOME」で、仕事と定期的な健診以外で外出することはめったにない日々が続く。

■高木ブーさんの家族との過ごし方

「■今も身体に悪いとこはなくて、病院に行ってもなんにも言われないです。健康法は……強いて言えば食事療法かな。娘が僕のために特別な食事を作ってくれるようになったしね」

 コロナ禍で外出ができなくなってから、同居する娘のかおるさんがワンプレートのお皿にブーさんの料理を盛りつけ、毎日決まった量を食べさせてくれるとか。

 玉ねぎをポン酢にひと晩漬けたものなど、“血液サラサラ”メニューを食べているおかげか、ほとんど出歩かないのに体重も増えず、血液検査の結果も“88歳のお手本クラス”だと医師に褒められたという。

「肉食から野菜中心になった。僕の健康のために、亡くなった妻が作っていた料理と違う味のものが出てくるんだけど、これが“ウマかった”としても、そのまま言わない。『牛負けた』とか『大石(おいしい)内蔵助だな〜』なんて言うの(笑)」

 毎晩必ず、家族と一緒に食事をとりながら、その日のことを報告しあう。ときには年ごろのお孫さんの悩みを“居酒屋のオヤジ”状態で聞くというブーさん。

「■こんなに“平均的な家庭の団らん”ができるのも、今しかできないことだよね。本当はドリ研(有志のファンがブーさんや当時のスタッフを囲む「ドリフターズ研究会」)の会合とか、音楽フェスにも出たいんだよ。だから、コロナ禍の今に納得してるわけじゃない」

 家の中では趣味の絵を描いたり、音楽面での自分史を編纂しているという。

「■僕はドリフターズで知られているけど、15歳のころからミュージシャンをやってて、10以上のバンドを経験しているハワイアンミュージシャンだってことはあんまり知られてない。今ちょうど暇だから、自分の人生を書き留めておこうかな、と」

 では、ミュージシャン・高木ブーとしてのおうち時間は?

「枕元にウクレレを置いているほどだから、毎日必ず触ってるよ。テレビでやってる体操とかストレッチなんかもたまにやるけど、疲れるほどはしないから、運動のうちに入るのかなあ。でも、音楽活動とか、自分がやっていたことをやれてないとなると気持ち悪いというのはあるね」

■ブーさんの若さの秘訣は

 とはいえ、娘のかおるさんはブーさんの元気な秘訣をこう分析する。

「年齢のわりには、父(ブーさん)の髪はまだフサフサしているのですが、本当に毎日鏡をよく見ています。時間があればブラッシングをしていますし、家にいても身だしなみを欠かさないんです。それもあっていつでも若々しく見えるようで、周りの人は父を見ると元気がもらえるって言っていますね。

■ 加藤茶さんも『ブーたんを見ていたら自分も100歳までいけそうな気がする』って、おっしゃってました(笑)」(かおるさん)

「■いやいや、100歳は俺だってさすがに無理だよ。兄弟は戦争で死んでるし、仲間ももう何人も死んでるし、むしろこんな年まで生きてるのは、図々しいんじゃないかって思いますね(笑)」

 そう言って笑うブーさん。それは、ドリフのころからずっと周りの人を元気にし続けている、いつもの笑顔そのままだった。

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PROFILE●高木ブー(たかぎ・ぶー)●1933年、東京都生まれ。大学在学時よりハワイアンバンドに参加。'64年、『ザ・ドリフターズ』に参加。'66年、来日したビートルズと武道館で共演する。昭和の子どもたちに絶大な人気を誇った。現在はウクレレミュージックの第一人者としても活動。

(取材・文/高松孟晋)

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